浮雲生活をして早二十年が経とうとしている。その間あちこちそれこそ日本中を移動してきたのだが何度か不思議な体験をしてきた。とりわけイベントスタッフをしていた頃移動はしばしば深夜や早朝になった。大体イベントは朝に始まり終了するのが夜なので必然的に設営・撤収するためには、早朝に集まり、夜半に撤収が終わる。自分は主に西の方面で仕事していたのだが、結構頻繁に移動することが多かった。そのため早朝や深夜に車で運転することが多かった。そのお蔭というべきか、何度か不思議な経験をした。その経験を少しずつ記して行こうと思う。まあ、信じるか信じないかはあなた次第でお願いします。
それはイベントスタッフになって間もない頃だった。岐阜の地方都市でのイベントだったが、初めて自分が責任者として任された仕事だった。学生バイトなどを雇い、小規模でもあったので仕事は恙無く終わった。仕事自体九時前に終わったのだが、初めての仕切りを成功させた嬉しさとまた学生リーダーと親交を深めるために地元の居酒屋で打ち上げを行った。年も近いと言うこともありなかなか楽しい打ち上げだったが、酔いを醒まし帰途に付いたのは草木も眠る丑三つ時になっていた。若人と別れ、自分は一人車に乗って家を目指した。
地方都市では繁華街はあっという間に終わりすぐに片道一車線の田舎道になった。深夜の田舎道ではご存知の通り、大体点滅信号であり、押しボタンを押すか、車が来ないと青から赤に変わることはない。当然である。誰も通らない横断歩道で度々赤に変わっては忙しい運転手さんではなくとも頭に来てしまうだろう。九十九折の道ではたまに思い出したように小さな交差点がありそこには点滅信号があった。自分は何も思わず変わるはずのない黄色の点滅信号を見るともなく運転していた。一時間弱運転した頃だろうか、丁度山頂辺りを過ぎ下り道を走行している時、不思議と妙な感覚に包まれた。虫の予感と言うのか、何かありそうだなと漠然と思った。しかし危険とか恐怖とかそういった類のものではなく、一方で気のせいだろうとそのまま変わらず運転していた。それから数分運転したとき比較的まっすぐの道が続き点滅信号が500メートル先に見えてきた。大体100メートル前程度だろうか、突然妙な予感が浮かんできた。「信号変わるな」。理由は分からない突然そう思った。果たして30m程の距離で点滅信号が青になりそして赤に変わってしまった。正直若干迷った。恐怖からではない。誰も渡ることがないことが分かっていたからだ。だが、信号無視をするわけにもいかずブレーキを強く踏んだ。
見通しの良い交差点だ。当然車やバイクなど来ていなかった。勿論深夜、人家のない田舎道に人などいるはずもない。所在無く見回した時、気付いてみると6・7m先に白い霧のような煙のようなものが現れていた。それは本当に気付いてみれば現れていたと言う感じで、さらに驚く自分を尻目にみるみると歩道を渡り始めた。ゆっくりと一定のペースで高さ2m程横4・5mの形を維持しながら自分の前を右から左に交差点を横切って行った。およそ数秒位だろうか、白い一団は横断歩道を渡りきると徐々に先頭から空に上っていった。煙が昇っていくように。
「やっぱりな」自分は覚えず呟いていた。
「これか」
自分にはあれが何だったか当然分からない。霊だと言うつもりもない。だが、決して錯覚ではなかった。もし自分が信号で止まらなかったら何事も無かったのだろうか。虫の予感に根拠などあるはずがない。大体外れる。だが、自分に利害関係がないときほど妙に当る気がする。言うまでもなく、その後、その一団に遭遇して後僥倖に出会ったとか、不幸に見舞われたと言うことはなく、至って普通の生活が続いた。
10年10月19日
これは正確には旅での出来事ではない。但し、他県での出来事ということを考慮に入れれば、まあ、旅といえなくもないか。イベントの仕事での出来事だった。その仕事は夜の十二時開始だった。登録してくれている学生8人を班長として、残り各4人計32人を事前に学相(大学生専門のアルバイト募集)で集めていた。深夜の仕事のため、良くあることだが一人欠員ができた。そのため学生リーダーの班を3人、計4人とした。自分は2時頃まで連絡など雑用があり、3時過ぎに各班の進捗状況を見回りに出かけた。見回りは大事な仕事だ。進捗状況も大事だが、深夜ゆえ一番気になるのは事故など怪我である。事故など起したらスタッフに対しても、クライアントに対しても大変だからだ。経験の浅い班長から見て周り全体の見回りを終える頃にはもう5時前になっていた。幸い皆協力してくれてやってくれており、最後の確認連絡のために一度事務所に戻った。5時半頃には各班の終了の連絡がぽつりぽつりと入りはじめて、6時半には無事終わった。
全てが終わり学生さんたちに集まってもらった。充実感と心地良い疲労感に包まれたスタッフの楽しみの時間だ。
自分は、無事終えたお礼とねぎらいの言葉と共に日給を手渡した。スタッフも勿論自分も何よりの楽しみな時間であった。一人一人に日給を手渡した後に、何故か、自分の手元に一人分の日給袋が余っていた。徹夜明けの妙な高揚感から自分は、
「全員給料貰った?要らないのだったら自分が貰うよ。」
と冗談めかして言った。同じくハイになっている学生さんも妙な笑いをしてくれるが、誰も名乗り出ない。
「おいおい、ほんとに要らないのか。」と真面目になって言うと。
学生リーダーが「今日一人欠員出ましたよね。」と。
そうだったすっかり忘れていたと納得しかけた。しかし疑問が生まれた。
「ねえ、リーダーのとこ、5人いなかった?5時前に。」
「えっ?そういえば、いたような。」
自分が見回りに行ったときどの班も5人揃っていた。確かに。だから欠員のことをすっかり忘れていたのである。
「確かにいたと思うよ。狭い部屋だから。」
「ええ。確かに。」他の学生さん3人もいたと思うと怪しげな答えだった。無理もないことだ。寄せ集めのバイトさんたちだから今日始めてあった子達だ。名前を一応言ったところで仕事をすぐにするのだから覚えるはずもない。顔なども曖昧だろう。
「あ、そうだ。終わる前だから他の人が来たんじゃない。誰か行ってくれた?」
しかし誰一人来てくれたと返事をしなかった。
「まさか幽霊が手伝ってくれたの?そんなはずあるはずないか。」
勿論恐れるものはおらず皆苦笑していた。考えても仕方ないし意味もない、第一皆疲れ果てている。程なく我々は解散した。
その後学生リーダーと話をしたが、やはりいたと思うと言っていた。自分も確かにいたと思う。では、あの一人は誰だったのだろうか。実も蓋もないが、恐らく誰かが手伝ったのではないかと思う。実際には。その後彼とは何度も一緒に仕事をしたが、二度とこのようなことは起きなかった。たいした出来事ではないが、たいした出来事でない分、本当のところが気になる不思議な出来事だった。
11年11月5日登録