商業・仕事のこと

KY 空気読もう

 先日得意先の食堂で食事をしていた時のことである。丁度十一時半ごろであり、店内には他に客が数名いた。自分は余り混まない時間を見計らってきたが、食べ終わる頃には徐々に店内が込んで来た。十二時前の時刻で既に三分の二の席は埋まっていた。幸いなかなか繁盛しているみたいだ。忙しそうに働く店主を見ながら食後の一服をすると一際幸せな気分になった。その折、スーツ姿のサラリーマンが一人入ってきた。そろそろ出ようかなと何気なく彼を見ていると、彼は席に着かず厨房の店主の元に入って行った。知り合いのようだが、これから忙しい時間に商談かと少々疑問に思って何気なく眺めていた。その商談が終わったら会計を済ませようかと思っていたところ、穏やかな店主が少々苛立った声で「そんな話は後にしてくれないか」と。二十代後半らしき男は厨房を飛び出し、挨拶もせず店を出て行った。勘定を済ませていると店主が「いきなり来て材料を買ってくれって、この時間に」と苦笑していた。
 KYと言う言葉が一昔前に流行ったが、このセールスマンは一体何を考えていたのだろうか。食材に余程の自信を持っていたのだろうか。成績で頭が一杯だったのだろうか。何れにせよ、食堂が昼に忙しいことは食材を扱う業者ならば常識だろう。その時間にのこのこ現れるだけでも驚きだ。まして、店主が慌しく働いている状況でセールスが始められるものだろうか。注文でてんてこ舞の状況、一体どんな商談をするつもりだったのだろうか。ある意味で興味が湧くほどだが。もっとも貴重な昼休みに訪れている客がそんな商談許すはずがない。
 相手の気持ちを慮らなければ商談以前の段階で相手に不愉快な思いをさせる。たとえどんなに良い食材であっても、どんなにリーズナブルな物であっても、宝の持ち腐れになってしまう。会社の評判を落とすことすらありえることだ。恐ろしいことである。その業者が悪徳業者ならいざ知らず、もし本当に優れた食材を扱う業者ならば本当に損失だ。彼本人は営業成績を上げられず、会社は売上を得ず、店主は良い食材を失い、そしてエンドユーザーのお客さんも安くて美味い食材を食べ損なうことになってしまう。商談の時間を間違えただけで全て台無しになってしまった。
 どうもえらそうなことを述べてきた。だが、わが身を振り返ってどうだろうか。長年営業に携わっている自分自身、大なり小なりこのようなことをして来ただろう。自分自身が気付いていない過ちと言うのが今更恐ろしく感じられる。だが徒に恐れていても始まらない。交渉と言うものは人間対人間の行為であって、人間である以上相手のことを慮るしか道はないだろう。誠心誠意ということをあらためて痛感した出来事だった。  

10年11月18日



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