Γのつぶやき
教師の役割
少々辛辣なことを書きます。私自身自戒の意味も込め書きます。教師は生徒にある意味で強制をします。何々の課題をしなさいと義務を課すわけです。そして義務を課された生徒は貴重な時間及び労力をそれに当てなければなりません。ところで教師はそのことを肝に銘じて課題を与えているのでしょうか。経験上疑問に思うことが多々あります。
例えば、夏休みの課題、古典で言えば、百人一首暗記を課したと思ったら、次の年になると平家物語の一節暗記を課したり。市販の問題集を一冊渡したり…。百人一首など暗記の効果が無いと言っているわけではありません。一体どういう意図で生徒に夏の課題を出しているのか?なぜ百人一首をやめて他の課題にしたのか。そもそも考えて課題を出しているのか疑問に思うことがあります。場当たり的に出されたのでは生徒はたまったものじゃないですよね。まさか課題は出せばなんでも良いとか、ましてや、課題を出してやっているんだ、という時代錯誤も甚だしい教師はいないと信じていますが…。課題一つでその学校の姿勢が窺い知れます。進学校をうたって適当な課題を出すようでは看板偽りありと思って間違いないでしょう。
ところで、市販の薄い夏休みなど問題集は、正直役に立たないものばかりです。出版社を非難するつもりはありません、当然ですから。何故なら課題と言うものはその生徒の実状に合ったものを出すものだからです。前学期の生徒の力を維持する、補強する、後期の予習のために、などなど出すべき課題は千差万別です。出版社には、生徒の顔が見えないし、そもそも何のために課題をだすのかを分からないわけです。結果出版社は当たり障りのない物に落ちつきます。以前酷い話がありました。国語の夏の課題に古文・漢文があるのですが、それを私立大学理系進学コースの生徒にもやらせるのです。私立文型と理系に同じ課題を出すのもどうかと思いますが、古典の授業がないにもかかわらず出すのですからもう滅茶苦茶ですね。心底生徒に同情します。
生徒も無限に時間があるわけではありません。国語教師とはいえ、英語教師とはいえ、教師たるもの、己の教科だけすれば良いという視点に立つべきでありません。私立でも三教科、国公立では五教科。総合力の勝負ですから、生徒の将来を考えるべき教師は当然他の教科との兼ね合いを考慮すべきです。限りある時間で何をもっとも勉強させたいのか、どのような課題を与えれば生徒の力が伸びるのか、それを精査するのが教師の役目です。ベストの課題を出せるのは、生徒の実状を知っている教師だけなのです。
何だか生徒に甘いように思われますが、それは全く違います。教師の指導を信じ学習するのが生徒の仕事であり、信頼して努力する生徒の力を最大限伸ばすのがプロとしての使命なのです。
「師は弟子の八倍努力する」と言う言葉があります。正直私自身試行錯誤の最中であり、生徒から学ぶことの多い、ベストから程遠い教師であります。それ故、自戒の意味を多分に込め記しております。常に生徒に最大限の効果を与える教師になるため研鑽を積みます。
最後に生徒の皆さん先生にこう言って下さい。
「分かりました先生。課題はやります。しかし、その前にこの課題をやる意味を教えて下さい。」と。
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