「正直者は馬鹿を見るよ。絶対。」高校の社会の時間、クラスメイトの一人が呟いた言葉です。その言葉は先生がこんな話をした後に生まれました。うろ覚えで恐縮ですが記します。
或る所に兄弟がおり、兄は生まれつき怠け者で放蕩三昧、弟は真面目で地道に働いていた。ある日兄が心を入れかえ真面目に働くと父に告げた時、父は兄が真面目になったことを祝して貴重な羊をつぶしてご馳走を作った。そこで弟が怒って「私は今まで真面目に働いてきたがそれでも滅多に羊を食べたことがない。にもかかわらず今まで遊んでばかりいた兄にどうして大事な羊を振舞うのか。」父は「お前は真面目に生まれ、それは幸せなことである。兄は今漸く真面目に生まれ変わったのだ。祝うべきことではないか。」
さて、クラスのみんなの意見ですが、父の意見に反対が大勢を占めていた気がします。恐らくですが、高校生ではまだ小学校での道徳の時間の影響があったからではないかと思います。簡単に申し上げれば、良い行いをしたら良いことが有り、悪いことをすれば天罰があるという教えです。花咲か爺さんには良いことが、意地悪爺さんには天罰が。だから真面目に良いことをして生きていきましょう。この考えに照らせば、不真面目な兄さんがご馳走にありつけるのはありえない話です。真面目な弟よりもいいことがあるのは納得が行かない話です。自然と反対意見が大勢を占めてしまったのでしょう。
反対意見に収束しそうな時、彼の言葉がありました。そして「結局さ、悪いことをする奴が得をするよ、いつも。政治家だって何だって。真面目な奴は損ばかりじゃん。」
先生が彼の意見を興味深そうに聞いていたのが印象的でした。二十年以上前の話です。単純な田舎の高校生も漸く世の中の仕組みに気付く年頃だったのでしょうか。今からもう十年以上前の話になるのでしょうか。努力や真面目がダサいと言われていたのは。果たして、今の高校生はどんな考えをお持ちなのでしょうか。