2005年8月
平賀源内は山師もやっていまして、秩父山中で石綿を発見して火浣布(燃えない布)を完成させて評判を取りました。『
蘭学事始』によると、長崎屋(和蘭通商使の江戸での宿)でカピタンに披露して感心させたりもしたそうです。
そのころ石綿はハイテク(西洋渡来の新技術)の象徴だったんですね。もっとも、珍奇な品ではあっても、実用性はなかったようですけれど。
それが現代では、実用性はたっぷりあって、しかも困った存在、という扱いです。
ただ、どうして今さらこんなにマスコミが騒いでいるんでしょう? 私の記憶では、数年前に当市の小学校の建て替えで、石綿が使ってあるので飛散させないようにする工事手順が大変、とローカルのTVニュースでやってましたし、さらにその前(何年前だったかはもう覚えていません)には市庁舎の建て替えでも天井にアスベストが張ってあるので、ビニールを周囲に貼って密閉して中に入る人は厳重に体を包んでいる光景をやはりローカルのTVニュースでやってました。
つまり、記憶の捏造やただの既視感でなければ、石綿(アスベスト)は人間の健康にとって危険である、は私にとってはすでに常識だったんです。だけど、一部建築業者や一部官僚や一部マスコミにとっては初耳だったのでしょうか。だとすると、ちょっとのんびりしすぎと思えるのですが……
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原題 GIVE ME MY FATHER'S BODY
ケン・ハーパー著、鈴木主税・小田切勝子訳、早川書房、2001年、2500円(税別)
グリーンランドで世界から孤立して暮らしていた北極エスキモーが「発見」されたのは1818年、イギリスの探検家によってでした。1891年北極探検を目指すピアリーは、前例(人力でそりを引く)に倣わず、エスキモーを活用(犬ぞりとエスキモーの狩猟方法を採用)しようとします。ただしピアリーにとってのエスキモーは、対等な人間でもなければ学術的な興味の対象でもなく、ただ自分の目的を達成するために有用な道具でした。
いつしかピアリーがもたらす木材やナイフなどに依存するようになったエスキモーは、1897年にピアリーのアメリカ「凱旋」に同行することを承知します。その六名の内に、父と共に参加した推定七歳の少年ミニックがいました。ピアリーの個人的なパトロンはアメリカ自然史博物館の館長で、エスキモーたちは博物館への生きた土産(または標本)だったのです。慣れない環境で数ヶ月後にはエスキモーは次々病気(おそらく結核)になって死んでいきます。父を失って孤児となったミニックは博物館職員のウォレス夫妻に引き取られ、以後キリスト教的教育を受けることになりますが、しょっちゅう肺炎になるため学業は滞りがちでした。
ミニックをさらに不運が襲います。養父は博物館を首になり、かわいがってくれた養母は病死。そして、博物館にミニックの父の骨が「標本」として展示されていることを知るのです。「キリスト教徒は立派なことをする」と教えられていたミニックに対して、それは大きな衝撃でした。
骨格標本は当時の博物館では人気の展示でした。骨相学の影響がまだ残っている世相で、種族による性格や能力の違い(特に白人の優位性)も骨を見たらわかる、と考えられていたのです。
ミニックは、父の骨の返還を要求します。エスキモーの流儀によって葬られるべきだ、と主張したのです。しかし、博物館側はのらりくらりと要求をはぐらかし続けます。いつしかミニックはアメリカに絶望し、グリーンランドに帰りたいと思うようになりました。新聞がミニックの父のことを知り書き立てます。そこにピアリーと北極点初到達を争っていたクックがからみます。ピアリーは、悪評が立って探検旅行の金集めに支障が出ることを怖れ、ミニックを「追放」することを画策します。
アメリカに渡って12年後、グリーンランドに戻ったミニックは、孤児で母語もエスキモーの文化も忘れていましたが、もう一度すべてを学び直し、2年で腕の良い猟師になります。しかし、グリーンランドも「自分の土地」ではありませんでした。探検隊にとっては「英語がしゃべれてよく働くエスキモー」として重宝されますが、それだけの便利な存在です。エスキモーの文化の中では、キリスト教的に育てられたミニックは自分のアイデンティティを感じられません。ミニックは今度はアメリカが恋しくなります。彼は母国を持たない存在になっていたのでした。文化的な意味でのホームレスです。
七年後、ミニックはアメリカにまた渡ります。こんどは自由意思で。また博物館に掛け合いますが、今度は「可哀想な子ども」ではなくて屈強な若者だったためか、同情は集まらず、ニューハンプシャー州北部の農場で働きます。そこで親しい友人に恵まれのびのびと暮らし始めますが、翌年スペイン風邪で死亡。
野蛮人が野蛮な行為を行なうのはしかたないでしょう。彼らはそれしか知らないのですから。しかし、文明人が文明の名の下に行なう野蛮な行為はどうでしょう。そしてそういった行為をした後で「相手は野蛮人だからかまわない」と自己正当化を行うのはどうでしょう。なんだかとっても見苦しいと私は感じます。
後日談:本書が出版されたあと、1993年にミニックと共にアメリカに渡った四人のエスキモーの遺骨は生まれ故郷に返還され埋葬されました。ただし、キリスト教式の葬儀によって。
*本書では「イヌイット」ではなくて「エスキモー」が意識的に使われています。私もそれに従いました。なぜ著者がそうしたか……それは本書を読めばおそらくわかるでしょう。
子ども時代、自転車の補助輪を外すのに私は苦労しました。親に叱咤激励されながらともかくなんとかできるようになるのに半日かかったでしょうか。試行錯誤を繰り返し夕方には乗れるようにはなりましたが、できた瞬間もなぜできたのかはわからずじまいでした。でも現在、私は一応方法論を持っています。最初から補助輪をつけないのです。だったら補助輪に頼らずに自然に……あ、これでは方法論ではありませんね。
補助輪つきの自転車に子どもが乗っていて「外したい」と言ったら、補助輪と共に自転車のペダルも外してしまいます。で、またがったら両脚で地面を蹴れる高さにサドルを調整します。ペダルをこぐ/左右のバランスを体重移動で取る/ハンドルを操作する、の三つの問題を一挙に解決しようとするから難しいので、こぐ動作を最初は省いてしまうのです。こがなければ体が左右に揺れることも減りますから体重移動も少なくてすみます。転びそうになってもすぐに足がつくのですから子どもも安心です。ペダルをつけても同じことはできますが、足がぶつかって自由度が犠牲になり易いので、外しておいた方が安全です。ちょうど自転車発祥時代と似た恰好ですね。で、地面を蹴ったらすーっと前に出られるくらいバランスを取るのが上手になりハンドル操作もある程度できるようになったら、ペダルをつけて推進力をもっと得られるようにします。
で、この方法論を自分の子どもたちに試してみたいと思っていたのですが……二人とも自分の友だちに教わってさっさと乗れるようになってしまっていました。私に教えさせろ〜
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ルドヴィック・ケネディ著、野中邦子訳、文藝春秋、1995年、3500円(税別)
リンドバーグはもちろん1927年の『翼よ、あれがパリの灯だ』で有名ですが、その冒険行で国民的(あるいは世界的)英雄(またはアイドル)になった後、1932年に長男を誘拐されて殺されたことでも知られています。1934年、ドイツからの密航移民(しかも前科つき)の大工ハウプトマンが身代金を(それも大量に)持っていたことから逮捕され、証拠や証人が次々出現して有罪を言い渡され死刑を執行されます。これにて一件落着……のはずだったのですが……
被告の弁護人は「警察官に暴行された」と民間の医者の診断書を提出しますが、警察医は「どこにも暴行の痕はない」という診断書を提出します。さて、どちらが本当なのでしょうか? 正解は……警察医の診断は暴行の「前」だったのです。「証拠」をちゃんと確保してから警察官はゆっくり一晩暴行を続けました。五日後に腕の良い弁護士が付いて、民間の医者に診せたのです。
筆跡鑑定でハウプトマンの筆跡も言葉遣いも脅迫状にそっくりと鑑定されました。さて、そのわけは……逮捕された直後、わけがわからないでいるハウプトマンに「これを真似て書いてみろ」と本物の脅迫状が見せられたのです。警察に「協力」しようとハウプトマンは必死に脅迫状を写しました。誤字脱字もそっくりになるように。警察も、少しでも似るように、ペンを何種類も用意するなどの「協力」を行なっています。(それでも写真を見る限り、筆跡は全然違うと私には見えますけど)
さらに、アリバイの無視(というか、アリバイ証拠の隠滅)・有罪証拠の捏造・証人の偽証(というか、偽証人を警察が準備した)などなど、なんともすさまじい裁判です。警察・検察・マスコミ・世論が一致団結したら、無敵です。その人が無実かどうか、なんて問題じゃありません。「犯人は罰せられるべきだ。そいつがあやしい? OK、それでいこう」ゴーゴーゴー。その流れに逆らうものは非愛国者なのです(なにしろ、国の英雄の子どもを誘拐して殺した憎むべき「犯人」なのですから)。
……私は魔女裁判を思い出しました。魔女裁判はそれほど古いものではなくて、中世末期から近代で、中世よりもルネサンス以降の近代の方が殺された「魔女」の数は多いのですが、魔女が最後に殺されたのは18世紀のアメリカです。つまり「裁判」という形式を整えて「合法的」に特定の人間を殺すのは極めて近代文明的なやり口なのです。
……やれやれ(sigh)。
著者はアメリカの裁判システムが問題を抱えているのではないか、と指摘します(著者はイギリス人)。でも、どんなシステムでも人が運用する以上、正義の名の下に固く決心をした人々の意図を止めるのはなかなか難しいのではないか、とも思えてしまいます。ちょっと悲観的すぎるかな?
人の集団を能力で分類すると、すごく有能/まったく無能/その中間、に分けることができます。有能と無能は少なくて、ほとんどはその中間です。人の集団を性格で分類すると、すごく良い/すごく悪い/その中間、に分けることができます。こちらも良いと悪いは少なくて、ほとんどはその折衷(良いと悪いのモザイク状)です。
以上より確率的に「すごく有能でかつ性格がすごく良い人」は極めて少数であることが証明されました。別にことば遊びや論理操作をしなくても、学校の教室や地域や職場で人間観察をした実感からも同じ結論は導けます。
「有能でかつ性格が良い人」でもたまにはミスをします。それを指摘したら、感謝されます。「自分がミスをしたこと」をきちんと把握できるのは有能の証明でしょうし、それを指摘されたことに感謝するのは性格の良さの証明でしょう。ではその逆、「無能で性格が悪い人」のミスを指摘したらどうなるでしょう。恨まれます。あるいは「それ」がミスではないとしつこく否認し続けたり他人に責任を転嫁したり、そこまで騒ぐエネルギーと集中力と持続力があるのならそれを仕事に発揮しろよ、と言いたくなる大騒ぎです。
さらに「無能で性格が悪い人」は他人のミスを必死に探します。ミスでないものまで「ミスだミスだ」と騒ぎます。攻撃は最大の防御で、自分の無能から人の目を逸らすために必要な手続きなのでしょう。でもその「ミス」がその人のただの思いこみでミスなんかじゃないことを証明したら、また恨みます。そんなヒマに自分の仕事をしたら少しでも無能から遠ざかれるんですけどねえ。
……私? 私は(たぶん)有能で性格は悪い(こちらは確実)人間です。でも、無能で性格が悪いのよりはるかにマシでしょ?と開き直るところが、性格の悪さの証明ですね。
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鳴海章著、中央公論社、1995年、1553円(税別)
8月になると原爆や終戦などで新聞紙面は占められます。季節の風物詩ですか?と聞きたくなります。で、それに便乗して私も戦争物を。
昭和20年8月16日、徹底抗戦を唱える厚木基地から戦力温存のために零戦が二機北海道に向かいました。しかし厚木基地の抵抗勢力は制圧され、零戦はそのまま永い眠りにつくことになります。
50年後、発見された零戦はひそかにリストアが開始されます。スポンサーは引っ越し業で財をなした宮尾、その手足となるのは自動車リストア(製造中止になった過去の名車などを、足りない部品は手作りして再生させる仕事)を生業とする曽我とその会社のユニークな面々。それに、バブルがはじけて証券会社を首になった守山やかつての板金名人古屋などがからみます。
少しずつ再生される零戦によって、リストアする人達はかつての日本の設計思想や手作業の精密さを学びます。まるでNHKのプロジェクトXです。そして、初登場時は駄目駄目サラリーマンだった河地は、人間そのものがリストアされたかのように変わっていきます。彼は、一億円は儲け損ないましたが、それで自分の人生を得た、と言えるでしょう。
リストアがほぼ完成したとき、工場のある神戸を震災が襲います。
航空工学に関する蘊蓄もたっぷり盛り込まれているので、そのへんで好き嫌いが別れるかもしれませんが、「絶望とは、食うに困らない人がことばで言っているだけ」とか「『会社の歯車に過ぎない』とか言って歯車を馬鹿にする奴は歯車の重要性がわかっていない」とか、ちょっと苦みも効いています。
蜻蛉が二匹、水色の車の上をつながって飛びながらちょんちょんちょんと尻尾で車体を触っています。きっと空を写す車体が水面に見えているのでしょう。お気の毒ですが、そこに卵は産めません。教えてあげたいのですが、言葉が通じません。
しかし、このあたりにはヤゴが棲息できる環境はないはずなのですが、この蜻蛉たち、一体どこから飛来したのでしょう?
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ウォルター・ワンゲリン著、仲村明子訳、徳間書店、1998年、1900円(税別)
中学の時旧約聖書を読んでその「物語」としての面白さが印象的でしたが(信者の人には怒られるかもしれません)、同じことを感じる人がいたようで、きれいな「小説」になっています。
天地創造ではなくて、アブラム(のちのアブラハム、100歳の時に90歳の妻サラとの間に息子イサクを得、それを神の求めに応じて生贄に捧げようとした人。甥はロト(ソドムの塩の柱))の話で本書は始まります。
しかし、モラルに厳しい神のはずなのに(だからこそソドムは滅ぼされた)、旧約聖書に登場する性的モラルはよくわかりません。イサクの息子ヤコブはレアとラケルの姉妹と結婚しますが、重婚は良いのかな? 妻が不妊の場合は妻の女奴隷で代用も可、という制度なので、まあ当時の常識からは許容範囲内なのでしょう。しかし、本書では省かれていますが、ロトの近親相姦(ソドムを脱出した後、ロトとその二人の娘の間にそれぞれ子供をもうけた)……これはまずいでしょう。聖書では妙に淡々と書かれていますけれどね。敬虔な信者一家のはずなのに、ノアの秘所を息子がじろじろ眺める、てのもちときわどくないです? そして英雄ダビデ王が家臣の妻を奪うのは……おいおい、ですが、ダビデの息子が妹を強姦するにいたっては……をーい、ダビデの家系は神によって特別に祝福されていたんじゃあなかったんですか?
モーセはイスラエルの民を率いてエジプトを出、神から十戒を授けられます(長い時間をかけてそれ以外にも細かい契約を交わしています)。そしてモーセ以降、神と直面して言葉を交わす預言者は出現しなくなります。だからこそ細かく契約を定めておく必要があったのでしょう。状況に応じて神の言葉や行動は示されますが、断片的です。結局、モーセ以前と以後で聖書は神話という点で異なるフェーズを示すことになります。モーセ以前ではユダヤ人は神に直接導かれさまよう民です。ところが以後は怒れる民で征服戦争を次々行なって「乳と蜜が流れる土地」を自分たちの軍事力(+神の力)で勝ち取っていきます。
「神の時代」は「王の時代」に移行していきます。
著者は、人々が神の前に悔い改めて正しい行いをするようになっても数十年経つとまた放縦に流れて過ちを犯すようになることを「車輪が回るように」と表現していますが、何回も何回も何回も間違い続ける人間に対して、ユダヤの神が示す厳しさと辛抱強さには感心してしまいます。
そうそう、新約聖書でも重要な役割を果たすユダの語源は「神をたたえる(ヤダ)」だそうです。そうか、ユダは神をたたえる人だったのか……
子ども時代の夏の暑い日、たまに近所の店で買ってもらうラムネは嬉しいものでした。値段はたしか5円。手の平に収まるくらいの丸い木の板に突起が打ちつけられた栓抜きでしゅぽんとビー玉を下に落とすと瓶の口からしゅわしゅわと白い泡が吹き出ます。それをこぼしたらもったいないから急いで口に運びます。同じような味わいのサイダーは10円。瓶をラッパ飲みなんかせずに、上品にコップについで飲むものでした。
大学生になって、東京銀座の歩行者天国でラムネの瓶に再会したとき、そういえばしばらく飲んでなかったなあ、と買ったら80円だったか90円だったか……ガキの飲み物がずいぶん出世したもんだなあ、と思いましたっけ。
今我が家の冷蔵庫にも箱買いをしたラムネが数本入っています。瓶ではなくて缶です。ずいぶん小さく見えますが、それでも瓶入りと同じ量なんだそうで……なんだか味は違うような気がします。ビー玉とガラス瓶が触れる音も、美味しさの一部だったのでしょうか。
文明開化によって様々なものが西洋からもたらされましたが、その中にレモネードとシードル(リンゴの発泡酒)がありました。何とかその味を国内で再現したいと試みた結果が、砂糖水を炭酸で発泡性にして香料を入れたものでした。ということでレモネードがラムネに、シードルがサイダーに化けたのです……というのは、非常にもっともらしいのですが、あまりにもっともらしすぎてかえってガセビアではないか、とも思えます。まあ深く追及するのは野暮かもしれません。鼻に抜ける爽やかさを味わって、夏!です。
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星野知子著、講談社、1994年、1553円(税別)
TVの仕事で世界中を旅する著者は、1992年には10カ国を訪れました。その内から厳選?した3ヶ国の旅行記です。
まずはペルー。当時は、特に日本人を狙ったテロリストが暗躍しており、危険な国としてビジネスマンも観光客も激減していました。そこにインカ以前の文明・シカン遺跡の発掘調査を取材するために著者たちは出発します。出発しようとしますが、まずは成田で「飛行機の出発は30時間遅れています」の先制パンチをくらいます。やっとペルー入りをしたら、チャーターしたセスナ機は24時間遅刻をします。発掘現場にトイレがないことなんか、大した問題ではありません(女性にはやっぱり大した問題でしょうけれど)。
……しかし、犬が人間の排泄物を食べてしまうとは……高床式の住居で、上から落ちてきた排泄物を下で豚が食べその豚を人間が食べる、は何で読んだったかなあ。犬の場合は人間が食べられっぱなしですね。
次はシベリア・アナドゥリ低地。日本に飛来する雁が、夏の間どこで過ごしているのかを日本とロシアが共同研究しているのを取材する旅です。また例によって飛行機が飛びません。朝4時30分発のはずが、13時間遅れでやっとこさ離陸します。
夏のシベリア。少し掘ったら永久凍土が出てきます。蚊もわんさか飛んでいます。1センチの巨大蚊です。トイレは……ありました。細い材木を組み合わせて四方に帆布を張っただけの構造で、テント村から3分かけて歩いていかなければなりませんが、それでも立派なトイレです。そんなテント村に、著者以外にもロシア人女性もいればなぜか子どもも二人混じっている……そのへんの人間関係の描写もなかなか面白いものです。
最後は中国・雲南省。私は一度だけ中国に行ったことがありますが(上海と蘇州)、行く前に散々トイレのことで脅かされました。まあ、いよいよとなったらそれこそ「旅の恥はかきすて」で人前でも排便できるだろうと思ってましたが、著者は本当にそんなトイレにはいることになります。コンクリの床にはあちこちに穴が開けられていて、ドアも仕切りもありません。その穴めがけて排便するのですが、中を覗くと立派なウジがうようよと。夜なんか大変です。真っ暗なのですから。江戸の長屋のトイレのように、個室の方が扱いは楽なんじゃないかと思います。
著者は日本に帰る度、日本の文明の有り難みに驚き、すぐに慣れてしまいます。そしてまた外国に出てその不便さにまた驚きます。日本の常識は必ずしも世界の常識ではないわけで、行ったり来たりすることで(そして自分のホームグラウンドを持っていることで)それらの違いにいろいろ驚いたり楽しんだりできるのでしょう。
たしかブルーノ・ラトゥールだったと思いますが「人類学者とは、行って調査して、そして帰ってくる人のことだ」と述べています。完全に閉じこもるのではなく、行ったら行ったきりになるのでもなく、その相手が外国でなくてそのへんの人達相手でも、自分の世界と相手の世界を往復し交流すること、それを続けていれば学者でなくてもいろいろな楽しみが味わえるのかな、とも思います。
私が車のワイパーの故障を発見するのは、雨が降り出したときです。晴れているときにはワイパーに用はありませんから、故障していたとしても気づきません。で、故障を発見したときには手遅れです。
毎日チェックをしろ? そうですよねえ。できる人はぜひやってください。でも、あんまり晴れているときにワイパーを動かしたら、ガラスに傷がついたり、部品が消耗して肝腎の時に故障が起きやすくなったりしませんか?(と、日々のチェックが面倒なぐーたら人間としては、屁理屈をこねたくなります)
そういえば先週でしたか、羽田空港が停電したら非常電源が入らなくてえらい騒ぎになったそうですね。これも日々のチェックが必要だったのでしょう。私の車のワイパーとはスケールが違うので私の屁理屈は持ち出しませんが、せめて定期的に非常訓練を……しょっちゅう日常業務を止めて停電を起こすのは、営業の方からストップがかかりそうです。非常電源を複数の系統に……コストがかかりすぎると財務からストップがかかりそうです。
……さて、どうすりゃ良いの?
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江上波夫VS佐原眞(対談)、小学館、1990年、1408円(税別)
江上さんは1948年に「東アジア系騎馬民族が朝鮮から九州北部に渡り、5世紀には畿内に侵攻して王朝を樹立した」という騎馬民族説を唱えて、万世一系の天皇家の概念に衝撃を与えました。それに対して、親子ほど年が違う佐原さんが反対論を唱えて挑んだのが本書です。
そもそもことばの定義から食い違っています。江上さんにとって「騎馬民族」は単に馬に乗って走り回っている民族のことではありません。戦前に中国や外蒙古(当然密入国)での調査によって確立した草原の遊牧民のイメージが江上さんの原点です。干し草を貯めるとか家畜を去勢するといった人為をあまり加えず、「自然」のままに遊牧する人々が、元が中国(金や宋)を支配するときに用いたのと同じような手順で境界領域から少しずつ本国の中心に向かって人々を馴化しつつ進んでいく、というイメージです。あまり勇ましくありませんから「征服」ということばにも江上さんは違和感を表明します。
本書の中央では「去勢」が大きな話題となります。牧畜において去勢は重要な処理ですが(性質が穏和になって扱いやすいし、発情期のトラブルが防止できる)、佐原さんは「本当に騎馬民族が日本に入ってきたのなら、去勢や内臓占いなど、騎馬民族の文化が日本で見られないのはなぜだ」と疑問を呈します。このへんの議論はそれなりに白熱していますが、私見では江上さんの方がちょっと分が悪いかな。騎馬民族が農耕民族を馴化したのなら逆に騎馬民族の文化も変質しているはずです。すると、日本とモンゴルの文化の共通点を挙げても、その変質の過程に焦点を合わせないと論拠とはなりづらく感じるのです。
そうそう、議論の本筋ではありませんが、モンゴルの草原の遊牧民は、現地の野生動物をならしたのではなくて、よそから家畜を連れてきたのではないか、というのが江上さんの仮説ですが、これについては同じことを『銃・病原菌・鉄』でも唱えていましたね。見通しの良い草原で必死に野生動物を捕まえて馴らすよりは、よその家畜を連れてくる方がはるかに楽ちんです。
また、江上さんの「農耕民族は文化を作り、騎馬民族は文明を作る」ということばも、興味深いものでした。
騎馬民族かどうかは別として、日本に外来の征服王朝が成立したことは間違いないと私は思っています。記紀でも、私のような素人でも読んで気がつくのが、神武天皇の東征神話・国つ神(地元の神)と天つ神(天から下ってきた神)・継体天皇の明らかな系譜の「断絶」(以前の天皇の五代あとの孫(57歳)が、その係累の詳細を明らかにせずに突然登場して天皇になるのです)……その「征服」は、軍事的なものよりも、江上さんが言うような馴化による平和的なものだっただろうとは思いますけれど。
意見の違う二人ですが、不毛な対立・対決ではなくて、お二人は対話を行なっています。高校時代に読んだ本田勝一の著作のどれかだったと記憶していますが「耳と口と脳がちゃんと機能する人だったら、たとえ右翼と左翼でも対話や議論はできる。そうではない人間だったら、同じ右翼同士・左翼同士でも話は成立しない」といった意味のことが書かれていたのを思い出しました。
歴史を論じるとき、どのくらいスケールの大きな視野と知識が必要かを具体的に学ぶための入門書としても読める本です。
なんでも今国会では流れるそうですが(国会そのものが流れるそうですね……ということは、小泉さんは当初の公約「自民党をぶっつぶす」をついに実現?)、サマータイム法とは要するに早寝早起き強制法でしょ? 早寝早起きをしたい人は自分が勝手にすればいいのであって、それを他人に強制して回る必要はないと私は思います。別に強制をしなくても早寝早起きをしている姿がとっても魅力的に見えたら、周囲は勝手に真似をすることでしょう。人生のモデルとはそういうものです。
どうしても強制したい? その「強制したい」という心理の方に私は興味を持ってしまいそうです。
【ただいま読書中】
飯田朝子・町田健著、小学館、2004年、2200円(税別)
中学の英語の授業で「英語には単数形と複数形がある」と習って、初めて新聞の外電で「外国の艦船(複数)」と書かれているわけがわかりました。ついで「お茶はカップで、水はグラスで数える」と習って「コーヒーカップで水を飲んだらどうするんだ。麦茶はどう数えるんだ」と私の天の邪鬼根性が発動しましたっけ。ともかく、英語では単数と複数を峻別するけれど、日本語ではそのかわり(?)長幼の区別(兄弟姉妹Tとか伯母・叔母とか)にうるさい点を面白く感じたことを覚えています。
大学でドイツ語を習ったときには、すべての名詞が男性/女性/中性に区別されることに目を回しました。世の中にいくつ名詞があるかは数えたことがないので知りませんが、とても全部は覚えられないと思ったのです。よく「日本語は難しい」というけれど、どの国の言語もどこかにすごいこだわりがあって、そこを丸覚えするのは他国の人間には困難じゃないか、と思って、そこで「日本語の難しさ」に思いが至りました。数え方です。名詞によって数え方が違う。これを丸覚えするのは苦痛でしょうし、(完全とは言えませんが)覚えている日本人はどうやってそれを身につけたのか、我が身を振り返っても不思議です。
本書はタイトルの通り、ものの数え方を集めた辞典です。小手調べでしょう、帯に「次の語に共通する数え方は?」とクイズが載っています。「船・烏賊・水」「仏像・モアイ・埴輪」「羊羹・箪笥・三味線」くらいは楽勝ですが「ピラミッド・エレベーター・原子炉」ではちょっと詰まり「幟・文字・小川」「琴・碁盤・プール」では「う〜ん」と唸ってしまいました。
コラムも充実しています。「缶詰は、中身によって数え方が違う」なんて、普段意識せずにやっていることを指摘されるのは、快感です。
「これは何て数えるんだ」と疑問に思ったときに引くも良し、暇にまかせてぱらぱら読むも良し、の辞典です。
そうそう、「辞典を読む」とか「時刻表を読む」と言うと、時々驚かれることがあるのですが、私にとってはどちらも引くものであると同時に読むものでもあります。名詞と数詞の関係のように、名詞と動詞の組み合わせも色々あるのが日本語の良いところに思えますが、シンプルが好きな人には不必要な複雑さに思えるかもしれません。
日本の教育水準は世界的には高い方だと私は感じています。だけど政府の支出はケチです。
http://www.mext.go.jp/b_menu/shuppan/toukei/05071201/pdf/003.pdf
いわゆる先進国の中では最低レベルのようです。政府がケチで水準が高い……つまり現場が頑張っているわけでしょう。
そういえば「高すぎる」と評判の日本の医療費ですが、これの国際比較も興味深いものです。たくさん国が載っている方が面白いのですが、新しい年度のはなぜかデータが不十分なんです。これはちょっと古いけれどたくさん国が載っているので……
http://hcoa.jp/general/suzuki/09.html
日本の保健医療制度はそんなにレベルが低いものとは私は思ってませんが、教育と同じく、それほどお金をかけずにレベルを維持できるのは結局現場が頑張っているからではないでしょうか。
でも政府はこれからさらに予算を絞ってくるようですね。マスコミもそれに賛成しているようです。さて、日本の教育や医療の国際レベルはどのあたりから落ち始めるのかな。それとももう落ち始めている?
【ただいま読書中】
川島レイ著、新潮社、2004年、1200円(税別)
1998年、ハワイで大学宇宙システム・シンポジウムが開催されました。日米の宇宙工学を学ぶ大学生が集まって共同研究プロジェクトを起こそうという会議です。そこでスタンフォード大学教授のトィッグスが「カンサット」(350mlのジュース缶サイズの人工衛星)を提唱します。数億円数十億円の本格的な人工衛星ではなくて、1000ドルで作ることが可能と思われたカンサットなら大学でも作れそうです。シンポジウムに参加していた東大と東工大が手を上げ、1年後の打ち上げ目指して製作を始めることにしました。しかし、制御に関する理論研究中心だった東大にとっても、物作りが得意な東工大のチームにとっても、まったくゼロから人工衛星を作るのは、大変な作業でした。研究室は不夜城となり、学生はカンサットをつくる作業の合間に自分の研究や論文書きをする羽目になります。
打ち上げ手段探しも難航し、結局アマチュアロケットを使うことになります。直径16センチ長さ3メートルの固体燃料を使うロケットで4000メートルの高さまで打ち上げて放出した衛星をパラシュートで回収することになります。アマチュアロケット集団エアロパックの人達との協議はすぐにまとまりましたが、そこから3時間の激論が始まります。プロジェクトのネーミングです。アメリカ人にとって、名前をつけることは非常に大事なことなのでした。
学生たちはトライ&エラーを繰り返します。著者は、トライ&エラーの積み重ねこそが「技術」であり、応用が利くようになるのには成功体験よりも失敗体験の方が大きい。だからこそ技術の継承は難しい、と述べます。
東大と東工大のチームは、ライバルとしてあるいは協力者として、張り合いながら助け合いながらそれぞれのカンサットの製作を進めていきます。
1年後、アメリカへの出発の日が来ます。学科試験をさぼって成田に向かう人もいます。東大のリーダー格の二人は博士課程の試験日だったので、前日まで衛星作りで連続徹夜状態でしたが、ともかく試問を受けてからその足で空港に向かいます。(試問を受けたことがある人にはわかるでしょうが、これは相当、いや、絶対的に無茶なことです)
翌年トィッグスは「キューブサット」(一辺10センチの立方体の人工衛星)を提唱します。東大・東工大のチームはそれにもチャレンジし地球周回軌道への投入に成功。キューブサットからカメラで撮った映像の携帯電話への配信にも成功したそうです。
http://future.way-nifty.com/reiland/cat2846038/
http://www.unisec.jp/cubesatstory/xi-iv/7-1.html
コンピュータで理論をもてあそぶのも大切な作業ですが、自分の手でハンダゴテを握ってものを作る(壊す)のも大切な作業でしょう。そういえば、町工場で人工衛星を作ったという話もどこかで聞いたことがあります。本が出てないかな?
昨夜の雨の影響か、朝からどんより曇っています。「これは海水浴日和だ」と家族の意見が一致して(家内は直射日光を浴びたくない、息子はどっちにしても行ければいい)朝飯食ったらすぐに出かけました。春に息子が陸奥記念館を訪れて「海がきれいだった」と言っていたので、周防大島を目的地とします。玖珂(くが)のインターを降りると、山口名物「ミカン色のガードレール」が延々と続きます。大橋を渡ると……本当に大きな島ですねえ。20キロメートル走っても目的の海水浴場に着きません。そのうち空が晴れてきました。かんかん照りです。
良い海水浴場でした。昨年行った宮島の海水浴場よりも海水はきれいだし人は少ない。浜の砂も上質で、鹿の糞が落ちていません(宮島は全島鹿の糞だらけです。観光で行かれる人は足下にご注意)。
体がヒリヒリしてきたので、昼飯を食ったら帰ることにしました。大橋を渡ると突然大雨です。夕立……ではなくて時刻に正確に従うなら昼立です。高速道路で前が見えません。
なんとか帰宅しましたが、やっぱり海水浴日和だったのでしょうか?
【ただいま読書中】
佐伯泰英著、新潮社(新潮選書)、1998年、1300円(税別)
あるスペインの青年が出勤をするときに家族に言いました。「家を買ってあげるよ、さもなくば喪服を」(怪しい私の記憶に従えば、こんなせりふだったはずです)。高校時代に読んだノンフィクション『さもなくば喪服を』の一シーンです。彼の仕事は闘牛士。今から荒ぶる牛との生死をかけた対決が始まるのです。勝てば(勝ち続ければ)栄誉と財産、負けたらお葬式。だから喪服なのです。
闘牛(コリーダ)の語源は「(牛を)走らせるcorrer」だそうです。そういえばTVで見たある街の闘牛は、街路を数頭の牛と共に人々が必死に走っていましたっけ。
地中海各地にはかつて牡牛信仰がありました。信仰の中で牡牛は神格化され、同時に血の豊饒性に対する信仰から牡牛は犠牲の対象とされます。この二つの信仰の流れが現代闘牛に受けつがれている、と著者は述べます。さらに、古代ローマ帝国に支配されたスペインにはローマの「パンと見せ物遊び」が導入されます。その中に「牡牛との闘争」も含まれていました。そこにキリスト教精神とイスラムに対するレコンキスタの狂信性が加わり現代闘牛の源流が形作られます。
著者は闘牛写真家として闘牛士の一座に同行し、「スペイン」をたっぷり味わいます。昼過ぎに起きて軽食を摂り(手術になる可能性を考えて、胃の中に食物が残らないようにするのが作法だそうです)ゆっくり準備を整えて夕方から牛と戦い、生きていたら深夜に次の興業地に向けて車で出発。途中で夜食を摂り、明け方ホテルに到着。昼過ぎに起きて……を毎日毎日繰り返すのが闘牛士です。
古代ローマ皇帝は「生贄を捧げるもの」として支配階層の最高位を占めていましたが、現代闘牛では生贄を捧げるのは「大衆の英雄」です。旧約聖書に生贄は二種類出てきます。焼き尽くす生贄(神にすべてを捧げる)と和解の生贄(一部を人間が食べる)です。闘牛場で殺された牛は解体されて肉になります(ごくごく稀に、讃えられるべき健闘をした牡牛は種牛として命を長らえることができます)。つまり闘牛は、その過程は派手な見せ物になってはいますが、実は生贄を神に捧げる儀式そのものなのかもしれません。……そして、ときには闘牛士が焼き尽くされる生贄となって自らを神にささげることにもなります。
ピカソにとっての闘牛は、神話(ミノタウロス)や磔刑(キリスト)と結びつき、絵の中での死(暴力)はエロティシズムへと変貌します。フランコ独裁に反対するピカソが住んだのは、古代ローマのコロセウムでの闘牛が行なわれる南フランスでした。闘牛の開催日、ピカソはそわそわと出かけたそうです。ピカソにとって、いや、スペイン人にとって闘牛は、祝祭であり、娯楽・重要な観光産業(雇用)であり、芸術なのでした。
卑劣漢と正義漢はよく似ています。どちらも「自分がいかに正しいか」をぶつぶつと言い続けます。どちらも、自分に従わない人々に対して、できることはすべてやって相手を屈服させようとします。
【ただいま読書中】
マーク・E・エバハート著、松浦俊輔訳、河出書房新社、2004年、2200円(税別)
6歳の時ひびや割れ目に興味を持ち、もしものが壊れなかったらどうなるだろう、という着想を得た著者は、偶然の連鎖に導かれて、全米で唯一つ「ものが壊れる理由の研究」ができる大学(MIT)を訪れ、たまたま会うべき教授3人に面会できます。
それまで「いつ」壊れるかの研究は行われていました(それが予測できたら、その前に部品を交換したり、あるいはもっと壊れにくい部品を作ることで対応できる)が、「なぜ」壊れるかの研究はほとんどありませんでした。
著者は、量子化学と熱力学の法則を武器にものがなぜ壊れるのかの世界に踏み込みます。
強靱さと固さは、多くの材料では両立しません。たとえば金属は強靱な材料で、外力に対して変形することで対抗します。しかしガラスは変形はせず、ある限界を超えたらばらばらに破壊されます。1988年アロハ航空ボーイング737の機体の客室部分が飛行中にざっくり裂けました。設計者は機体はいつか壊れるのだからそれを早期発見して対応することと想定していましたが、アロハ航空は機体のヒビ(長さ15〜20cm)を見逃していたのでした。設計者は正しく設計し、機体の素材は期待されたとおりに振る舞い、アロハ航空はそれを無視したのでした。それに対して「もっと強度のある素材で機体を作れ」という意見が出てきますが、著者は「だったら、極端に言ったらアルミより強度のあるガラスで機体を作ることになるけれど、そんな飛行機に乗りたいか?」と皮肉っぽく言います。
原子はひとかたまりの面に凝集しさらにその面同士が結合しています。その面同士をつなぐ結合が切れるとずれが生じその物質は曲がります(変形)。原子の面そのものの凝集が切れるとその物質は折れます(破壊)。どちらの結合が先に切れるか、それを解析し予測するのが量子化学です。純粋な材料に何か「不純物」を微量混ぜたら全体は弱くなるのか強くなるのか、も、試行錯誤ではなく電荷密度を計算するプログラムで予想できるようになります(なるはずです)。三次元的な電荷密度を扱うために位相幾何学が登場します。破壊に関する構造/特性関係は少しずつ明らかになり、次は設計段階ですが……ここで本書は終わります。
……しかし、「いつ」壊れるかを予測して設計してもその設計思想を無視して使って壊して事故を起こしたり、壊れにくい機械を作ったらそれを想定外の使い方をして壊して「壊れないと言ったじゃないか!」と怒って訴訟を起こす人々に対応するのは、壊れ方の専門家にとっては大変なことのようです。著者は鑑定人として裁判に関わったりした経験から、この社会の中で科学を活かす現行のシステムはあまりに非効率なので更新されるべきだ、と述べます。もしかして著者には、科学や技術は人間社会に添加された微量の「異物」に見えているのかもしれません。
新聞のスポーツ欄は大変です。甲子園大会は真っ盛りですし、水泳が終わったと思ったら世界陸上、国内では高校総体が行なわれています。
私は為末の走りにしびれました。「なんだ、銅メダルか」なんて言ったらダメです。トラック競技で日本人がファイナリスト(決勝進出者)になるだけで大したもんなんです。それが三位獲得です。あの時点で彼より速い人間は世界に二人しかいないのです。すごいじゃないですか。それをけなせるのは「この分野では俺よりすごい人間は世界に一人しか(あるいは、一人も)いない」人限定です。
でも……なんであんなに新聞の扱いが小さいんだろう。朝日新聞は高校野球に3面全部使ってるんですよ。それが世界陸上は1面の半分以下、高校総体なんか1/3以下です。世界でのトップクラスの競技/国内で高校生のトップクラスの競技、が高校野球の全国大会の一回戦の1/10以下のニュースバリューですか。私は野球のファンですが、そして朝日が主催者をやってる事情もわかりますが、やはりこの扱いの差別はないだろう、と思ってしまいます。この世には野球以外のスポーツもございます。ぜひそちらの面白さも世の中には知って欲しいなあ。
【ただいま読書中】
ウォルター・ワンゲリン著、仲村明子訳、徳間書店、1998年、1500円(税別)
釘職人ザカリアが熱した鉄の棒を叩いて1スパン(約23cm)の釘を作っているシーンで本書は幕を開けます。ヘロデ王が自身の息子を十字架にかけるために釘を注文したのです。やがてザカリアは啓示を受け、66歳の妻エリサベトとの間に息子をもうけます。後にイエスに洗礼を授け、サロメの求めによって死刑になるヨハネです。
本書はローマの歴史もからめて述べられます。イエス出生の少し前にクレオパトラやシーザーについて言及されますが、述べられたらあらためて「あ、そうだった」と立体的に歴史を眺めることができます。さらに、イエスについても何人もの視点から述べられます。それによってイエスの物語もふくらみを持ちます。
イエスを憎む人々(律法学者やファリサイ派の人々)の「理由」についてもよくわかる気がします。神が人との契約を旧いものから新しいものに変えようとしているのですから、旧い契約に縛られている人が抵抗するのも当たり前でしょう。
イエスはそういった旧い人達だけではなくて、自分の信者とも戦わなくてはなりません。だって呑み込みが悪すぎるんだもの。旧約聖書ですぐいい加減なことをするユダヤ人たちにあきれながらも神が辛抱強く接していたのと相似形です。イエスの弟子たちも「わかった! すごいぞ!」と言いながらすぐアホなことをしでかすのに対してイエスが何回説教をしなければならなかったか。時間は限られているのに。
奇跡の出生として処女懐胎がよく述べられますが、ザカリアの息子のように老女(60歳とか70歳)が妊娠・出産を行なうのも十分奇跡ですよね。旧約聖書にもこういった「奇跡」は登場しますが、なぜ処女懐胎ばかり注目されるのか、私には不思議です。
イエスは旧約聖書をベースとしてその思想を語ります。ならばユダヤ教を理解しておかなければイエスのことば(たとえ話など)は本当には理解できないのではないでしょうか。それが異民族の間にもイエスの思想が広がっていったのは、ちょっと不思議です。
ミュージカル「ジーザス・クライスト・スーパースター」でヨハネがジョン・ペトロがピーターと呼びかけられたシーンで私は目から鱗が落ちました。ペトロはまだしも理解しやすいのですが、ヨハネ=Johannes=Johnだったことに初めて気がついたからです。(だからジョンにはhが入っているんですね) マルコはMarkでルカはLukeかな。欧米人にとっては、名前一つとってみても聖書が身近にあるんですね(少なくとも日々教会に通う人には)。
10年くらい前でしたか、新聞に投書が載っていました。「母乳がたくさん出ないのでミルクを足していたら『母乳が出ないのは愛情が足りない』と責められた」と悩んでいる母親からでした。「時代は変わったねえ」と私は呟きました。
今から40〜50年くらい前、TVでは「○○配合の××ミルクで頭のよい子を育てましょう」(○○と××の部分は意味があって伏せ字にしているわけではなくて、単に忘れたから書けないだけです。たしかアミノ酸だったはず)というコマーシャルをやっていました。当時現役で母親学級などで指導をしていた保健婦さんから20年くらい前に聞いた話では「あの大きな牛も最初は牛乳で育ちます。だったら、その牛乳から作った人工ミルクで育てれば、人間の赤ちゃんも母乳よりもっと大きくすくすくと育つはずです」あげくは「母乳で育てるなんて、非科学的で時代遅れ」と言う風潮さえあったそうです。
ことばはシンプルで極端な方が力を増します。何か二つを対立的に捉えて「善悪」で分けるのは話がわかりやすくなります。……でも、同じものがほんの数十年の間でこれだけ違ったとらえ方をされるのを概観すると、私は「そんなに世界は単純か?」と言いたくなります。
……母乳が出て飲ませたい人は母乳で、出ない人はミルクで育てれば、それで良いんじゃないかしら。どうしてもどちらかの優秀性を主張したい人は、現在の大人の集団を「母乳で育ったグループ」「ミルクで育ったグループ」「混合」に分けてそれぞれの能力なり魅力なりに統計的に有意の差があるかどうかを検証すれば良いでしょう。話は簡単です。
【ただいま読書中】
ゴンザーロ・ライラ著、鈴木恵訳、小学館、2004年、1800円(税別)
ニューヨークの地下鉄タイムズ・スクエア駅にCIAの特殊チーム「アクロバット」の面々が集結します。しかしそこには殺し屋が待ちかまえておりリーダーは殺され、なんとか逃亡に成功した残りの5人は、マスコミには銀行強盗として、大統領には中国に国家機密を持ち出そうとした裏切り者と報告されてCIA・FBI・警察に追われることになります。しかしそれはCIA副長官デントンの陰謀でした。アクロバットは逃げ回り反撃を試みますが、集結地点にはFBIが待ち受けています。チーム内の裏切り者が内通しているのです。
反撃や復帰をあきらめ、メンバーは地下に潜ることにします。そのためには、リーダーがいまわの際に言い残した「27ー13の金庫」の中身が必要です。しかしそこにはFBIが待ちかまえています。その裏をかいてアクロバットは銀行に侵入しますが……
いや、このエンディングには驚きました。予想外です。この手の小説はふつう最後にどんでん返しが来るものですが……いや、書きません。すれっからしの読者こそこの小説を読んで楽しむべきでしょう。
CIAがCIAのチームを抹殺する、といえば30年前の映画「
コンドル」を思い出します。こちらでは逃げるのは一人でしたが、アクロバットではチームです。性別・性格・人種・思想・特技はばらばらで、各メンバーがそれぞれの過去と出会いと未来への思いを持っています。特に、「根無し草」(所属する場所を持たない人)ではなくて「兵士」(所属する場所を持っている人)になりたい経済分析官トビーの痛切な思いがラストに効いてきます。
私がNifty-serveに参加し始めたのは今から11年くらい前でした。参加したての心理学フォーラムでいろいろ書きなぐってましたが、その初期の文章の中に「お盆にダウト」とか「クリスマスにダウト」がありました。どちらも、仏教やキリスト教本来の教えとはずいぶん違った形になっていることを指摘したつもりの文章でしたが、今にして思うとあれから私の思想はほとんど成長していません。ということは今から11年経っても私はあまり成長が見込めないことになってしまうのでしょうか……むう、それを認めるのはちょっと哀しい。それが事実だと大変哀しい。
【ただいま読書中】
佐藤源貞編著、里文出版、2005年、2500円(税別)
八木アンテナ(八木宇田アンテナ)が発表されたのは大正15年でした。しかし日本がその優秀性を確認したのは第二次世界大戦が始まってからです。シンガポールで捕獲した英軍レーダーの優秀性を知り捕虜にしたレーダー手ニューマンのノートに「Yagi Array」が頻出しているのを「これはなんだ?」と聞いてニューマンに「貴国の学者です」と教えられてからでした。
戦後GHQによってTV研究は禁止されます。それがやっと解禁され、昭和28年2月1日にNHKが開局。もちろんモノクロで、契約視聴者は886人でした。昭和29年には函館でも試験電波が出されますが、函館市街地から車で20分も走るともうそこではTVを見ることはできませんでした。電波が弱かったからではなくて、そこにはまだ電気が来ていなかったからです。
やがてTV局は5社5局に増えますが、昭和32年郵政大臣田中角栄が役所の猛反対を押し切ってNHK7局民放34社36局に一挙に免許を与えます。昭和33年に東京タワーが完成、34年には皇太子ご成婚、これによってTVは一挙に普及を始めます。
面白いのは、TV放送用のスーパーターンスタイルアンテナの動作原理が不明だったことです。発明者のマスターズ博士も発表していなかったため、本書の著者は近似方程式を解こうとしますが22元一次方程式のためなかなか解答が出ません。それでも複雑な形状のアンテナを組み立てたらちゃんと動くのですから面白いものです。
現在地上波TVはデジタル化が進行中です。それはすでに昭和45年に郵政省によって構想が発表されていたのでした。ただ、簡単ではありません。15000局の中継局をすべて設備更新しなければなりません。それもアナログ放送を中断せずにデジタルに移行しなければならないのです(しばらくの間は両者併用の期間が必要です)。東京タワーにデジタルアンテナをつけると重量が600トン増加します。それによって耐震性が変化するため補強工事が必要です。さらに東京都内の高層建築の増加によってタワーにはもっと高さが必要です。現在の状態では500〜600mの高さのタワーが必要ですが、場所と数百億円のお金が必要です。そういえば一時秋葉原にタワーを、と言われていましたが、本書ではその話は潰れたそうです。別に秋葉原に思い入れがあるわけではありませんが、なんとなく残念な気持ちです。
ちょっと花火を見に行こうと、100kmほど出かけることにしました。半分くらいのところで暗雲にわかにたち曇り、天でたらいだかバケツだかをひっくり返したような雷雨が始まりました。前の車のテールランプがないと道がどちらに曲がっているのかも見当がつきません。これはたまらん、とサービスエリアに避難しましたが、車内での会話もままならないくらいの激しい音です。やや小雨になったので「先週の海水浴に続いて一家で出かけるとなぜか豪雨が続くけど何かの祟り? これでは花火は中止かなあ」と心配しながらとろとろと走って目的地に到着したら雨はやみ蝉が盛んに鳴き出しました。セットした火薬が濡れていなければ、花火日和です。
10年以上前だったか、打ち上げ地点ぎりぎりで見物したときには、音は耳だけではなくて体中に響くし煙いし火花や破片はばらばら降ってくるし、仕掛け花火がよく見える以外は良い思い出がなかったので、今回は打ち上げ地点から数百メートルのところに場所を占めます。大会が始まったときには花火のやや西に月もいたのでちょうど良い写真が撮れました。
昨年はなかった新製品もあって、2時間たっぷり楽しめました。なんだか、音楽とのコラボレーション、なんて新企画もありましたが、あまりいじくらなくても、きれいな花火を次々打ち上げてくれたらそれだけで十分楽しめるんですけどねえ。昭和半ばには、数キロメートル向こうの大会をアパートの屋上から、一発毎に「玉屋〜」「鍵屋〜」と声をかける大人たちに混じって眺めて、最後の連発で「おお、すごい迫力」と思って育った人間ですから、あまりお腹一杯詰め込まなくても満足できるのです。
【ただいま読書中】
ピエール・マラヴァル著、大月康弘訳、白水社(文庫クセジュ)、2005年、951円(税別)
西暦6世紀、貧しい農村出身で軍人上がりの皇帝ユスティヌスの甥ユスティアヌスがビザンチン帝国を継いだとき、領土はギリシア〜ドナウ川までとトルコ〜シナイ〜エジプトの地中海沿岸でした。当時の帝国では、年間税収の1/4が官吏の給与、1/4が軍隊の経費に消えており、後者は戦争があったらもっと跳ね上がっていました。
ユスティアヌスは帝国の威信のために、イタリアの再征服戦争を起こします。当時イタリアは東ゴート王国で、形式的にはビザンツ帝国に臣従するが実質的には独立しており、そのことによって内部のローマ人とゴート人のバランスを取っていました。再征服戦争は成功しますが、かけたコストに見合った税収は得られず、東への備えが手薄となります。ユスティアヌスはペルシアに金を払って休戦協定を結びます。結果としては、これが一番経済的な解決方法でした。
ユスティアヌスはローマ法を整備します。当時の社会は不平等(の固定化)が基本で、ごく少数の有力者と大多数の貧困層から社会が構成され、貧困層を脱出するのはきわめて困難なシステムになっていました(現在だったら「アメリカンドリーム」と呼ばれている現象でしょうか。これも社会が不平等だからこそ貧困層の皆がこの言葉に憧れるのでしょう)。しかし皇帝は「善行」として富の再分配が期待されます。しかししかし、有力者はほとんどが免税特権を持っていました。そこで皇帝は、過度に富裕になった者をそれゆえ罰し財産を没収します。もちろんこの行為は、貧困層には喝采で迎えられ、富裕層には非難されました。キリスト教国家であったことも事態を複雑にします。チャリティの思想からは貧困者の地位を上昇が期待されます。しかし実際にそのための道は、軍隊か行政での出世しか当時の社会には用意されていませんでした。
キリスト教皇帝は、強制的に信仰を広める義務を負っていました。皇帝は法的に(財産権や(現在でいうところの)基本的人権に関して)異教徒を迫害します。同時に信教の自由を撤廃しました。その結果アテネの哲学校やエジプトの神殿が閉鎖されます。転向しない者に言い渡されたのは、死刑でした。
ユスティアヌスの治世によって、ヨーロッパ中世の基礎が形作られた、と言えるでしょう。しかし治世後半は、相次ぐ地震・洪水・ペストの流行などで帝国はぼろぼろになっていきました。周辺の「蛮族」が牙をむき始めます。
こんな本を読むと、世界史の知識がもっとあったら本書がさらに愉しめるんだろうな、と思います。ふーむ、もっと勉強しなくては。
ちょっと検索するとなぜか「千年に一回」と書かれているサイトが多いのですが、「千載一遇(せんざいいちぐう)」は「千歳一遇」ではありません。「載」は数の単位で10の44乗(1の後に0が44個)です。従って千載は10の47乗。10の47乗に一回の確率ですから、これはたしかにまずないと言って良いでしょうね。
http://www.asahi-net.or.jp/~nr8c-ab/hdkazu.htm
で、上記のサイトを見ていたら、次男がメモ用紙を持ってきて読み上げてくれ、ですって。読むと次々ひらかなでメモしています。で、唱え始めます。すぐに覚えてしまって「お父さん、不可思議の前は何だ?」知りません「じゃあなゆたの前は?」こうがしゃ?「ぶぶ〜、あそうぎでした」……チェックするとちゃんと覚えています。長男もそうでしたが、ポケモンを(名前も特性も特技も)全部覚えられる記憶力ですから、20個程度の文字列の詠唱は簡単なのでしょう。しかし君はこんなのを覚えて、何が楽しいのですか?
【ただいま読書中】
ジョージ・ガモフ著、崎川範行訳、白楊社、2004年、2500円(税別)
ガモフを初めて読んだのがいつだったかは忘れましたが、難しいことをごまかさずに語る姿勢には感銘を受けました。ちょっとアマゾンで検索をかけてみましたが、旧版がいつ出たのかはわかりませんでした。本書のCopyrightでは1947,1961になっていますので昭和中頃のものであることは間違いないようです(となると、一体どこが「新」版なのだろう?)。ですから、ニュートリノについては触れられていますが、クォークは出てきません。ハッブル博士は出てきますがハッブル宇宙望遠鏡は出てきませんしホーキング博士も登場しません。メンデルの法則やダーウィンや染色体の構造は出てきますが、PCRやベクターは出てきません。
だけど、「古い」から価値が減じているわけではありません。少なくとも近代科学の基礎を本書で学んで、興味を持ったところをアップデートの形で別の本を読めばいいのです。
巨大な数・時空間・原子論・生命・宇宙に関して、びっくり箱のようにいろいろなものが詰め込まれていますが、科学知識だけではなくて、科学的な発想や思考がいかなるものかについても饒舌に語った本です。
ガモフやアジモフの科学解説書を読むたび、日本にもこんな本があったらなあ、と思います。博識で視野が広くて科学的な思考に裏打ちされた明快でユーモラスな文章の科学解説や入門書は、もっと出版されるべきでしょう。少なくとも、ノストラダムスや似非科学本よりはたくさん。
小学生のとき「家に帰ったら、うがいと手洗い」とうるさく言われてました。たぶん私以外のクラスメイトもほとんどがそう言われて育っているはずです。でも、どのようにうがいと手洗いをするのかのテクニックを具体的に伝授された覚えがありません。また、実際にどのくらいきれいになったか、前後で手や喉を比較チェックされた覚えもありません(あまりに手が真っ黒だった場合は除く)。
うがいや手洗いの目的は、衛生です(ですよね?)。したがって、目的に適った正しいやり方があります(あるはずです)。
「手を洗いなさい」「うがいをしなさい」と言うだけだとそれはただの呪文です。呪文で衛生は達成できません(偉大な魔法使いを除きます)。呪文を唱えた後、それがちゃんと有効に機能したかどうかのチェックをしなければ、それはただの言いっぱなしです。
言いっぱなしの呪文の目的は……なんでしょう? 言った人の心の衛生?
【ただいま読書中】
桜井厚・岸衛 編、創土社、2001年、2400円(税別)
江戸時代に、仏教の不殺生戒と神道の血の穢れの思想から、日本人は肉を食さなくなった、と言われていますが、江戸には肉屋(ももんじ屋)があり地方でも獣肉を食べる習慣は保存されていました。ただ、蛋白質は魚介類と大豆(と米……米はけっこうアミノ酸が豊富です)で摂ればよく、作業に役に立つ牛馬をどしどし食う余裕はなかったから、結果として肉食はマイナーな地位に落とされていました。そこに動物の解体に携わる(現代で言うところの)部落民差別が重ねられ、さらには肉食行為そのものさえもが差別の対象とされます(戦後でも、近所に隠れて肉を食べていた証言が紹介されます)。
本書は、近江牛の産地の屠場で働くあるいはその周囲で暮らす人々へのインタビューを中心とし、「生きている家畜」と「食肉コーナーに並んでいるパック入りのお肉」の間に確実の存在しているのに我々には無視されがちな屠場にどのような文化が存在しているのかを明らかにしようとします。
ホルモン焼きの「ホルモン」は「放るもん(捨てるもの)」から来た、という俗説がありますが、屠場およびその周辺の地域では内蔵は「なかのもん」と呼ばれ重要な食材でした。「アキレス腱のほんの一部に滅茶苦茶美味いところがある」「頭のこめかみの二箇所、これがおいしいのや」「一回食べたら、やめられん(親方に知られないように屠夫がこっそり取っておくから「シラズ」と呼ばれる脳下垂体)」などと言われると、どんな味なんだろう、と好奇心が刺激されます。
また、骨は炊いて砕いて肥料、血液も煮て薬品原料、爪はボタン、と捨てるところが無いくらい徹底的に利用する態度には、モンゴル遊牧民の馬は捨てるところがないくらい徹底的に利用する態度と通じるものを感じます。そういえば鯨もかつての日本では徹底的に利用するものでしたっけ。それが最近の屠場では食べるところと皮革以外はさっさと捨てるそうで……もったいないなあ、そこまで日本は豊かになったの?と私は言いたくなります(おっと、たくさん捨てるから豊かな生活、というのも中身を無視した一つの紋切り型表現ですね)。エコロジーの観点からも、徹底的な利用は理に適っているそうですが……そこまで理論武装しなくても良いでしょう。私はもったいないで片づけちゃいます。
「本物の近江牛」についても詳しく語られます。現在は2〜3歳で肉になりますが、昔は3歳くらいまで育てられてから農家に渡され、そこで3年くらい農作業をしてから肉になっていました。ですから肉の味が昔と今では全然違うのだそうです。それが耕耘機の普及によって農家で牛を飼うことが減り、それを買い付けていた博労という商売が絶滅してしまいました。
屠場は親方/子方の制度で動いていましたが、やがて労働組合が結成されます。給料も歩合制から月給制に移行しますが、昔を懐かしむ人はそれに抵抗します。それが、親方だけではなくて子方の側にもいるのが、興味深いところです。
屠場は「食肉センター」と呼ばれるようになり、人力でやっていた作業が機械化されて「近代化」されていきます。ではそれでそこに働く人に対する差別的なまなざしが減るのか……ある場長は、人が働く現在の屠場のリアルな姿こそ世間にきちんと見てもらいたいと願っているそうです。
差別とは思考停止です。「あの人は○○だ」とレッテルを貼って、あとはそのレッテルをああだこうだと言うだけで、その人自身がどのような人かを見たり考えたりしない態度のことです。ですから、差別のためにはあまり詳しい情報が流れてくると困ります。無知と隠蔽、それが差別にとっては都合が良いのです。
しかし、「差別反対」と叫んでそれで「差別に反対する私って、す て き」とうっとりするのは、思考停止をしている点で、結局屠場の存在を黙殺して差別に荷担しているのと同じ態度でしかありません。差別に反対するのだったら、差別する人とはまったく違うアプローチをするべきでしょう。
そうそう、本書は「差別反対」を大声で喚く本ではありません。淡々とある特定の屠場を見つめ続けます。まるで人類学者のフィールドワークのように。私自身は差別する側に属していると同時に差別される側に属していますから、こういった情報を集めて公開する態度には、それだけで好感を持ってしまいます。
私が初めて紅茶を味わったのは就職して少ししてのことでした。研修で知り合った人(現在某社の社長さん)がめっぽうその方面に詳しくて「美味い紅茶だったらこの人に聞けば間違いない」と紹介してくれたのがデパートの地下の紅茶売り場の人でした。親しくなってから聞くと、今はそれほどでもありませんが当時としては珍しい、一人でふらりとインドやスリランカを訪れては茶園から直接紅茶を買い付ける人だったのです。テイスティングで出されたモノを味わってぶっ飛びました。学生時代、私にとって紅茶とは「一つのティーバッグからいかにたくさんのお湯に色を付けるか」の代物でしかなかったのですが(だからティーバッグをしぼったりもしていました)、その時味わったのはダージリンのセカンドフラッシュ(茶園は忘れました)。あの水色と香りと味わいが私に与えた衝撃は筆舌に尽くしがたいものでした。お値段もすごかったけど。
【ただいま読書中】
磯淵猛著、斎籐香織絵、筑摩書房、2000年、1900円(税別)
紅茶に関する旅行エッセイです。スタートはアイルランド。
私がアイルランドと言って思い出すのはジャガイモ飢饉ですが、本書もそこから話が始まります。1845年から10年間続いたジャガイモ飢饉により、当時850万の人口のうち百数十万人が餓死、百数十万人は強制移民(あるいは難民)として世界各地に送り出されました。現在のアメリカにも当時の移民の子孫が多く生きています。
著者がダブリンで食事をしたら、最初に出てきたのがジャガイモのスープ。がぶりと飲むとジャガイモの繊維が喉に引っ掛かって咳が出るからゆっくり噛むように飲むのがコツだそうです。
紅茶の一人当たり年間消費量が多いのはイギリスで約2.6kgですが、実はイギリスは世界第二位で、それを上回る約3キログラムで世界一を誇るのがアイルランドです(ちなみに日本は100g)。アイルランドで最も有名な紅茶ブランドはビューリーズ。しかし、ジャガイモ飢饉がなければ、実はそれはリプトンになっていたかもしれません。
トーマス・リプトンはジャガイモ飢饉でスコットランドに移民した両親から1950年に生まれ15歳で単身アメリカに渡ります。ある程度成功しますが、19歳でグラスゴーに帰りそこで食料品店を始めます。奇抜なアイデアによる宣伝と確かな商品で店は大繁盛。10年後には店は20軒以上となり、そこでリプトンは紅茶を扱い始めます。それも味と香りがよいオリジナルブレンドを他店の半値で売り出したのです。さらに、売る地域の水の質に合わせてブレンドを細かく変えました。さらに茶葉の質を確保するため、セイロン(スリランカ)で茶園を経営します。リプトン紅茶は大ヒットしトーマスは富豪となりますが、まるで仕事と結婚したかのように結婚せず大した贅沢もせず仕事場に入り浸ってカウンターの下で寝るような生活でした。遺産はグラスゴーに寄付されました。
一代限りでこの世を駆け抜けたリプトンと対照的なのが、創業290年のトワイニング家です。1706年ロンドンにトーマス・トワイニングがコーヒーハウスを出したのがトワイニング紅茶の始まりです。ちなみにその店は現在トワイニング本社ですが、間口はわずか2メートルくらいだそうです。
帆船による茶葉の輸入にはいろいろと逸話がありますが、ここでは陶磁器に関する話が載っています。箱詰めの陶磁器は、帆船のバランスを取るためのバラストとして使用され、同時に茶葉の下に敷かれて船底にたまった海水がはねて茶葉を濡らすことを防ぐ役割もしていたんだそうです。こうして輸入された磁器がヨーロッパでボーンチャイナを生むことになるのですが、それはまた別のお話です。
本書ではアイスティーが白濁する現象を「クリームダウン」と述べますが、私は「ミルキング」と覚えているので違和感を感じました。いや、意味は同じでしょうけれど。
ついでですが、濃く入れた紅茶を氷で急冷するアイスティーでは、成分を濃くすればするほどどうしても白濁が生じます。それを避けるには、薄くするか、お湯を足すテクニックがありますが、私は水出し紅茶をお勧めします。ティーポットに水と茶葉を入れて一晩冷蔵庫に入れておくだけ。これは美味いですよ。
本書では最後に、アールグレイとラプサン・スーチョンとの関係、そして「本物」と「偽物」のややこしい関係についての謎解きになります。読んでいるとなぜかミルクティーが飲みたくなります。冷蔵庫に低温殺菌のミルクがあったかな?
明け方は涼しく感じるようになりました。昨日空にスジ雲を発見しました。夜そっと耳をすますと虫がさかんに鳴いています。今年はこれまでそれほど咬まれなかったのですが、ここ数日急に蚊が活動を激化させてます。もう残り時間が少ないと彼らも必死なのでしょう。
【ただいま読書中】
山田雅夫著、山海堂、2002年、2400円(税別)
都市防災の本です。都市災害は自然災害ではない(都市の脆弱性が加味される)、行政に頼り切らず個人責任でできることはしておけ、と断言するところから本書は始まります。
たとえば火災。防火のための都市計画(防火帯の設置など)は行政の責任です。しかし、個人の住宅から火を出さないようにすること、燃えにくい住宅にしておくこと、初期消火(特に地震の時には消防がアテにできないことが多いから重要)などは個人の責任です。
また、テクノロジーに絶対の信頼を置かないことも重要です。地震で壊れない家が可能だとしても、かけるコストに見合ったものかどうかは疑問ですし、もしそれが活断層の真上に建築されていたら、割れた地盤の上に立っている(あるいは転んでいる)「無傷の家」に価値があるとは思えません。
トリビアです。マグニチュードが1違うと地震エネルギーは約30倍違います。2違ったら約1000倍です。だから気象庁は、マグニチュードの小数点以下の数字にも気を使っているんですね。
都市の構造も変化しています。1923年関東大震災では、死者のほとんどは火災によるものでした。しかし20世紀で都市を襲った最大の地震と言われる1976年中国の唐山(タンシェン=人口100万人)地震では、マグニチュード7.8の直下型地震によって、死者24万人重傷者16万人以上が出ましたが、そのほとんどは煉瓦造りの家に押しつぶされた人でした。1995年の阪神淡路大震災でも死者の9割は圧死者です。つまり現在の防災対策は、関東大震災を参考にしてはならないのです。
重要な数字に「24」があります。阪神淡路では生き埋めから救い出された人の救命率が、1日以内だと75%、2日だと28%、3日で16%でした。つまり、24時間以内に掘り出したいのです。ではそのために必要なのは? 重機とそれを通すための障害物のない通路でしょう。さて、あなたの町が阪神淡路のような地震に見舞われたとき、ブルドーザーが通って来れますか?
もう一つ重要な数字に「48」があります。大災害が起きた場合、すぐに救援は来ません。「困っている」という情報が流れ、それに対してリアクションが起こされたにしても、人と物がその困っている地域に到達するには準備し移動するための時間が必要なのです。それまでの間、被災地は自分たちだけで生きていかなければなりません。その目安が48時間です(県レベルを超えるような大災害の場合は72時間の場合もあります)。
*個人レベルの「教訓集」は http://homepage2.nifty.com/ja3tvi/ が参考になるでしょう。
防災には、統計と確率がついて回ります。コスト計算も重要です。それらを無視して「理想的なマニュアル」だけ作って満足する態度を、著者は厳しく排します。費用対効果を考え優先順位と選択肢を状況によって選べる柔軟なマニュアルの方が現実的だからです。ただ、著者が提案する「蓋をしない小さな防火用水の分散配置」は、江戸時代の天水桶のようでたしかに現実的ではあると思いますが(住民レベルでの消火に使えるし、残ったらトイレ用水にも使える)、蓋をしないと吸い殻を投げ込まれたりの汚染とか、あるいは蚊がすごいことになりそうです。ここはもうちょっと考慮が必要でしょう。
最後に「復興」の話題が登場しますが、「元通りに戻して良いのか?」という疑問が提起されます。問題があったからひどく壊れたわけです。その問題込みで元通り戻すのはまた同じ問題が発生することになります。さて、どのような「復興」が理想的なのでしょうか?
少子化を何とかしなくちゃ、と政府は頭を絞っているようですが、その一つが経済誘導のようです。出産手当や育児手当の拡充とか言っていますが、そんな小銭に釣られて「じゃあ子どもを産もう」と思う人がいるのかしら? もらえれば嬉しいけれど、程度で、生む生まない(生みたい生めない)の動機づけに大きな影響があるのかしら?
どうせ経済誘導するのなら、どんとでかくやりましょうよ。たとえば「今月出産された赤ちゃんの中から10名様に1000万円(無税)!」 財源は税金でも良いけれど富くじの方が面白いかな(出産に反対あるいは反感を持っている人は参加せずに済みますから)。普通の宝くじのふだん自治体やら何やらが取っている賞金分を赤ちゃんに回すの。「子どもを増やすためには経済誘導を」と大声で言っている人はもちろん率先して購入してください。
そうそう、「子どもが少ないのは困る」「男も子育てに参加を」と言っている厚労省のお役人たちの平均子ども数と育休の消化について、どこかにデータがないかなあ。自分たちがやらない(やりたくない)ことを国民に勧めているわけではないですよね。
【ただいま読書中】
コリン・ブルース著、布施由紀子訳、角川書店、2002年、2000円(税別)
探偵小説ではなくて、数学の本です。
最初の章の取り込み詐欺は非常にわかりやすいのですが、あとは少しずつ難しくなります……とはいっても、数式ぎらいのワトスンのためにホームズ(や他の人)は極力式を使わずにやさしく(優しく/易しく)説明してくれます。
たとえば、ワトスンはある難病を診断できる確率は50%で、本人はそれを恥じているのですが、偽陰性と偽陽性の概念を取り入れると、ワトスンが実は大変な名医であることがわかります。しかし、3つの墓穴に一つだけ埋まっている死体を見つけ出すのに、あるやり方で一つの墓穴が否定できたら死体を見つける確率が1/2ではなくて2/3になる、というのは、数字では納得できましたが感覚的にはどうしても納得できません。いや、場合の数ではたしかにそうなるのですが……
1万人いた連隊がほぼ全滅したたった一人の生き残りが勇者か臆病者か。それも数学的に証明することが可能です。少なくとも本書では可能であると主張します。これは感覚的に納得しました。(数学の本をこんなに感覚的に読んで良いのかなあ)
ゲーム理論も登場しますが、「囚人のジレンマ」が実はただの机上の空論であることを明快に書いているところでは大笑いをしてしまいました。いや、たしかに理論としては正しいんですよ。
ホームズがワトスンに質問します。「仮にきみがクラカトア島にいてもうすぐ噴火が起こることを知っているとする。波止場に残った最後の船に乗るには80ポンド必要だが懐には70ポンドしかない。波止場にはルーレットのできるカジノがある。さて、どうする?」実はワトスンの生命が助かる(船賃を稼ぎ出せる)確率が7/8になるやり方があるのです。それは……わからない人は本書を読んでください。
そして最終章。変わり者の牧師に、頭のおかしな法律家、さらにおかしな医者……(中世の大学にあった学部(神学部/法学部/医学部)の総ざらえです) 統計は嘘をつき善意には悪用される危険性がある。だから、ゲーム理論やメタゲーム理論を取り入れない「科学的な規則」による社会改革は大変危険です。あの二人がホームズ兄弟に会えていれば、前世紀はもっと違った形になっていたのでしょうねえ(史実とは年代が外れていますし、そもそもホームズはフィクションですけれど)。
パソコンが気息奄々となっていつ息を引き取ってもおかしくないような状態になってしまいました。調べると内蔵メモリーがすでに半分亡くなっています。これはあきません。メモリーの問題か内部配線の問題かはわかりませんが、修理に出すにしても、代替品が必要です。
新聞ビラの「本日限りの特価品」に釣られてデオデオ本店に出かけました。わかりやすい客です。開店時間前にもう売り切れていました(20台限りの整理券がなくなってました)。あきらめきれずにすぐ近くのデオデオコンピュータ館に行ったら、そこで特価品と同じものを売っていました。同じ値段で20台そっくり残っています。こちらの店内はがらがらです。(私も含めて)人は宣伝に大きな影響を受けるものなのです。
買いましたとも。7万円でとりあえず使えるノートが買えるのですから(ちなみに私のお財布には5万円あったので(昨年からやっていたパソコン貯金の成果です)残りは来月・再来月のお小遣いからの前借りです)。増設代を節約するために、メモリーも256MBをぶら下げて帰って自分で入れました。
さて、地獄のセッティングです。前の機械からいろんなものを移行させなければいけません。迷ったけれど、机に並べてCDでしこしこ移すことにしました。家庭内LANでスマートにとも思いましたが、別の部屋を一々往復するのも面倒ですから……というか、私はフロッピーでデータを移していた旧世代なのです。
この前父親が買ったマシンと同じSempron 2600+とかいう石ですが、速いですね。OperaからThunderbirdにメールを移すことができなかったので、それだけが心残りですが、とりあえず使えるようになったはずです。猫まねき(キーの入れ替えソフト)のおかげで大まかにはキー操作も前と同じにできましたが、キーボードが細かく違うのでちょっとミスタイプが増えてます。これはその内に微調整ができるでしょう。
おかげで今日は本が読めません。
……あ゛、メールのフィルター設定を忘れていた。しこしこ手動でやらなきゃ。本が読みたいなあ。読みたいなあ。読んじゃお。
私が「家を建てたい」という気になったとき、最初に行ったのは地図専門店でした。活断層地図の購入です。地震や火事に強い家を建てる気ではありましたが、それが活断層の真上では話にならないと思ったのです。アメリカでしたっけ、活断層の左右は距離を決めて建築物を許さない、になっていたはずですが、日本では平気で宅地造成が行なわれているんですね。もちろん活断層がいつ動くのか(動かないか)はわかりませんし、活断層のすべての存在がわかっているわけではないことは承知していますが(すべての地点がボーリングされていませんから)、とりあえず明確な危険(の可能性)が存在するところは避けても害はなかろう、というのが私の考え方です。
しかし、これは個人で気をつけるべき事柄なんでしょうか? 行政は知らんぷり、で良いのかなあ?
20日の『あなたの町が危ない!』で書こうと思って忘れていたネタです。使わないとこのまま本当に忘れてしまいそうなので、書いてしまいました。
【ただいま読書中】
杉浦日向子監修、深笛義也構成、NHK「コメディお江戸でござる」制作斑協力、ワニブックス、2003年、1300円(税別)
この前急逝された杉浦日向子さんの名前に惹かれて図書館から借りてきました。
紀文のお大尽遊びは、一晩で千両も使うくらい豪華なものでした。豆まきの時には座敷で小判や小粒を撒いたのですが、実はこれは接待している役人への賄賂で、きゃあきゃあ拾っている幇間や芸者の懐にそのまま入るわけではありませんでした。
粋な江戸っ子は髪型にこだわり、幕末には300種類も型が存在しました。毎年ニューモードも登場し、江戸時代半ばからは複雑になったために素人は自分で結えなくなってプロの女髪結いが登場します。
人材斡旋も盛んで、口入れ屋と呼ばれる商売がありました。武家奉公が人気で、大名行列の大半が武家ではない人のバイトだったそうです。
三行半(みくだりはん)は女性が封建制度で泣かされている象徴……ではありません。「ちゃんと離婚していて再婚は問題ありません」の証明書で、女性は何回でも再婚できたのです。逆に、女房に逃げられた甲斐性無しの男は、再婚はまず無理です。ですから女性は結婚するとまず三行半を確保しました。いつでも堂々と離婚できるように。(江戸はやたらと男が多かったので、女性の方が強かったのです)
天保年間、江戸に寄席は211軒ありましたが、天保の改革で15軒まで減らされました。しかし水野の失脚とともに寄席は復活し、幕末には700軒になっています。噺家は話をするだけではなくて余芸(影絵、曲独楽、百面相、水芸、手妻、大食い、早食いなど)で客を引き寄せました。(大英帝国のミュージックホールの小型版のようですね。エンターテインメントに徹すると、洋の東西を問わず、内容は似てくるのかもしれません)
何でも貸す損料屋も江戸では流行りました(上方ではほとんどみかけません)。褌も鰻丼一杯分の料金で借りられたそうです(洗わずに返せるので、人気だったそうな)。夜具は夜使うものですから「夜貸し(日没から日の出まで)」にします。すると、夜明け前に返しに行かなきゃいけません。まあ「お江戸日本橋七つだち」の世界ですから(七つは春分秋分の日なら午前四時頃)、日の出前に活動を始めるのは江戸庶民にとっては常識だったのかもしれませんが。
東海道四谷怪談の初演では、血を表現するのに、それまでの赤い布ではなくて血糊が使われたのも評判となりました。
……浅利慶太がマダムバタフライの演出で、自殺のシーンで赤い布を大胆に使っていましたが、これを「江戸時代から続く日本の伝統」と言ったら言い過ぎかな?
「江戸時代は、鎖国と厳格な身分制度で閉塞的な封建制度の暗黒時代」という神話もあったようですが(似たようなので、ヨーロッパ中世は暗黒時代、という神話もありましたね)、そう言った方がつごうがいい人(江戸に対しては、明治政府)はそう言うでしょうが、それはまた「真実」とはちと(あるいは相当)違っている、ということなんでしょう。
「しかく」でも「しきゃく」でも良いですけど、暗殺者があんなに堂々と世間の表に姿を現すものなんでしょうか? 「こだわり」もそうですけれど、本来ネガティブな意味合いのことばを堂々とポジティブな意味に使っていると、使う側とそれを聞く側のことばの感性が摩耗しちゃうような気がして、ちょっと気になります。
今日近くの駅の前を通ると、ものすごい人だかりでした。でかいカメラをぶら下げたいかにもプロですと自己主張している感じの人がうろうろしています。おや、TVも出張ってます。素人衆も携帯電話をスタンバイさせて「さあ、撮るぞ」という気合い十分です。聞くと最近TVでもよく顔を見る「刺客候補(予定者)」がこれからここに下り立つ予定なんだそうで……私はもちろんさっさと立ち去りました。人混みは嫌いです。いや、もちろん話の種に携帯で写真を撮っても良いですけど(駅前にお立ち台も準備されていましたから、顔写真を撮るだけならできたかもしれません)、私が写真を撮ってもそれで日本が良く変わるわけではありませんからねえ。
ただ「落下傘候補」「地域に密着」と聞くと、「国会議員は『国』の代表でしょ。地域の代表だったら、県知事や地方の首長か地方議員になりなさいよ」と返したくなる私はやっぱり小泉賛成になっちゃうんでしょうか。金融はともかく、郵便ネットワークの民営化には絶対反対なんですけどねえ。
【ただいま読書中】
高橋しん作、小学館、2001年、505円(税別)(4巻5巻とも)
うまく恋愛ができないため別れてクラスメイトに戻ったはずのちせとシュウジですが……そして厳しい戦況のためになかなか会えなくなってしまいますが……会えなければその分だけ二人の思いは深まっていきます。
「女の子の気持ちがわからない」と悩むシュウジに向かって、アケミが言います。「わかられたら困る気持ちもある」……そうですよね、相手に伝えたいのに素直に伝えられなくて(あるいは伝えたつもりなのに伝わらなくて)悩んでしまう気持ちもありますし、相手に知られたら死んじゃいたくなるくらい恥ずかしい気持ちもありますよね。このへんはアケミ君に深く同意、です。
で、そう言いながらもアケミはシュウジに向かって同時に別のメッセージを発しています。シュウジにわかられては困る自分の「本当の気持ち」を。それは読者にはわかるのですが、シュウジにはわかりません。シュウジの親友アツシは自分の思いをアケミに告白し断られます。アケミには好きな男がいたのです。それを聞いたシュウジはまたもやとんちんかんな反応をします。どうしてシュウジにはわからないのだろう、と読者はもどかしい思いをしますが、実は我が身を振り返ったらそれは自分のことなんです。「自分」って、もしかしたら自分よりもあまり近くない他人の方がよく見抜いてしまうものなのかもしれません。
世界は少しずつ壊れています。戦況は深刻ですし、気候もおかしくなっており、ちせに守られていたはずの街に不気味な地震も迫ってきます。
ジエータイのお偉方は、世界がどのようになっているのかが認識できていません。ちせを活用することもできず、存在しない希望の可能性にすがり、かつてソ連軍に対した関東軍のように武装した民間人を投入することで時間を稼ごうとします。時間を稼いでも良いことはないのに、ひたすらちせの言う「戦争ごっこ」を続けようとします。
母校がジエータイに接収された朝、やっと再会できた二人は手をつないで出かけます。……どこへ?
JR福知山線の事故で、列車の速度計が実際には115キロだったのを110キロと表示していた、と朝日新聞で一面トップで報じていました。「自動車などに比べて、鉄道の速度計の精度管理などが不十分だったことは明らか」なんだそうですが……
「5キロもずれていた」と大問題にしていますが、 誤差は4.3%です。これはそんなに大きな誤差です? 自動車教習所で習ったときの記憶なのでうろ覚えですが(なにしろ30年前)、(朝日が言うところの十分な制度管理をしてある)自動車のスピードメーターはJIS規格である程度の表示誤差が認められていたはずです。市販車の場合、1キロや2キロの違いに目くじらを立ててスピードメーターを注視していたら「よそ見運転」になっちゃいますからね、数パーセントの誤差は問題ないと私は思います。それとも現在は「誤差はゼロ」になっていて、「100キロ」と表示されたら99キロでも101キロでもない、ぴったり100キロで車は走っているのかしら。(JIS規格のページに行ってみましたが、ファイルのダウンロードにお金がいるんですね。あっさり撤退です)
【ただいま読書中】
ジェイムズ・クラムリー著、小鷹信光訳、早川書房、2004年、2300円(税別)
シリーズ第四作なんだそうですが、私のようにこの本から読み始めた者でもすんなり作品世界に入れます。
主人公は、酒場を経営しながら私立探偵もやっているミロ・ミロドラコヴィッチ、御年59歳(作品途中で60歳の誕生日を迎えます。病院のベッドの上でぼろぼろになって、ですけれど)。やたらと強い酒を飲み続けコカインも平気で吸います。辛い過去のためか実年齢よりも老けて見えるらしく、よく「おじいちゃん」と呼びかけられますが、酒も暴力沙汰も女に関しても元気一杯です。彼の目下の課題は、モンタナからテキサスに定住する決心をする原因となった愛人ベティとの仲が最近しっくりいかなくなっているのをどうするか、と、偶然入手した麻薬がらみの大金をどうやって「洗浄(ロンダリング=違法な金を、堂々と使える合法的な金にすること)」するか、です。別に生活には困っていないという、ちょっと変な私立探偵です。
酒場で出会った美人弁護士モリーと一夜を過ごしたあと、強姦されて惨殺された彼女の妹の殺害犯人をおびき出せそうなので敵討ちを手伝ってくれ、という依頼をミロは受けます。しかし、二人で出かけた公園でミロは殺し屋に襲われます。返り討ちにしますが、モリーは消え、殺し屋が実は非番の現職警官であることがわかり、ミロは窮地に立たされます。警官の兄は検事で、ミロに対して復讐を誓ったのです。
正当防衛の訴えが認められとりあえず釈放されたミロは、自分が襲われるきっかけとなったと思われる事件の調査を始めますが、こんどは深夜のゴルフ場で消音器付きライフルで狙撃されます。防弾チョッキのおかげで九死に一生を得ますが、それで尻尾を巻く酔いどれ探偵ではありません。人の言葉の端々をまるでジグソーパズルのピースのように扱い全体像を組み立てていきます。古い裁判の奇妙な記録、急に金回りが良くなった人、妙に純度の高いコカイン、突然の不自然な仕事の依頼……謎はなかなか全貌を示しません。
しかし面白い言語感覚を持っている探偵です。自分の商売のことを「他人の人生の感情の残骸の中をすり足で通りぬける仕事」と言うのですから。もし感情が可視物だったら、どんな世界が私たちには見えるのでしょう。
ベティを理解しようとしてそのための手段としてミロはベティが離れようとしないテキサスを理解しようとします。また、今回の仕事でミロはテキサスをうろつき回ります。その過程で読者はテキサスを、いや、現代アメリカ社会(の明るくない面)を克明に見ることになります。著者は、厳しい寒さのモンタナと暑苦しいテキサス(の諸都市)とを対比して描写しているように見せていますが、私から見たらどちらも「アメリカ」です。そしてミロは、またもやライフルで襲撃されたあと、なぜかモリーと共にモンタナに向かうことになります。はたしてミロにとっての最後の土地(ファイナル・カントリー)はどこなのでしょう。
いやあ、本書に登場する人物は、男も女も皆自分の思惑をちゃんと持っていてそれに従って(あるいは環境に強いられて)独自の行動をしようとするので、先が読みづらくて困ります。特に、ミロが真相に近づいて行くにつれてベティが感情的な反応を強めていくのには違和感を覚えますが、実はそのわけは……
靴を履くとき、左からですか右からですか?
静止状態から歩き出すときの第一歩は?
階段を上るとき、第一段に踏み出すのは左足?右足?
階段を下るときは?
【ただいま読書中】
笠井潔著、光文社(KAPPA SCIENCE)、1995年、903円(税別)
「自由と平等は本当に両立するのか」と以前書きましたが、もっと過激な主張の本がありました。ことばの過激さに目を奪われてしまいそうになりますが、基本に返った面白い思考実験の本です。
「19世紀」はフランス革命と共に始まりました。フランスに席巻されたヨーロッパ各国は結局フランスをモデル(あるいは反モデル)として近代化します。その結果戦争は国民戦争(貴族の決闘の国家版)となり、経済はアダム・スミスに代表されるタイプのものとなりました。
「20世紀」は第一次世界大戦と共に始まりました。それまでに例のない大量殺戮が行なわれ、主体としての近代的個人の概念は失墜します。戦場の後方化(どこも戦場)・社会全体の戦争化とともに経済も戦場化され計画経済やケインズ経済となります。そしてソ連の崩壊によって「20世紀」は終焉を迎えます。
基本的人権を保障する基盤は「国家」です。しかし近代国家は同時に個人に死を命じます。つまり近代国家は、基本的人権を保障すると同時にそれを踏みにじるのです。では「自由な個人」が生きるためには国家を否定したらどうだ、それが本書の出発点です。
人は平等なスタートラインで出発するべきです(機会の平等)。したがって、親の財力によってその人の人生が左右されてはいけません。したがって遺産相続は禁止です。
義務教育は保証されますが、民間企業によってです。高等教育は本人負担です。おそらく教育ローンでしょう。本人がその費用を負担するのです。
自由な市場社会において大切なのは、プレイヤーの存在です。参加者がいなかったらその社会は消滅するのですから。したがって出産・子育て費用は社会が負担します。
安楽死・自殺は基本的人権に含まれます。
警察・刑務所も民営化されます。裁判は私立裁判所です。すると市民はいざというとき(民事訴訟を起こす/起こされる、刑事事件の被害者になる)にそなえて、裁判所・民間警備会社と契約しておき、また自分が加害者になるときにそなえて服役保険に加入しておくことになります。なんともはや、すごい社会です。
春秋戦国時代の「国」をすべて「会社」に置き換えた世界を私は想像しました。なんだか「力(金)のある者が勝つ」社会であまり私は嬉しく暮らせないかも、と思いましたが、今だって力ある者が勝っている(というか、力がなくても有力者を親に持っている者は最初から勝っている)わけで、それだったら「平等の徹底」も一理あるか、とも感じてしまいます。
ただ、著者の舌鋒が鈍るのは社会福祉に関してです。特に老人福祉。完全な自由と平等を目指す市場社会では、惨めな老後は「自業自得」と評価されるべきですが、そう簡単に言えない場合もあります。そして誰でも(長生きする人は)老後を迎えます。そこで著者は話を転じていますが……市場社会のプレイヤーは消費者や投資家だけとは限りません。世話をしてもらうことで福祉分野の雇用を創出する存在もあって良いでしょう。倫理や人権を持ち出さなくて市場社会に沿って思考を徹底しても老人には居場所はあるはずだと私は考えます。
著者の作品はほとんど読んでいませんが、『
哲学者の密室』は鮮烈でした。一応推理小説の体裁ですが、死が満ちあふれているナチスの強制収容所での密室殺人事件(?)をめぐって、「死」がはたして存在するのか否かについての意表を突く議論が行なわれるへんてこな作品でした。(「へんてこ」は褒め言葉の意味で使っています) 密室トリックよりも「死の哲学」へのこだわりが面白い作品です。
殴る側は「愛」を強調するけれど殴られる側は鞭が痛いだけ、ってのは『
続マーフィーの法則』ですが(私の投稿です)、今回の駒大苫小牧の騒動も相当痛いですねえ。
・記者会見の写真を見ると、謝っているのは校長と副校長と監督。殴った人は、責任を校長などに押しつければ自分は隠れていられる。(自分がやったことの責任はまず自分で取る、が教育、もとい、しつけの基本じゃないのかな?)
・駒大苫小牧では、米飯を丼3杯食べないと殴られる。(「お残しは許しませんでぇ〜」のおばちゃんも生徒を殴りはしなかったと思うのですが……)
・連帯責任は、変だ。連帯責任は、大変だ。(自分が個人としてやったことの責任を誰かに押しつけるのですから。押しつけるという行為は変ですし、押しつけられた方は大変です)
・高野連への通知やマスコミへのリークをブロックできたら、学校内では何をやってもOKらしい。(そういえば学校は、野球に限りませんが、「体罰」と称すれば「暴行傷害」もOKと思っている人が多い世界でしたね)
以上のことを今回私は学びました。
【ただいま読書中】
井田博著、文春ネスコ、2003年、1500円(税別)
子ども時代、デパートの最上階は玩具売り場で、その天井近くには全長が1メートルもあるような戦艦大和のプラモデルの箱やでっかい完成品が麗々しく飾られているものでした。それは少年の憧れそのものでしたが、憧れって手が届かないものなんですよね。買ってもらえるのは数百円のプラモデルで、それも誕生日とかクリスマスとかの特別なときだけでした。(数百円で笑わないように。私がお小遣いをもらえるようになったのは小学五年生のときからですが、月に200円でした。500円のプラモデルでも、贅沢品だったのです)
プラモデル国産第一号とされているのは(異論もありますが)1958年マルサンですが、それはアメリカ商品のデッドコピーでした。1959年にはニチモが伊号潜水艦を発売しますが、私はこれ(か、そのあとの伊号400だったか)を作った記憶があります。ゴムを動力としてスクリューを回し、自動的に潜航したり浮上したりする優れものでした。冬休みに閉まっている小学校にもぐり込んでプールで遊んでいたらプール中央で動力が切れて取りに行けなくて困っていた級友もいましたっけ。
1960年頃から国産メーカーが次々参入し、低価格商品がどしどし投入されて(一つ30円というものまでありました)、プラモデル第一次ブームとなります。
ただ、組み立てたらあとは鑑賞するだけのアメリカとは違って、日本では最初期からプラモデルが「動く」ことが強く求められました。そしてそれを可能にしたのが、マブチモーターでした。
ここで話は明治に遡ります。ライト兄弟が初飛行に成功したのは1903年(明治36年)ですがそれとほぼ同時に模型飛行機(木・針金・絹布などで作られた実際に飛ばすことができるもの)がアメリカで流行りはじめ、日本には1908年(明治41年)に模型飛行機が持ち込まれます。ちなみに日本で初めて実物の飛行機が飛んだのは1910年(明治43年)代々木練兵場でのことでした。日本でも模型飛行機は流行し、1911年には各地で飛行距離や飛行時間を競う競技会が行われるようになります。京都の桜馬場の大会では入場料25銭を取っても見物人で満員になったというのですから、すごい人気です。
著者は小学生のとき模型作りに夢中になり、カタログを取り寄せて気に入ったC−5型高速度通信機を、定価4円50銭では小遣いが足りないので図面と主要部品だけ2円50銭分だけ購入して、残りの部品は自分で木から削り出したりして組み立ててみごと飛ばしています。マニアですねえ。私はここまでは模型に夢中ではありませんでした。竹ひごとニューム管でゴム動力の飛行機を作って飛ばしたり、バルサ板を適当に切って船の形にして船外モーターをつけたりはしましたが(なぜ高い船外モーターかというと、スクリューの軸を水密にする技を知らなかったからです)、取りあえず動けば満足してそれ以上には深入りしない少年時代でした。もっと入れ込んでいたら、著者のような模型店の店主や模型雑誌の社主になる人生が待っていたのかなあ。
昭和17年に召集令状、ビルマで負傷して除隊(同じ分隊の同年兵は全滅)、日本で再入隊しますがそこで敗戦。GHQによって、飛行機だけではなくて模型飛行機まで禁止されてしまいます。しかし、昭和21年には皇居前広場で模型飛行機競技会が行われ、著者はその噂を聞いて夢をもう一度、と、九州で模型屋を再開することにします。(苦労話はほとんご書いてありませんが、物資不足や市場の開拓など、ものすごい苦労があったはずです) ここからの商売の話がめっぽう面白いのですが、それは読んでのお楽しみ。子ども時代にプラモデルに夢中になった人なら、自分が作った懐かしいモデルの話が出てきて嬉しいかもしれません。
マスコミなどで気楽に「日本でも二大政党を」と言っている人がいますけれど、何を「対立点」としての二大政党なのかをきちんと述べている人がどのくらいいるのでしょう? なんでもいいから政党を二つに集約すればいいというものではないですよね。賛否を簡単に決めがたい問題について、賛否を明確に表明した人がそれぞれ集まるからその結果として二つの政党(と、その他の小政党)ができる、と私は理解しています。
たとえばイギリスだともともとは王室に対する肯定/否定が二大政党のルーツですし、アメリカだと共和党が「自由」/民主党が「平等」を代表していると単純化できます。では日本では? 自民/反自民は、対決ではあるけれど政党としての基本テーゼではありません。まさか、郵政民営化をめぐる姿勢? それはあまりに小さすぎます。もっと根本的な、国家の根幹に関わるもので対立的な姿勢で国民に信を問うべきで長期的に論議が必要な問題は、何です?
【ただいま読書中】
Ch-E・デュフルク著、芝修身/芝紘子訳、藤原書店、1997年、3300円(税別)
昨年読んで面白かった本ですが、なぜか先日また図書館の棚から呼ばれたので家に連れ帰りました。
西暦711年、ルベル人タリクがアラブ・ムスリム先兵部隊を率いてイベリア半島に上陸します。以後そこは「タリクの丘(ジブラルタル)」と呼ばれるようになりました。数年でムスリムは半島を支配下に置き、720年にはフランス南部を征服します。このイスラーム支配は1492年カトリック両王(アラゴン王国のフェルナンドとカスティーリャ王国のイサベル)によるグラナダ解放まで続きました。
「イスラーム支配」と言ってもその実体は様々です。占領・統治をされた地域もあれば、定期的(あるいは不定期)に遠征・略奪を受ける地域もありました。さらに時代によってもそれらの地域は変動しますが、11世紀までは地中海は基本的にムスリムのものでした。
イスラーム社会は宗教共同体で、占領した地域特有の法(たとえば西ゴート法)を尊重しますが、その使命は宗教を広げることです。イスラームは異教徒に寛容ではありましたが、改宗のために税金などで圧力を加え続け、反乱や攻撃は下手するとその地域共同体全体の連帯責任として罰せられることもありました。八世紀半ばには、アラブ・ベルベル・シリア・イエメンなどから大量の移住者がやって来ます。彼らおよび彼らが連れてきた奴隷(特に解放後)によって人種の混合が起きます。その中で、キリスト教文化とイスラーム文化とは少しずつ影響を与え合いながら混じり合っていきました。本書では、農業・料理・手工芸・スポーツ・性・ファッション・言語など、具体的にそれらの有り様を詳述しています。もちろん、自分の宗教を大切にする立場からは「汚染」は忌避すべきです。しかし社会で共に生きていたらどうしても影響を与え合うことは避けられません。困ったものです。
イスラームから見たらカソリックは多神教です(三位一体説や聖人がどっさりいますからとても「一」神教には見えなかったのでしょう)。しかしユダヤ教と共に「同じ神」を信仰する点で宗教的な自治共同体を作ることを許されていました。
7世紀末には「ユダヤ人がアラブと陰謀を企んでいる」とトレドの公会議でユダヤ人の海上貿易が禁じられました。それが原因だったのかそれとも結果だったのか、ユダヤ人はイスラームの侵攻に手を貸し、イスラーム支配下のヨーロッパでは通商で成功します。しかし成功したら妬まれます。1066年グラナダの大臣レビーに対する暴動はポグロム(ユダヤ人大虐殺)に発展します。やがてレコンキスタ(キリスト教徒のスペイン国土回復運動)では、ユダヤ人はイスラームとキリスト教との仲介役を務めることになります。
改宗の話も興味深いものです。キリスト教徒の主人の横暴さに愛想が尽きた奴隷がイスラームに改宗すると「キリスト教徒はムスリムを使ってはならない」規定に触れてその主人からは自由になる話とか、ムスリムに改宗したふりをしている「隠れ切支丹」の存在とか、夫婦の片方が改宗した場合には離婚できるかできないかのお話とか……
最近「アラブによるスペイン支配はなかった」という歴史観に基づく主張がスペインには出てきているそうです。キリスト教徒が(キリスト教より「劣って」いる)イスラームに支配されていたなんて受け入れ難い、ということなんでしょうか。そういった感情はわからないでもないですが、「○○はなかった」論はその根っこの感情の部分を見透かされると説得力が減弱してしまうんですよねえ。まあ論者は、他人を説得することよりもそれを自分が言っていることに意味を見出しているのかもしれませんが。
新聞に投書したら図書券を3000円分送ってきました。さっそく『最終兵器彼女』を買いに出かけましたが、いつもの本屋には第7巻はあるのに第6巻がありません。さて、どーしよう。(隣町の書店に行くなりオンライン書店に注文するなりすればよいのです)
懸賞に応募したら月刊アスキーから「パソコンハッカーふりかけ」を送ってきました。海苔と唐辛子の真っ赤っかのふりかけです。食べたら舌が痛そうです。たしか10年くらい前にももらった覚えがありますが、舌からも脳からも味の記憶はもうなくなっています。さて、と食卓に置いておきましたが、家族の誰も手を出しません。さて、どーしよう。(暑気払いと称して食べればよいのです。早く食べないと秋になっちゃいますよ)
【ただいま読書中】
Jレスキュー編集部・編著、イカロス出版、2005年、1524円(税別)
2004年10月23日(土)午後5時56分、新潟県中越地方にマグニチュード6.8の大地震が発生しました。最大震度は7。直後の2時間で、震度5弱〜6強の「余震」が計10回。地震直後から行方不明となっていた皆川さんと二人の子どもが乗った乗用車が崖崩れの現場で捜索ヘリによって発見されたのは25日。現場でナンバープレートが確認されたのは26日午後3時のことでした。新潟県警は余震と雨のためあまりに危険なため日没と同時に捜索を断念します。その夜東京消防庁にシリウス(高度人命探査装置)を使っての緊急消防援助隊の派遣要請が消防庁長官から行なわれます。通常の消防勤務(24時間勤務)に就いていたハイパーレスキュー隊はただちに準備を開始し、早朝大型ヘリで出発します。また、新潟県は内閣府に専門家の派遣を要請し、つくば市から土木研究所(かつては国土交通省所属、現在は独立行政法人)の研究員2名が27日早朝ヘリで現場を目指します。
ハイパーレスキュー隊はマイクロバスで現地に入って現場を見る10分前に震度6弱の余震の洗礼を受けます。そして巨大な岩石が積み重なる急角度の斜面。あらかじめヘリから偵察をしていた土木研究所の研究員がキッパリと言います。「現場は安全です。ポイントを教えますから警戒監視を置いてください。我々も一緒に行きますから」 その判断にすがって捜索・救助活動が始められます。岩が落ちるとしたら車の右側。だから避難ポイントは左側に設定し、避難が間に合わないときには川に飛び込むことにしてライフジャケットの着用が命じられました(気温は5度なんですけど)。それにそなえて川の下流には栃木県隊が救出用に待機していました。
午後1時すぎに先遣隊が現場への進入開始。重さ40キロのシリウスをセットしようとしたとき、人の声(または気配)を隊員は感じます。機材が届くのも待たず先遣隊は手で土砂を掘り始めました。車は岩・土砂・雪崩止めのH鋼・金網フェンスなどに覆われていましたが、人力で少しずつ隙間を広げ、車の外の隙間にいた2歳の子どもが無事救出されます。
ここが当時TVを見ていた私には不思議だったんです。土砂に覆われた車の「外」に子どもがいる?
どうやらはじめは中にいたようなのですが、上からの光や呼びかけの声に反応して、車体にできた子どもだけが通れる小さな隙間を通って車外にでたらしいのです。それが幸いでした。ちょうど岩と車体の間にぽっかり空間があったので、上で蓋をしている岩をどければそのまま子どもに到達できたのですから。車内は土砂や木の根でいっぱいで、フロントガラスを外した隙間から一人が足を押さえてもらって逆さまになって内部の障害物を取り除く作業を延々と続ける必要がありました。(子どもが救出されたあとも残り二人を救出するために、長野県隊・東京都隊・茨城県隊・千葉県隊などがローテーション組んで徹夜で作業をしましたが、一人10分が限度だったそうです)
皆がヒーローです。頑張っていた子どもやハイパーレスキュー隊員だけではなくて、各県から駆けつけた救助隊員も、普段は土砂崩れのあとなどを見ているのに今回はあれよあれよと言う間に現場が「救出」活動になってしまってとまどいながらも的確に「この岩には触るな、これは落としてもOK」とアドバイスを続ける研究者、子どもが救出された「後」になってから「もし隊員の誰かが怪我をしたら、それは自分が治療しなくちゃいけない」ことに気がついた自衛隊の医官……皆がヒーローです。
指揮官の苦悩も赤裸々に語られます。「経験」や「勇気」だけで隊員を危険に突っ込ませるわけには行きません。それで死傷者が出たら、それは災害ではなくて人為的事故ですから。隊員を生きて帰らせるためには「安全の保証」が必要で、専門家の判断がその「根拠」となりますが、結局決断は指揮官が行なうのです。
今回はラッキーなことに、各部隊の優秀な指揮官と隊員が現場でほとんど初顔合わせのような状況でも密接な連係プレイを行なうことによって目的を達成しました。税金を使うのなら、こういった優秀なプロを養成して維持することにもっと使ってもらいたいものです。一見無駄金でもかまいません。災害救助のプロが無駄飯を食っているのは、日本にとっては大災害がない良い状態なのですから。
昔、中曽根首相の時だったかな、選挙前には「包括的網羅的な大型間接税はやりません」と言っておいて、選挙が済んだら「包括的でも網羅的でも大型でもない間接税だから公約違反ではありません」と言って売上税を導入しようとしたことがありました。私はこれで「公約とは言葉尻である」と学びました。
で、その伝で考えると今回自民党が言っている「サラリーマン増税はやりません」は選挙後には「これは抜本的な税制見直しによるもので一部の者だけを対象とした『サラリーマン』増税ではありません」と言いながら「国民全部増税」を導入するんじゃないかしら。あ、国民全部と言っても、国会議員とそのパトロンは除く、という付帯条件がこっそり付けられるのかな。
【ただいま読書中】
谷川俊太郎著、集英社、2005年、1700円(税別)
部屋の中をゆっくりゆっくり歩き回りながら読みました。小声で読みながら歩きました。詩が一編終わったら立ち止まります。ぱらぱらと適当に頁をめくって、出てきた詩をまた読みます。ゆらゆらと体を動かしながら。
ゆったりとことばは散らばり、ふうわりと時間は流れます。
たまに詩集を読むのは良いものです。たまに音読するのも良いものです。
いつもは目玉だけが特急で頁の上を走り回り、文字が急流となって脳に飛び込んでいます。それはそれで気持ちよいのですが、たまには人生のリズムを変えてみましょう。
皮膚が人の肉体の境界なら、ことばは人の魂の境界でしょう。おのれのことばが届くところまで人は魂を拡張できるはず。私はそう信じます。
ただこの詩集、「死」のかげがあちこちにあります。著者は自らの死を見つめているのでしょうか。