2006年1月
玄関のドアにしめ飾りを飾ったら、早速雀がかぎつけて集まってきました。ふだんはどこにいるのかわからないのにちゅんちゅん嬉しそうにしめ縄についている稲穂をつついて脱穀作業をやってくれています。せっかく掃いた玄関先に、籾殻と雀の落とし物がぁ。
しかし一体どうやってかぎつけるのでしょう? いや、ほんと、ふだんはカラスの姿ばかりで雀は見ない地域なんです。定時パトロールでもやっているのでしょうか。それと、一羽が発見したとしてそれをどうやって他の個体が知るのでしょう。不思議です。
何はともあれ
あけましておめでとうございます
(喪中の方には)寒中お見舞い申し上げます
本年もぼちぼちと読書日記は続ける予定ですので、よろしかったら読んでください。
【ただいま読書中】
フィリップ・プルマン著、大久保寛訳、新潮社、2002年、2800円(税別)
ライラの冒険最終巻です。
ライラはコールター夫人に攫われてヒマラヤの洞窟に閉じこめられ薬で眠り続けています。ただ、コールター夫人はひとりぼっちで、どうも誰かから姿を隠している(自分だけではなくてライラも隠している)様子です。
教会の内部は対立し、天使の中にさえもオーソリティと摂政に対して反乱を企てる分派があり、戦争は複雑な様相を示します。さらに、第一巻で死んだはずのロジャーが、眠り続けるライラの夢に登場します。ライラを探すウィルは短剣で世界を探るうちに、「あらゆる世界」が存在するのなら、死者が集まる世界もあるのではないか、と気がつきます。
「真理」は様々なルートで人に伝えられます。真理計の目盛りや易経、短剣の切っ先からさえも。そのすべての源泉は「ダスト」です。易経の使い手は「誘惑者」と呼ばれ、ちょうどエデンの園で蛇が果たしたのと同じ役割を果たすことが期待(予想)されています。それは本人も知っており、迷いを感じています。クマの王も迷っています。鎧を着たクマとしてただクマの生を生きていれば良かったのに「迷い」という人間くささを知ってしまいとまどっているのです。
そして、やっと出会えたライラとウィルですが、ライラは「自分の死」と(文字通り)出会ってしまいます。
ただ奔放な想像力だけによって組み立てられたファンタジーではありません。量子通信機や表面張力(身長20センチの生物にとって露のしずくがどのようなものか)に関するさり気ない言及からも見て取れますが、著者は科学的な設定(すべての世界を統べる根本法則と、それぞれの次元の世界で法則がどのように変移するか)をきちんと考え抜いた上でそれを「(われわれの科学の言葉では)説明しない」戦略を採っているようです。
著者が示すのは科学とファンタジーだけではありません。人間に関する洞察もタダモノではありません。たとえば……
「ぼくは徹底的に考えなきゃならない。ぼくたちは、こわがりだと思われたくないからという理由で、正しいことをしないときがある。危険だからというだけで、まちがったことをしてしまう。正しい判断をするより、こわがりに思われたくないという気持ちのほうが強いんだ……」ウィルのせりふです。匹夫の勇を正しい判断(全体の利益や最終目標)に優先する……人間社会ではよくあることです。だけど子どもが本当の勇気がどんなものか正しいビジョンをこんな作品で得ていたら、その子と周囲の人生は(良い方向に)変わるかもしれません。
家族と話をしていて、受験生が初詣に受験祈願をする話題から自分のことを思い出しました。
私が受験生の時、親が合格を頼みに初詣に一緒に行こうと言ったのを私は断りました。入試は定員があるのですから、自分が入ればその替わりに誰かが落ちます。その誰かが私より実力で劣るのなら問題はありませんが(この場合そもそも神頼みは不必要です)、もしその人が実力では私より上なのに神頼みによって私がその人をけ落として入学したなら、それは裏口入学と同じくらいまずいでしょう。ということで私は自分の時には神頼みはしませんでした。親は不満そうでしたけれどね。
別に自分の成績に自信があったわけではありません。私は高校三年生の二学期途中までクラブ二つ(陸上と将棋)をやっていたし三学期はじめまで生徒会(図書部)の活動もやっていたので、受験勉強に使っている時間が少ないことの自覚はしっかりありました(学校での活動以外に読書と映画を観る時間も確保していましたから)。さらに志望校は実力のワンランク上だったから、今さら神頼みしてもしかたない、という事情もありましたけどね。ということでしっかり浪人になってしまいました。あのとき神頼みをしていたら現役で合格していた? それはわかりません。まあ、人生いろいろです。
【ただいま読書中】
山村武彦著、宝島社、2005年、1200円(税別)
防災意識を高めることは、危機感を煽ることではありません。本書は、防災心理とはどのようなものかを提示しその結果防災(または減災)を進めよう、とする目的を持って書かれました。
面白い事象が多数紹介されます。たとえば……
・多数派(集団)同調性バイアス:多数派の行動が正しいと思い込むこと。災害時に誰も避難しなければ避難しないのが正しいと思ってじっとしている。実は皆がそう思ってじっとしているから誰も動かないのです。
面白い実験があります。ある大学の学生寮で発煙筒を焚き火災報知器を鳴らしたら、一番先に避難したのが個室の人、次が二人部屋の住人、最後まで動かなかったのが食堂にたくさんいた学生だったのです。彼らは煙がもうもうと立ちこめてから初めて逃げ出したのですが、本当の火事だったら死んでます。
・正常バイアス:思いこみによって、異常事態である、と頭が切り替わらない。
たとえば小さな地震に慣れていると、大きな地震でも「またか」と軽く見てしまうことです。たとえば津波警報が出たら「様子を見よう」と海岸に行く人。
・エキスパート・エラー:専門家の言うことを盲信する。現場にいない専門家が正しい判断をするとは限らないのです。
・パニック過大評価バイアス:1981年に平塚で東海地震の警報が誤動作したことがあるのですが、パニックを怖れてだらだらと情報提供をする放送だったために、かえってほとんどの人が警報を信じなくて結局誰も何もしなかった(パニックは起きなかったけれど、警報に従って避難する人もいなかった)という笑い話のような話があります。パニックはめったに起きないのだから、起きないパニックを怖れるよりも、誰の心にも届かない警報のほうを問題にしろ、と著者は主張します。
・楽観的無防備:自分に都合の良い情報だけを受け入れて都合の悪い情報をカットする。
・集団依存状態:結束を乱すことを怖れて自ら行動しない。
この二つが組み合わさると、旅行先のホテルで火災報知器が鳴っても「まさか」と部屋で皆でお茶を飲んでいる→火が回ってからやっと逃げ出す→煙に巻かれて死亡、ということになります。
さらにマニュアルの盲点も指摘されます。マニュアルでは「考えられるすべて」を羅列するために、危険を相対化してしまいます(本当の危険が何かがわかりにくくなる)。さらに、想定外の事態に対してマニュアルは無力です。したがって「防災マニュアルがあるから安心」というのはそれこそ文字通り机上の空論でしかないわけです。
よく防災担当者が事後に「想定外だった」「百年に一回の災害だった」などと言い訳しますが、「考えられない災害」ではなくて「考えていないだけ」と著者は厳しく指摘します。では、たとえば「ある地域が激烈な台風に襲われている最中に、大地震が発生した」という状況では、さて、どのような行動が望ましいのでしょうか。「そんなこと、起きるわけないから考えるだけ無駄」とするのと「もし起きたら、自分の家ではこれができる。地域では……」と考えておくのと、どちらが災害に強い(負けにくい)生活でしょうか?
スイスでは、災害やテロに備えて各家庭に2ヵ月分の物資を備蓄することが「国民の義務」とされているそうです。日本ではそこまでする必要があるかどうかは疑問ですが、できることはやっておいても無駄ではないでしょう。ついでにそのとき自分の心理がどのように動くか、についてもシミュレーションしておくのも無駄ではないでしょう。
著者は自分が癌になってから、自分自身に対する危機管理の問題と認知バイアスを意識し、以来防災に関して歯に衣着せずに発言するようになったそうです。自然災害を避けることはできないが減災はできる、と信じて、死ぬ前にやり残したことがないようにしたいのだそうです。そのために必要なのは、ソフト・システム・ハード・ヒューマンの2S2Hですが、最後のヒューマンが一番遅れていることにもどかしい思いを持っているようです。
そうそう、「地震の時には机の下にもぐれ」はほとんど無意味、と著者は主張します。家が潰れるくらいの地震だったら家と一緒に机も潰れます。家が潰れないのだったら机の下にもぐる必要もない、というのですが……さて、この主張、あなたはどう思います?
私は基本的に自殺を否定しません。うつ病による自殺願望は「症状」ですからそれをまず治療することが必要だと思いますが、そうでない場合に「自殺はするな」と一方的に否定することはできないと思っているのです。だっていろいろ事情があるからそう思うようになったわけで、事情について触れずに結論だけ否定してもなんの解決にもならないでしょう。「とにかく自殺は嫌い(認めない)」は自分の事情で、自分の事情を自殺を考えている他人に押しつけても、なんの役にも立ちませんしね。
自殺を否定しないと言えば忘れられない思い出が。一度電話で「今から自殺する」と言われたことがあります。私の返事をまとめると「そうですか。もう会えないんですね。それは残念です」。しばらく後に会ったときに「どうしてあの時に止めてくれなかったんだ」と笑いながら責められましたけど。自殺を止めはしないけれど推奨もしない、できたらまた会いたい、という気持ちを込めたつもりだったのですが、これは相手を選ばないと誰にでもは伝わらないでしょう。「危険」なので誰にでも使える手ではありませんから、無条件でお勧めできる手ではありません。
【ただいま読書中】
ヴァンサン・アンベール著(執筆協力 フレデリック・ヴェイユ)、山本知子訳、NHK出版、2004年、1500円(税別)
19歳の志願消防士である著者は、交通事故で植物人間となります。なんとか意識は戻りますが動かすことができるのは右手の親指だけ。聴力は残っていましたが視力は明暗がわかる程度。記憶を半分くらい失い、自力では呼吸も会話も食事も寝返りもうてない状態です。でも、思考とコミュニケーションはできます。誰かが手を握りながらアルファベットを読み上げ思った文字のところで著者が親指を押す。それを繰り返すことで文字は文字列になり文字列は文章になるのです。著者の母親がその方式を確立し、本書はそうして生まれました。
著者が死の手を逃れてこの世に戻ってきたとき気づいたのは、自分の哀れな状態と消耗している母親の状態でした。はじめは回復の希望を持ちますが、1年2年と経てばいやでも気がつきます。見込みがないことに。母親は病院のそばに引っ越し日中は息子の世話をし夜になると生計費をかせぐためにパートに出ています。著者は頭が痛くなるまで考えますが「死ぬこと」以外の選択肢が思い浮かびません。自分が最後の平安を得るために。回りの皆(とくに母親)に平安を与えるために。疲れた母親に自分が生きている限り面倒をみろと言うのか。すでに2年以上ベッドの中で苦痛に身をよじり自分の鼻の先だけを見て暮らしてきたのに、それをあと数十年続けろ、と言うのか?と。著者は考えます。考えても考えても「死」以外が浮かびません。
でも、著者は自分で死ぬことができません。身体が動かないのですから。著者はまず母親の説得を始めます。母親は否認します。それはあたりまえでしょう。しかし著者のしつこさに負けてとうとう話に耳を傾けます。家族が集まり議論が行われ議論が蒸し返され、とうとう著者の主張は家族の合意となります。しかし家族が手を下せば殺人です。フランスでは安楽死は禁止されています。そこで著者はシラク大統領への手紙を書きます。大統領の特赦権によって、自分に死ぬ権利を与えて欲しい、と。その手紙はマスコミで報道され、著者と母親は「人気者」になってしまいます。その結果大量に発生した「僕とたった五秒間だけすれ違って、僕を裁こうとする」人々に対して著者は辛辣です。著者が欲しいのは、裁きや同情や哀れみではないのですから。
「僕を死なせてくれ」という著者の望みに賛成するなら著者の死に対して責任を感じなければなりません。では反対したら心は安寧でしょうか。いいえ、著者の「なぜ自分を地獄の日々に置くべきだと主張するのか」という問いに真摯に答えなければならないのです。そして賛成も反対もしないのは「勝手に苦しんでいろ。知らんぷりだよん」という態度です。
著者は単に絶望のあまり他者に耳を塞いでいるわけではありません。自分はその意見に賛成できないけれど態度は好きだという手紙(似たような境遇で絶望していたけれど、今では生きる希望を持っている人からの手紙)も紹介してくれます。「五秒で裁く」前に、そういった手紙や著者の主張について知っておいて損はないでしょう。本書を読めば、少なくとも著者の主張は読めます。
こう言った話題では必ず「障害者を殺すとはお前はナチスか」という非難が出てきます。ナチスはこんな「議論」をしませんってば。キーワードは「個人の自由」「人間の自由」「選択の自由」「人間の尊厳」です。このキーワードを常に念頭においておけば冷静な議論ができるように思います。どうせ結論は簡単には出せないのですけれど。
そうそう、「インフォームド・コンセント」がちゃんと定着したら、日本ではこの種の議論はもっと増えるでしょう。このことばは日本では「治療法選択に関する医者からの説明と患者の同意」と解されていますが、たとえ治療法が一つしかない状況でも「治療をする/しない」という選択が常に存在するのです。で、「治療をしない」という患者の選択は、どのくらい尊重されるのでしょう? それによってインフォームド・コンセントが日本に定着したかどうかがわかると思います。
もうひとつそうそう、安楽死には積極的(人工呼吸器を外す・毒物投与、など)と消極的(点滴や栄養補給をやめる)とがあります。なんとなく日本では消極的の方が容認されやすいと思いますが、これって毒で殺すかわりに餓死させるということでっせ。だらだら殺すのって一瞬で殺すよりもっと残酷じゃない?
この正月はいつものように氏神様の神社に初詣に行きました。以前から神前には「二拝二拍手一拝」の張り紙がありましたが、手水舎にも「1左手をすすぎます 2右手をすすぎます 3口をすすぎます」と小さな張り紙がしてあるのに気がつきました。いやあ、親切なことです。厳密には最後に柄杓を立てて柄をすすぐことと、手をすすぐときに柄杓の柄のどこを持つか、まで書いてあったら良いのですが、細かいことはもうあまり気にしなくて良い時代なんでしょう。
そういや靖国神社に参った閣僚たち、TVで見るといかにも不慣れな挙措でした。ふだんきちんと参っていないことがばればれです。TVカメラがないときもちゃんと神社には参りましょうね。反体制を気取る私にこんなことを言われるようでは、恥ずかしいぞ。
【ただいま読書中】
ロバート・シルヴァーバーグ編、酒井昭伸・他訳、早川書房(ハヤカワ文庫)、2000年、880円(税別)
昨年12月24日の日記 http://mixi.jp/view_diary.pl?id=67380331&owner_id=235184 で書いた本の続編です。
第2巻に含まれているのは
『へリックスの孤児』ハイペリオン(ダン・シモンズ)
『いつまでも生きる少年』ゲイトウエイ(フレデリック・ポール)
『無限への渇望』銀河の中心(グレゴリイ・ペンフォード)
『還る船』歌う船(アン・マキャフリイ)
『ナイトランド──〈冠毛〉の一神話』道(グレッグ・ベア)
の5編です。うわっ、このラインナップを見ただけでお腹いっぱい。
『へリックスの孤児』
〈共感の刻〉から5世紀、播種を目的とした量子船が救難信号をキャッチしてホーキング空間から通常空間に降ります。巨大な軌道森林リングに住むアウスターが巨大な機械に襲われようとしていました。しかし不思議なことにそのリングはアウスターのリングではなくて未知の異種族が造ったリングだったのです。聖十字架と不死をエサにして世界を支配していたパクスはすでに滅び、そのきっかけとなったアイネイアンは宇宙を支配する意図などないため人々は自らの意思によって自らの運命を決定するようになっています。ある意味不思議でときに残酷なユートピアです。
本書は、ハイペリオン〜エンディミオン四部作を全部読んでから目を通されることをお薦めします。でないと、わけがわからないかも。
『いつまでも生きる少年』
「食料工場」での事件が進行中、ゲイトウエイにトルコからスタンとタンの二人の少年が到着します。ところが彼らが初めての旅を行っている最中、ブロネット・ブロードヘッドはヒーチーの秘密を解き、少年たちは大金を稼ぐ夢を潰されてしまいます。もう命をかけた一か八かの旅立ちはなくなったのです。しかし銀河の核への探索が行われます。スタンはタンと別れて船に乗り込みますが……
5日だから語呂合わせの話題です。
昨年末にちらと書いた五十肩がしっかり育ってしまいました。それまで水平まではすっと上がっていてそれ以上に上げたり捻ると「いてて」だった右肩が、昨日一日でほとんど動かなくなりました。だらりと下げた状態から右腕を動かせるのは、前には30度くらい、右(外)側には10度くらい(手のひらが大腿から20センチくらい離せるだけ)、後ろにも10度くらい(お尻から20センチくらい離せる)。肘から先は問題ありません(だからこうやっていつも通りタイピングはできます)。ただ、腕が重い。ずしりと肩に重みがかかると自発痛が出ます。左手で右肘を支えるとずいぶん楽です。ですから今日は一日私は自分のベルトや服をつかんで腕重を肩から逃がしていました。まるでナポレオンです。もしかしてナポレオンも肩が痛かった?
昨夜寝るときも大変でした。寝返りをうつと右肩痛で目が覚めます。肩に楽な恰好でじっとしていると腰がだるくなります。無重力ベッドが欲しいよぉ。
私は幸い左手がけっこう動くので(握力は右手の9割くらい、箸で簡単なものなら扱える程度に訓練しています)まあなんとかそれほど不自由なく生きていますが、普通の右利きの人を見ると左手はほとんど無能力な人がけっこう多いので、それだったら大変でしょうね。
職場の同僚が五十肩をやったときには治るまで一年かかったそうです。できたら五日で治ってくれないかなあ。そうそう、知人の整形外科医は六十代の人には「五十肩ですね」五十代の人には「四十肩ですね」とリップサービスするそうです。……じゃあ四十代だったらどう言うんだろう?
痛みと仕事(来年度の我が部署の予算請求と基本方針提出の締め切りが今週中なのです)を理由に、今日は【ただいま読書中】はお休みです。
英語の授業でblueは青である他に憂鬱という意味があることを習ったときにはその発想を不思議に思いましたが、日本語でも「青」はなかなか不思議な言葉です。色(ブルー)であると同時にブルー以外の色も意味しますし、色以外にも平気で「青」を日本語では使います。
ちょっとまとめてみました。
1)色
a)ブルー 例:青空、絵の具の青、青海原、青写真……
b)グリーン 例:青虫、青物、青葉、青信号、青刈り、青汁……
c)光の反射具合 例:青光り (青魚も背が青いだけではなくて全体のひかり具合からこう呼ばれるのではないか、と私は考えています)
d)その他 例:青白い顔、青ざめる、(そり上げて)青々とした頭(あるいは髭剃りあと)、馬……
2)色以外
e)未熟、幼い、若い 例:青二才、青臭い、尻が青い(蒙古斑のことではないでしょう)、青年……
f)勢いが盛ん 例:青春、青山
g)その他 例:蘇軾の詩の「人生到る所青山あり」(=骨を埋める場所)、青雲の志、青眼、青竜
青写真は色以外のg)に入れても良いでしょうし、馬のアオも体色以外に馬を示す一般名詞としても用いられるからこれもg)に入れて良いかもしれません。青春は青竜の仲間、とも言えますし、なかなかややこしい。
中国から直輸入した用法と日本古来の用法とが混在して、なんとも複雑な様相です。こうしてつくづく眺めると、日本語ってヘンテコで面白くて素敵な言葉です。(う〜む、最後の一文になんとか「青」を入れたかった)
【ただいま読書中】
南原次男著、新人物往来社、1993年、2233円(税別)
継体天皇に関して、古事記では「品太王の五世の孫」、日本書紀では「誉田天皇の五世の孫、彦主人王の子なり」と非常に素っ気ない出自の紹介です。普通は「○○の御子の××の御子」といった感じできちんと書かれるのに五代すっ飛ばすとは、ずいぶんなスピード紹介です。さらに大王に選ばれてから飛鳥に入るまでに20年間の空白があります。そこで、天皇家でクーデターや乗っ取り(征服)があったのをごまかすためにこのように出自をぼかしたのではないか、という説が生まれました。越前からやってきたが、血はつながっているのだから正当な皇位継承権があるのだ、と(それが真実かどうかは別として)継体天皇(とその一派)が主張している、と捉えるわけです。
それに対して本書は、記紀ではなくて金石文などを用いれば、継体天皇は正当な皇位継承者である、と主張します。
そもそもなぜ武烈天皇が死亡したとき跡継ぎがすぐには見つからなかったかというと、激しい同族殺しが行われていたからです。継体天皇までの100年間で15人の皇子が殺されています。応神・仁徳・雄略天皇などは自分の兄弟ほぼ皆殺しです。そんなことをしていたら血脈は断絶するのが当然でしょう。
著者はそこで「戦争」があった痕跡がないこと、それと任那での戦争指揮が下手くそなことから、継体天皇が暴力的に乗っ取ったのではない、と論証しますが、私から見たらそれだけでは不十分に思えます。継体天皇が御神輿で、どう御神輿を担ぐか・その正当性をどう主張するかに群臣が時間をかけて議論をまとめたのだったら、「乗っ取り(万世一系の断絶)」と戦争がないことなどは両立しますから。
「記紀は天皇の尊厳を誇示するための創作」に対する反論として著者は雄略・武烈のスキャンダルを平気で記紀が記載していることを挙げますが……これって継体以前です。もし本当に継体天皇で断絶があるのなら、「以後の王朝」が自らの正当性を主張するために「以前の王朝」がいかに悪逆だったか(だから乗っ取ることが正当化される)を主張するのは当然のことに私には思えます。周が殷を滅ぼしたことを正当化するために色々情報操作を行ったのと同様じゃないかしら。
古代日本の統一に関してまだ定説はありませんが、著者は4世紀〜7世紀の朝鮮の統一戦争への日本の関与を記録から見ることで、日本の統一を明らかにしようとします。これはなかなか面白く読めました。
戦前の反動で、戦後は戦前の史観や記紀を一方的に否定することが全盛だったのですが、今はその揺り戻しが始まっているようです。だけど、先に結論があってそれに合う「仮説」を立てるのは仮説じゃないです。邪馬台国に関して散々変な「議論」「仮説」を拝見しましたが、古代史学はまだ古代史物語なのかしら。
私は白黒TVでみた「
鉄腕アトム」に相当影響を受けていますが、今でも忘れられないものに「アトムを出せ」というセリフがあります。敵役のロボット(名前は失念)が暴れまくって町を破壊したりするのですが、そのとき「アトムを出せ」と言うのです。で、それを聞いた「被害者」の人間たちは「アトムが悪いからこんなことが起きた」と思いアトムに詰め寄るのです。(もううろ覚えですが、自分はアトムと戦いたいけれどアトムが無駄な戦いを拒否したため戦場に引っ張り出すために「自分が暴れるのはアトムが悪いからだ」と宣伝するために暴れていた、じゃなかったかな)
子供心に腹が立ちました。だって町を破壊したのはアトムじゃありません。悪いロボットです。「お前のせいだ」と人々が責めるべきは悪いロボットの方で、アトムを責めてもそれはただの憂さ晴らし。注目するべきはコトバではなくて「誰」が「何」をしたか、の方でしょう。
もう一つ、人の卑怯さもよくわかりました。人は自分を殴らないとわかっているロボット(アトム)に対しては強気になるのですから。もし本当にアトムが悪者なのだったら、そんなアトムに対して唾を飛ばしながらくってかかることはできないでしょう? 「悪者」にあっさり破壊されちゃいますよ。
私はこれで「人生の真実」の一つを学んだのかもしれません。おそるべし、子ども漫画。「子ども向き」と「子供だまし」の違いの大きさがよくわかります。
そういえば病院から新生児を拉致した男は「院長と問題が」と口走っていたそうですね。さて、注目するべきは「院長」? それとも犯人の男とその行動?
【ただいま読書中】
ルース・バンダー・ジー著、ロベルト・インノチェンティ絵、柳田邦男訳、講談社、2004年、1500円(税別)
1995年、著者はドイツのローテンブルク市で偶然エリカという女性と知り合います。著者が研究でエレサレムに行ってきたばかりのアメリカの教師と知り、エリカは急に感情を高ぶらせます。
1944年、ドイツ南部ダッハウにある強制収容所の手前で貨車の換気用小窓から一つの包みが線路脇の草むらに投げ出されました。目撃した村人が行ってみると、包みの中身は生後2〜3ヵ月の女の赤ん坊でした。死を悟った両親が万が一の僥倖を信じて赤ちゃんを死から生へと放り出したのです。親切な村人によって赤ちゃんはエリカと名付けられ成長し幸せな結婚をし子どもたちにも恵まれます。
600万人のユダヤ人が殺されたと言われていますが、こうして信じられない生き残り方をした人もいる。ユダヤ人を殺したドイツ人もいますが、生命の危険を冒してユダヤ人を匿い育てたドイツ人もいる(秘密警察にばれたら死刑のはずです)。何と言って良いのか、言葉もありません。
何の映画だったか、貨車の床に開いた小さな穴からユダヤ人たちが脱出を考えますが穴が小さすぎて、赤ちゃんだったら通れるだろうと幸運を祈りながら一時停止をしたときに赤ちゃんを線路の間に降ろすシーンがありました。親の気持ちになるとたまらないでしょう。映画ではたまたま通りかかった青年が踏みきりで赤ん坊が泣いているのに気がついて教会に連れて行ったはずですが(もう記憶がおぼろです)、でも親はその後の赤ちゃんの運命について何も知ることができないわけで……これまた親の気持ちになるとたまらないものがあります。
水槽を見ていると、つまりはトイレの中で飯も食っているわけで、なんとなく哀れです。いくつかの水槽を水路でつないでトイレは別水槽と決めてトイレットトレーニングを……やっぱり無理?
【ただいま読書中】
ジェニファー・アームストロング著、灰島かり訳、評論社、2000年、1600円(税別)
アプスレイ・チェリー=ガラード(極地探検家・1922年)の言葉が巻頭言として掲げられています。「探検に科学的な調査・発見を求めるならスコット。スピードと効率を求めるならアムンゼン。しかし、災難に見舞われ、絶体絶命の危機におちいった時には、ひざまずいて、シャクルトンが来てくれるように祈れ」
シャクルトンは南極に魅入られ、1901年にスコット隊に参加。1908年には自分の隊を率いて南極点手前160kmのところで食糧が尽き、極点に到達して全滅するかわりに引き返しました。1911年アムンゼンが南極点に到達します(その1ヵ月後に到達したスコット隊は全滅)。そこでシャクルトンは南極大陸横断という新しい目標を立てます。1914年に隊は出発しようとしますが、そこに大戦勃発。悩んだ末シャクルトンは海軍省に隊を委ねます。海軍長官ウィンストン・チャーチルは南極探検を命じます。ところがその年は寒さが厳しく、1915年1月、隊が南極大陸に上陸する前に乗っていた船が氷に閉じこめられてしまいます。氷は少しずつ北に船を運び1915年10月には氷の圧力で船は破壊されてしまいます。乗組員27名(+密航者1名)は氷上に脱出。そこでキャンプ生活に入ります(はじめは救命ボートをひいて移動しようとしたのですが、物資1トンを積んだボートをでこぼこの氷原で引くのは無理だったのです)。1916年4月ついに氷が割れ始め、シャクルトンはボートを海面に降ろすよう命令します。しかし、浮氷群から出た外海は手こぎボートではとてもまともに航海できない荒海でした。極寒の暴風とぶつかりあう浮氷と荒波に三隻のボートは翻弄されます。それでも一週間後、エレファント島に一行は上陸します。しかしそこは無人島、もうすぐ冬が襲ってきます。助かる可能性はただ一つ。1300km離れた捕鯨基地サウスジョージア島に救助を求めることです。シャクルトンは5人の乗組員と長さ6メートル70センチのボートで南極海に乗り出します。やっと島に上陸しますが、そこは捕鯨基地とは反対側の浜、ボートはもう限界です。シャクルトンは「南極海のアルプス」と呼ばれる山脈を(直線距離で47km)横断します。エレファント島に残された22名は苦しい冬を過ごしていましたが、8月30日チリの汽船が島にやってきます。ボートで上陸したシャクルトンに向かって隊員の一人が言いました「ボス、あなたならもどってきてくれると信じていました」。
成功して褒められる人はありますが(成功しても褒められないこともよくありますが)、失敗したのを褒め称えられる人は少ないでしょう。シャクルトンはその「失敗」を偉業として讃えられています。
ボスは隊を結束させ、小さな救命ボートで南極海を航海し、地図もない険しい山脈を踏破し、困難な状況で一人も失わず生き抜いたのです。これは偉業というしかないでしょう。
ときどき「理想の上司」をアンケートで選ぶことをやってますね。どんな状況でどんなプロジェクトを進行中なのか条件を設定しないと選べないだろう、と私は思ってしまうのですが、逆境だったらシャクルトンかな。ただし、冷静な副官が付いていることが必要条件ですけれど。それがなぜかは、本書をどうぞ。
犯罪者の襲撃から守るべきは、学校だけではなくて病院も、となりそうです。さて、どうすれば万全の警備ができるでしょうか。病院を襲う人の目的は脅迫・窃盗・強盗・誘拐・傷害・強姦・殺人・放火などがいろいろ考えられますが、そのすべての対策を考えるのは私の限界を超えていますのでとりあえず泥棒の侵入を防ぐことだけに絞ってみます。ところがこれが難しい。病院に出入りする主な人間は、職員・外来患者・入院患者の見舞い・出入りの業者……こんなものでしょうか。では出入り口に警備員を配置し金属探知機を置きましょう。お見舞いですか、では身体検査と手荷物検査をさせていただきます。もちろん出入り口以外は人の出入りが不可能なように建物を改造します。さて、これで大丈夫?
私がもしテロリストで病院を襲いたかったら、これでは明らかに不十分です。たとえば行き倒れを装って病院の近くで寝っ転がって救急車を要請する、という手があります。臨場感を出すために血糊でも振りかけておきましょうか。で救急車に首尾良く乗り込んだら弱々しい声で「そこの○○病院が行きつけで……」とか言えば、そのまま救急室へ直行で〜す。
これを防ぐためには、救急室の手前で身体検査ですね。金属探知機は最低通ってもらいましょう。だけどそこでもたもたしていたら、本当の急患で寸秒を争う人の何パーセントかは手遅れになってしまうかもしれません。さて、どうすりゃ良いの?
さらに「泥棒に入りにくい家」は基本的に「火事の時に逃げにくい(救助が入りにくい)家」ですけど、これもどうすりゃ良いんだろ。
他人事じゃないです。学校・病院の次に狙われるのがどこか、で、明日にでも我が事ですから。
【ただいま読書中】
A・A・ミルン著、 武藤崇恵訳、原書房、2004年、2100円(税別)
私にとってA・A・ミルンは『クマのプーさん』『赤い館の秘密』の作者ですが、本書は著者の第二の(そして最後の)長編ミステリだそうです。欧米でも初版以来再版されていないため「幻の長編ミステリ」と帯には書かれています。
18歳のジェニーは偶然伯母の事故死体を発見します。ところが現場をいじくり回した上に自分の名前入りのハンカチを落として逃走したために、事故現場は殺人現場に「昇格」。ジェニーはあたふたと田舎に逃走します。今夜は何を着て寝たら良いんだろう、などと悩みながら。
ところが間抜け役の警部をはじめ、登場する人々が次々珍推理や迷行動をするために事件はどんどん紛糾・迷走してしまいます。現場から遁走したはずの主人公も、まるで田舎のピクニックのように出会う人ごとにのんびり座り込んでおしゃべりに興じます。
ともかく会話が絶妙です。下手な漫才やコントより面白く、誰かと誰かが会話するたびに事件は脱線してあらぬ方向に動いてしまうのです。ナンシーとデレクによる作中唯一知的な会話を読んだときには、ほっとしました。
第一次世界大戦で多くのものが破壊されたとはいえ、まだまだヴィクトリア朝の文化の香りは社会のあちこち(特に人々の心)に残っていた時代でしょう。著者はそういった社会の雰囲気を丹念にすくい上げて表現しているようです。
本書は看板とは違ってミステリではありません。ゆったりとしたユーモア小説です。現代の小説が8ビートや16ビートだとすると、こちらは4ビート。まるで寄り道のようにあちこち細部に引っかかりながら物語はゆるやかに流れていきます。そのゆったり感がかえって新鮮で、ジェットコースターだけが快感ではないことがよくわかります。といって、自己満足充足的な空疎な饒舌小説でもありません。サービス精神豊かなプロによる作品です。
9日の新聞に「国会議員の定年」の話題が載っていて、ある議員が「立法者としての能力を活かすためには」と定年に否定的な発言をしていました。たしかに使える能力を単に年齢で区切って捨てるのはもったいない、と思いましたが……ちょっと待って。「立法」をしたいのだったら別に「センセイ(議員)」でなくてもできるのではないですか? たとえば他の議員の政策スタッフとかで立案をすればいくらでもご自分の能力を「立法」に活かすことができます。それとも「スタッフ」ではなくて「センセイ」でありたい、がホンネ?
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クリストファー・ミルン著、小田島若子訳、晶文社、1983年初版(1989年4刷)、2816円(税別)
「世界中で一番有名な子ども」クリストファー・ロビンの自伝です(本人は「これは自伝ではない」と主張していますけど)。昨日、父親のA・A・ミルンの本だったので今日はその息子、というわけではないのですが……
子ども時代の話は本書の前書『クマのプーさんと魔法の森』(岩波)で書かれているそうで(恥ずかしながら私は未読です)、本書は「両親の意見ではなくて自分自身で人生を決めたとき」1939年9月3日著者が19歳の時点から始まります。
本書の冒頭には「二つの道が黄色い森の中で岐(わか)れていた/残念ながら、わたしは一人の旅びと/両方の道を行くことができぬ」で始まり「わたしは人の通っていない道を選んだのだ/それが大きな相違をもたらすことになった」で終わるロバート・フロストの詩「行かなかった道」が掲げられています。そう、本書のテーマは「道」(の選択)。序章「森の中の小道」第1部「戦争への道」第2部「仕事への道」第3部「人のあまり行かなかった道」エピローグ「新しい道」、と道づくしです。
ケンブリッジに入学、1年後に工兵として入隊、イラク〜北アフリカ〜イタリアと転戦・中尉になって負傷、戦後ケンブリッジに復学するが数学への興味を失ったため文学で学位を取得、様々な職に就くがすべて失敗、という著者の人生の軌跡が淡々と描かれます。最後に人口7000足らずの田舎町ダートマスで唯一の書店を開く、という「冒険」を著者夫妻は選択します。
「小さな町で本屋って、なんて素敵な商売」と気楽に言う人に対して、著者はちくりと皮肉を飛ばします。書籍販売とは著者にとって「書籍」販売であり書籍「販売」でもあるからです。「本を読む」と「本を買う」は人としてはまったく違った行動ですから、自分の好みと客の好き嫌いをいかにバランス良く塩梅するかに苦心があるのだそうです。
「本好きの人」と「人好きの人」がいたら、書店の店員に向いているのは「人好き」の方、と著者は言います(もちろん両方好き、がベストですけど)。(そういや某教授が「性格が悪いのと勉強ができないのとだったら、勉強ができない方を採る。勉強は教えられるが性格は直せないから」と言っていたのを思い出しました) そして著者は、店員の微笑の影に何が隠れているのかについても読者に伝えようとします。……著者も「本好き」であると同時に「人好きの人」なんだなあ。
著者はただ「知」の人ではありません。大工仕事が得意な元工兵です。書店のリフォームや書棚作りもばりばりやります。そしてその腕は、著者の一人娘、脳性麻痺のクレアが快適に過ごせるように環境を整備するためにも活かされます。伝声管・使いやすい食器・乗りやすい三輪車や車いす……著者は自分でどんどん製作します。「希望は救命具のようなものだ」著者は述べます。「それがあれば人は沈まずにすむ。だけど、泳げる人はそれに頼らず泳いだ方がよい。言い換えれば、現実を受け入れることができるのなら、いつかはよくなるという希望に頼らなくてもよい」と。現実に根ざしたことばだけに、重い響きです。
人が人生の岐路に立ったとき、決断の遅早はあるにせよ、どちらかを選ばなければなりません。しかし著者は常にその「両方」を試してみようとしているようです。それは時間と手間がかかりますが、その分本人の中では人の倍以上の満足感を生み出しているのかもしれません。
親からの「今日はデパートに行こう」。子どもの時にこれは夢の言葉でした。屋上の遊具で遊び、大食堂でお子様ランチを食べ、その一階下の玩具売り場をぶらぶら歩く(玩具を買ってもらうのは誕生日かクリスマスだけです)。それが私の一番上等な休日の過ごし方でした。つまり当時のデパートは私にとって今のテーマパークに相当するものだったのです。
だけどデパートの前で見るのは……乞食の列でした。「日本国憲法では健康で文化的な最低限の生活を保障している。したがって日本に乞食などは存在しない」が厚生省の公式見解だったはずですが、私はお役所の公式見解より自分が見た記憶を信じます。
昭和30年代の日本はそんな国でした。
年末になるとデパートの前には傷痍軍人や救世軍や社会鍋が並んでいました。松葉杖をついている人をよく見たら片足がなかったり、片目に包帯を巻いている人がいたり、「もう戦後ではない」と経済白書が宣言したのは昭和31年だそうですが、それから数年経ってもまだ戦後はしっかり生きていました。まああの傷痍軍人の全員がホンモノだったのかどうかはわかりませんけれど。
やがてデパートの前にあるのは自転車の列になりました。列というより、人が歩きにくいくらいの自転車の群れです。自転車で行ったら止めるところがないので困った覚えがありますが、その私の自転車もまた他の人(あるいは自転車)の邪魔だったんですよね。
先日ひさしぶりに子ども時代からお世話になったデパートの前を歩いたら、自転車がほとんどありません。「自転車駐車禁止」の札が目立つだけでがらんとしています。日本人は行儀が良くなったのかな。それとも豊かになって自転車ではなくて自動車でデパートに出かけるようになったのかな。それともそれとも、デパートに出かける人が減ってしまった?
【ただいま読書中】
小林しのぶ著、文藝春秋、2005年、1429円(税別)
これまでに4000食の駅弁を食べたという著者が全国の駅弁をまとめた本です。章ごとに以下のように著者は駅弁を分類します。
第一章 普通弁当(幕の内弁当)
第二章 特殊弁当(蟹めし、鯛めし、ウニ、いくら、アナゴ、ウナギ……)
第三章 限定&珍弁(陶器入り、期間限定、あつあつ、珍素材……)
第四章 空弁
それぞれの弁当で代表的なものは写真付きで内容が紹介され、さらに日本地図でどこにどんな弁当があるかも一覧できます。地図を見ているだけで駅弁を食べるための旅をしたくなります。ヴァラエティの豊かなこと、一食一食食べていたら、一生かかっても食べきれないでしょう。
味ではなくて値段に注目したら、本書出版時点で一番値段が高いのは、松阪駅「極上松阪牛ヒレ牛肉弁当」(10,500円)、次いで金沢駅「加賀野立弁当」(10,000円)、どちらも予約制です。ちなみに過去最高金額の駅弁は東武日光駅「日光埋蔵金弁当」(50,000円)、TVの番組企画で20個限定だったそうですが、5分で完売だったそうな。どんな味だったんでしょう? ただ、高いだけあって中身も大したもののようです。加賀野立弁当の写真が載っていますが、料亭の懐石料理を持ち帰り用にお重に詰めたものに見えます。豪華です。
「牛めしに使用される肉の量は、130〜180グラムが一般的。かの牛丼チェーン店Y家の並盛りが135グラムなので、若干駅弁の方が肉量が多い」なんて蘊蓄もありますが、本書はただ情報(ここにはこんな駅弁が、あ、ここにはこんな駅弁が)を列挙しただけの本ではありません。あちこちに散見する著者の個人的な体験や思い(母親のしじみ弁当が美味かった、鮭は塩がきつい方が美味い、酒が好き……)が良い味つけになっています。(実は私も塩鮭は甘塩よりは塩がきつい方が美味いと思うクチです)
私もかつては駅弁や食堂車で食べるのが好きでしたが、今では乗車前にコンビニで買って持ち込む方が多くなりました。だけど本書を読んでいたら、全国一律の大量生産ではない駅弁を食べるのもやっぱり良いものだな、と思います。次に列車に乗るときには、駅弁だ(影響されやすいやつ)。
そうそう、デパートなどでよく駅弁大会をやってます。私も時々利用しますが、あれはデパ弁と呼ばれるんだそうです。なんか語呂が悪いなあ。
私がポケットベルを使い始めたのは1980年です。レンタルで保証金がたしか二万円。液晶画面なんて洒落たものはなくて、呼ばれたらただ鳴るだけの機能しか持っていなかったはずです。今どきの携帯電話二個分よりも大きかったのですが、中身はほとんど鉛かニッケル系の蓄電池じゃなかったのかな、やたらと重いくせに一晩充電しても一日電池が保ちませんでした。
その後ポケベルの電波が届かない田舎をうろうろしているうちに、世間ではポケベルがなぜかブームとなり女子高生が公衆電話で目にも留まらぬ早さでメッセージをポケベル打ちするのが評判となったりしました。そういやあの頃には間違い呼び出しが多かったなあ。メッセージを早く正しく打つのも良いですけど電話番号も間違いなく打ちましょうね、と液晶画面に向かって何度呟いたことか。
ブームはあっという間にPHSやケイタイに流れていき、取り残されたポケベルは相変わらず私の右腰にしがみついていました。だけどもうすぐサービスが停止することに合わせて今日職場からポケベルのかわりにPHSが支給されました。いやあ、軽くて薄いですね。昔のポケベルの大きさと重さはなんだったんだ、と思います。派手派手しいネックストラップが付いていましたが、さっさと外してとりあえず胸ポケットを定位置にしました。
そのうち人体に直接接続できるようになったりして。で、ハードディスクと同じように、外付けから内蔵式に進化したりして。
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ブリア - サヴァラン著、関根秀雄・戸部松実訳、岩波書店、2005年、1200円(税別)
(*合巻にリンクしていますので14日の下巻はリンクをしていません)
著者の名前は BRILLA-SAVARIN と間にハイフンで表記されているのですが、それをそのまま日本語の「ー」にするとブリアーと長音に見えるものですから、取りあえず半角スペース+半角ハイフンにしました。どうすればわかりやすいんでしょう?
本書の原題は『味覚の生理学』副題は『超絶的美味学の瞑想』付記が『文学や科学のもろもろの学会の会員たる一教授からパリの美食家にささげられた、理論と歴史と日常の問題を含む書』です。初版は1826年。
本書はまずはフランスの医者の列挙から始まります。1760年にうつ病が「流行」してそれから神経症が流行ったがその治療がどうのこうの……ついで人間の感覚は六つあると述べられます。五感にプラスして著者が挙げるのは「生殖感覚(肉体愛)」です。それは触覚と混同されることがあるがまるっきりの別物である、と。つまり著者は生殖器も感覚器の一つと述べるのです。
話が一体どこに行くのだろう、と心配していると、やっとそこから味覚研究の話になり、味覚には舌だけではなくて口の粘膜や喉の感覚、それに嗅覚が非常に重要であることが述べられます。やれやれ、まっとうな話になって安心です。
そして食材の話。ジビエの美味しい食べ方などが述べられますが、そこでトリュフが登場。「エロチックで食いしん坊な回想を思い起こさせる食べ物」と言われて、一番最初の「生殖感覚」が伏線だったのか、と思います。ただしあまり深く追及はせずに、話題は砂糖・コーヒー・チョコレートに移ります。
そこで「渇き」についての考察から飲料のついて述べて、突然話は「世の終わりについて」。話の急展開について行けません。しかも問題提起だけして「あとは読者諸君がご自分で考えるように」と放り出されてしまうのですから。で、びっくりしているうちに「グルマンディーズ」(美食家)の定義が始まります。グルマンディーズが国家にいかに貢献しているか、で持ち出されるのが「1815年11月の条約」(ナポレオン戦争後の第二次パリ条約のことですね)。フランスは連合国に対して七億五千万フランの賠償金を課せられましたが、国際収支が好調だったために支払いは順調だった、と著者は主張します。で、その原因が美食。フランスで美食を覚えた人たちがフランスから買うあるいは食べにやって来るようになった、つまり美食が国を救ったのだ、というのが著者の主張です。
……本当なんだろうか?
19世紀のはじめ、「科学」ということばは非常に大きな意味(おそらく現代とは全く異なるニュアンス)を西欧では持っていたはずです。でもまだ「神は死んだ」はその世紀末まで待たなければなりません。そういった時代にキリスト教では大罪の一つの「美食」を、フランス革命からの亡命者がまたフランスに戻って活躍するという波乱の人生の最期に描くことは、本人と社会には一体どんな意味を持っていたのでしょうか。
第一回共通一次試験は1979年の今日だったそうです。私はすでに大学生だったのでほとんど興味がありませんでしたが、共通一次はそのうちセンター試験と名前を変えて、A日程・B日程とか前期・後期とか、一体何が狙いなのか部外者にはわけがわからない制度になっていきました。
そういや共通一次が始まったときには「入試改革」と麗々しくスローガンが叫ばれていましたが、結局「なぜ改革をしなければならないか」「改革の理念は」「改革の結果どのような良い社会になることを目指すのか」「実際に改革の結果社会がどう変わったかをどのように評価するか」などについて納得のいく説明はなく、語られるのは「制度をいかに変えるか」ばかりでしたっけ。
どんなに制度を変えても、大学の定員以上には入学できません。つまりどう制度を変えようと志願者が定員の上回る限り落ちる人間は出るわけで、制度をつつくことでそれらの人がどのくらい幸福に思っているのか、一度聞いてみたいような気がします。
【ただいま読書中】
L・M・ボストン著、亀井俊介訳、評論社、1977年初版(1989年5刷)、1300円(税別)
九歳になったトーリーは復活祭の休みにグリーン・ノウを訪れます。しかし、再会を楽しみにしていた三人は屋敷に不在でした。そのかわりにトーリーが出会ったのは150年前のスーザン。英国海軍のオールドノウ船長とその奥さんマリアとの間にできた盲目の少女です。少女の家族は、思いやりはあるが不在がちの父・娘に無関心な母・傲慢で残酷な兄・過保護のあまりスーザンの成長を邪魔する乳母……とても恵まれた家庭環境とは言えません。
一方トーリーは、過去に失われたマリアの宝石を探して、屋敷中の捜索を始めます。
大お祖母さんのパッチワークの布きれ一枚一枚をトーリーが指さすごとにその布にまつわるお話が物語られますが、それがグリーン・ノウで現在生きているトーリーの活動と微妙に絡まり、ストーリーは複雑になります。そしてとうとうトーリーはトンネルを抜けてスーザンの世界に登場することに……どちらも相手を幽霊だと思う状況はもう笑っちゃうしかありません。(『トムは真夜中の庭で』を思い出して、にやりとしてしまいました)
子どもを取り巻くのはときに残酷な状況です。子どもは自分が育つ環境を選べません。でもその中でも子どもたちは自らの運命を選び取っていきます。船長は周辺では一番良識的に見える牧師の息子ジョナサンにスーザンの家庭教師を頼み、偶然買うことになった奴隷の少年ジェイコブをスーザン付きにします。「無能力者」だったスーザンが、ジョナサンとジェイコブのおかげで「人間」に変貌していく過程は、感動的です。これを子どもにだけ読ませておくのはもったいない。人生への期待や人への信頼感は、こういったお話を読むことでも醸成されていくのではないかと私は感じます。
……しかし大お祖母さん、どうしてこんなに昔の話を良く知っているのでしょう?
昨年末のカメムシ予想が当たって大雪の冬になりました。
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=60761558&owner_id=235184
科学的な予想(気象庁の「今冬は暖冬です」)よりもカメムシの動きの方がアテになるとは、古いものも馬鹿にして捨ててはいけませんね。
しかし雪は意外に重いようです。
http://www.sing.co.jp/winter/win02b.htm
このサイトによるとしまり具合によって、1立方メートルで50〜500キログラム……水だと1立方メートルで約1トンですから20分の1から2分の1ですか。今日は雨だけどこれで雪が雨を含んで落ちなかったらますます屋根にかかる重みが増すことになります。水を含むと雪かきはますます大変になるし、自然災害として政府がもっと積極的に動いても誰も文句は言わないように思うんですが……
1982年だったか83年も大雪でしたが、その時昼のTVニュースでは薄雪の東京の絵ばかり出てあきれた覚えがあります。「東京に5センチの積雪! 交通網大混乱!!」「都内で転倒者続出。救急車の出動が一日で○十件!」とかTVでも新聞でも大々的に報道していましたっけ。当時私がいた地域では数十センチの積雪で、一山越えた奥ではメートルを超えていましたが、職場に雪が原因で遅刻してくる人は皆無でした。昼食時みなでニュース見ながら「雪道をハイヒールで歩いたら転ぶのが当たり前だろ。そんな非常識がトップニュースで、新潟なんかで雪下ろしで転落して死傷している人たちのことは東京では無視か?」とぶつぶつ言っていました。
さすがに今回は暢気なマスコミもそんな報道はしていないから、以前よりは少しは良識が働くようになったのかな、とプラスに評価してあげましょう。ただ、雪下ろしでの死傷者はこれまでもずーーーっと出続けているんですけどね(現在完了進行形)、まるで一過性のものであるかのように報道してはいけません(つまりちっともNewではないのです)。
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『美味礼賛(下)』 ワイド版岩波文庫259
ブリア - サヴァラン著、関根秀雄・戸部松実訳、岩波書店、2005年、1200円(税別)
(*上下巻ものがAmazonで見つからないので合巻ものに12日の上巻をリンクしてあります)
下巻は睡眠や肥満の科学的分析(あるいは哲学的考察)で始まります。「ダイエットがなぜうまくいかないか」の理由の列挙のページは、きっと著者はニヤニヤしながら書いたんだろうな、と思わせる軽快さです。基本的に著者はどのページも軽快に書いているのではありますが。
ついで料理の歴史。人類が火を使うようになったところから古代ギリシアやローマの食卓マナーに触れ、話はさっさとフランスに飛びます。著者によれば1770年頃に最初のレストーラトゥール(料理店)がパリにでき一挙にブームになったのだそうです。庶民でも金さえ払えば美味しい料理を注文できるようになったのです。あれれ、私はフランス革命で雇い主が首チョンパされたために仕事を失った貴族の料理人たちがしかたなく庶民向けに店を開いたのがフランスのレストランと思っていたのですが、その前からもうフランスの一般向け美食文化は始まっていたんですね。で、上巻で出てきた各国の軍人がフランスの美食の虜になったのがこういった料理店だった、というわけです。
そういえば本書ではフランス革命はほとんど登場しません。フランスでの著者の愉快な体験や知人たちの抱腹絶倒(あるいは悲劇的な)逸話が多く、著者のアメリカ亡命時代の話が少し散りばめられて革命の存在を暗示するだけです。ただ下巻の最後のあたりに、「大革命の一番険悪な時代(1793年)」に旅行免状をもらうために出かけたときのエピソードが一つだけ登場します。これもまた結局美食(と音楽)のお話になるのですが……おそらく著者にとってはつらすぎる思い出だから、あまり詳しく触れたくはないのだろう、と私は想像しています。
アメリカ亡命を経験したためでしょう、著者はフランス料理に他の世界(新大陸やインド)からもたらされたもの(砂糖・茶・チョコレート・コーヒーなどなど)が豊かな彩りを添えたことを見逃しません。「それらによってワインの地位が低下した」というのは言い過ぎだとは思いますけど。
そうそう、著者が即興で思いついたという蒸し器を、本当に無邪気に自慢しているのはほほえましいものです。それまでフランスには蒸し器が無かったのかな? まさかね。
のあとに昭和の軍事帝国大日本帝国になったわけです。
となると、昭和民主主義の後は平成の全体主義?
【ただいま読書中】
『
熱砂の進軍(上)』 原題 Into the Storm ;A Study in Command
トム・クランシー/フレッド・フランクスJr. 著、白幡憲之訳、原書房、1998年、1800円(税別)
湾岸戦争での、外交・政治・戦略に関しては『
司令官たち』が大変面白かった覚えがありますが、本書は戦術面に注目した本です。クランシーがアメリカをけっこう批判的に見ているのには興味をひかれました。
一見医学部の教授のような風貌の、小柄で静かなジェントルマン。それが1991年湾岸戦争でイラク軍主力に対したアメリカ第7軍団を指揮したフレッド・フランクス将軍です。戦争の目的は「クエートの解放」と単純でした。職業軍人たちはこれを「行って勝って家に帰るだけ」のプロの戦いと捉えていました。アメリカ人の聖戦好き(自分たちは正義を遂行しているだけで決して好戦的な国民ではない)とはまったく異なる態度である、と著者は言います。しかしフランクスにとって湾岸戦争は「聖戦」でした。彼にはベトナム戦争で傷つけられた自分自身と陸軍とが、ベトナムと同じ過ちを繰り返さないことを証明するための戦いでもあったのです。
1970年5月、第11機甲騎兵連隊の作戦参謀だったフランクス少佐は、北ベトナム兵の手榴弾によって左足を失います。しかし義足をつけて軍務に復帰(ここで紹介されるジョーク、たとえば、足を切断した男が海から浜に上がるなり「サメだあ!」と叫ぶ……ブラックだけど笑っちゃいます)。1990年にはドイツでアメリカ第7軍団の司令官でした。冷戦が終了し第7軍団を縮小整理しようとしていた矢先、湾岸危機が勃発します。第7軍団は第18空挺軍団・海兵隊・アラブ連合軍・イギリス機甲師団と共に地上戦に投入されます。
クランシーは、優れた将校は読書家でもある、と述べます。戦場は混乱の坩堝です。予定通りことは進みません。そのとき、自分の選択肢は数多く保持したまま敵の選択肢を
狭めることができれば、敵は自動的に窮地に追い込まれます。そこで必要なのはアイデアと実践力。そのアイデアは、厳しい教育と訓練と実戦と事後の評価と個人的な研究から生まれます。相手が思いもつかない優秀なアイデアを自主的に生み出すために、たとえば戦史研究が有効なのです。「鉄の規律」を売り物にしている軍隊では、予定外の状況に対応できません。したがって、命令の大枠を理解した上でその中で自主性を発揮することが現在の米陸軍では推奨されているのです。つまり、命令に従うしか能がない人はいくら人を殺すことが優秀でも良い指揮官にはなれない、てこと。
さらに機動部隊についても。大部隊が正面きって対決する消耗戦は部隊の損害が大きくなります。しかし敵が思いもつかないところからきつい攻撃を加えたら敵は混乱し味方は損害を少なくして勝利が掴めます。その時大切なのは移動速度。19世紀までは騎兵隊がその役目を担いました。しかし銃砲の進歩で騎馬が価値を失った第一次世界大戦では結局消耗戦となり人命が非常に多く失われました。第二次世界大戦のドイツ軍の機動作戦、日本軍の不完全な機動作戦(真珠湾攻撃)により機動攻撃は復活し、米軍も積極的に採用使用しています(ベトナムでは、機動作戦は政府によって拒否され、戦力は逐次投入され、と勝てないように戦争をしていたようです)。
湾岸戦争でも機動部隊を用いた縦深作戦が採られました。前線を突破して敵の奥深くに攻め込む作戦ですが、敵が波状攻撃が得意だったり予備部隊投入の準備ができている場合に、奥を叩くことで前線部隊を孤立させる効果がありますし、うまく後方の作戦指揮所を破壊できれば「鉄の規律」の軍隊(たとえばソ連やイラク)は機能不全に陥ります。
しかしフランクスが見たのは、砂漠に延々と設置された、壕・地雷・鉄条網などの障害物帯でした。突破口が作れたとしても、その狭い隘路を部隊が通過するには時間がかかりとても戦力を集中した機動はできそうもありません。さらに、自分の指揮下に入った英軍部隊との連携、隣の戦区を担当するアラブ連合軍との連携(クエート市の解放はアラブの手で、と定められていました)、総司令官シュワルツコフとの微妙なすれ違い、環境(何もない砂漠でゼロから第七軍団14万6千人を住まわせ訓練し戦闘をできるように環境整備をしなければならない)、などがフランクスの頭を悩ませます。攻撃開始時刻は迫っています。時刻までにすべての準備が整っていなければならないのです。ところがフランクスが一つ命令を下したとしても、軍団ー師団ー旅団ー大隊ー中隊ー小隊と末端の兵士に命令が届くまでにふつうは72時間かかります。こちらは時間がかかりすぎます。ところが攻撃開始予定日は外交交渉の影響かしきりに変更が伝えられます。さて、フランクスは何をどうすればいいのでしょうか。
というところで下巻に続く。
ケーブルTVでJ−POPのランキング番組をやってたので久しぶりに何曲か続けて聞きましたが……この世界で私は生きられないことが再確認できました。
まず歌詞。意味わかって使ってる?と言いたくなるかたい漢語が突然まぎれこんでいたり、せっかくの素敵な言い回しを何回も何回も何回も繰り返して陳腐化させたり、もうちょっと言葉を歌詞として大切にして欲しいと痛切に思います。
次に歌唱。下手な人が多いなあ。発声練習はもっとして欲しいし、その前に基本的なブレス(呼吸)トレーニングが必要な人が多いようです。歌手は体が楽器なのですから、音が出ない/響かない楽器よりは音が出る/響く楽器を使った方が良い音楽になるのが当然です。楽器の手入れに当たる身体のトレーニングを怠るのはプロとしてどうなのかなあ。もしも「自分はプロの歌手ではない(マルチタレントである)からそこまでする必要がない」とでも主張するのだったら、そんな歌でお金を取らないでね。
……まあ、これは歌い手本人だけの責任ではないでしょうね。「あの程度の歌」で商品として売れるとふんで売り出した人たちとそれを喜んで買う人たちでマーケットができているのかなあ。
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シルヴィア・アンダーソン著、奥田祐士訳、白夜書房、1992年、2816円(税別)
シルヴィア・アンダーソンって誰? 「サンダーバード」の総指揮者ジェリー・アンダーソンの夫人で人形の服のデザイン・性格設定・脚本を手がけ、ペネロープの声優もやった人です。さらに、(本人も知らなかったことらしいのですが)ペネロープの顔はシルビア・アンダーソンその人をモデルとして製作されたのだそうです。
映画の世界に惹かれていた著者は、大学卒業後小さな映画会社に就職します。そこで出会った若手の監督=将来の夫と新しい会社を作りますが、まったく仕事がありません。困ったあげくきわめて廉価で引き受けた人形劇の短編映画、これで彼らの運命が定まります。倒産の危機に怯えながら人形劇を作り続けるうちに彼らは一つのチームを作り上げスーパーマリオネーションのテクニックを磨き上げていったのです。そして準備万端整った彼らが作り出したのが、子どもだけではなくて大人も対象とした1時間番組「サンダーバード」。
1963年〜68年サンダーバードは32話のエピソードと映画が2本制作されました。著者はその時代を「わたしの人生で、もっとも幸福な時代だった」と振り返ります。ビートルズやローリング・ストーンズに代表される文化の自由化・どんどん進む宇宙開発競争などを背景に登場した「サンダーバード」は、大成功します。
私が初めて見たときにはたしかに衝撃でした。当時我が家のTVはまだ白黒でしたが、頭の中ではしっかりカラーになっています。オープニングのかっこよさ、テーマ音楽の軽快さ、ストーリーの面白さ、登場人物(人形)の性格づけ……子ども番組と言うにはもったいない上質さでしたねえ。「たかが人形劇」と一段低く見る人たちが著者の回りに多くいたそうですが、そんな人は勝手に言ってればいいんです。
「サンダーバード」は私にとっては私の想像力を満足させて時間を潰してくれるだけの番組ではありませんでした。想像力を刺激する番組だったのです。
私のお気に入りはサンダーバード2号でした。プラモデルもしっかり作っています。あの動きの緩やかさが、プラモデルを手に持って動かして遊ぶのには最適でした。きーん。
ペネロープは上流階級の出身なのに、アクションもこなす独立独歩の女性キャラクターでした。フィクションは現実と二重写しのようになります。著者は、男性の指示通り動く秘書から女性重役に「出世」し、ペネロープの人気沸騰と平行して世間の注目を浴びるようになったのです。その結果は、離婚でした。
本書は「サンダーバード」で人生が変わった多くの人々の物語です。私は……人生は変わりませんでしたが豊かにはなりました。40年近く経った今でさえ思い出を反芻するという形でその豊かさを享受しています。ありがたいことです。著者は「家族で楽しむことができる上質のエンターテインメント」と言いますが、娯楽でも芸術でも、人の人生に影響を与える点では対等です。問題はジャンルではなくて個々の作品の持つ力です。
さあ、サンダーバードの発進です。「5……4……3……2……1」
我が家の子どもたちが大好きな「東京の伯父ちゃん」がこんど栄転で近くに引っ越してくることになりました。妙な時期の人事異動に見えますが、組織には組織の理由があるのでしょう。子どもたちは大喜びですが問題は引っ越しの時期。私の予想では、金曜ぎりぎりまで仕事をして土曜に荷物を発送、日曜に到着して荷ほどき、月曜から仕事、かな。ところがその土日がセンター試験の日にかぶります。こちらは長男を「いってらっしゃい」と試験に送り出しておいてから引っ越しの手伝いに駆けつける、ということになるでしょうが……たしかこの日には、市内で行事による交通規制もあったはず。何時にどう動くか、を考えておく必要もありそうです。
私が公務員をやっていたときには、異動の内示が1週間か2週間まえのぎりぎりだったから、引っ越し業者を頼むのが大変でしたっけ。いや、行く場所は大体見当がつくのですが、前の人が空けてくれないと官舎に入れない。ところがその人も自分の行く先が空かないと動けない、と辿っていくといつのまにか自分の所に戻ってきてループが完成した、なんてことも一度ありました。こうなると「せーの」で同じ日に動かないと収拾がつきません。ところが公務員の異動は年度末ですから引っ越しシーズンなので業者も強気です。自分の引っ越しの手配だけではなくて他の人の手配もうまくいっているかどうか連絡を取り合って、すべて予約がうまくいったのを確認できたときには、もう引っ越しがすんだような気になりましたっけ。
おかげで民間に就職してからは引っ越しはとにかくシーズンを外すことをまず考える、という妙な癖がついてしまいました。
【ただいま読書中】
コナン・ドイル著、龍口直太郎訳、東京創元社(創元SF文庫)、1970年初版(92年27刷)、485円(税別)
コナン・ドイルといえばやはりシャーロック・ホームズでしょう。でも、チャレンジャー教授も忘れてはいけません。本当は『
毒ガス帯』を読みたい気分だったのですが、図書館にはなかったのでこちらを借りてきました。
「デイリー・ギャゼット」紙の記者マローンは、個人的な事情から「冒険」を求めて偏屈な科学者チャレンジャー教授に接触します。そこでマローンが見せられたのは……とあらためてストーリーを紹介する必要はありませんね。新しいところでは『ジュラシック・パーク』にまで影響を残している古典です。何年前でしたっけ、TVで「ギアナ高地」の特集があったときに、恐竜はいないのか、と思わず期待してしまいましたっけ。
再読してあらためて気がついたのは、著者が「当時の最新科学の知見」を作中にうまく活かしていることです。当時の読者と同じ興奮は味わえませんが、19世紀末ころの化学・生物学・進化論などの動きについて知識があると、深く楽しめます。さらに、ダーウィニズムが定着してそれでも進化に関してまだ熱い議論が交わされているイギリス社会の雰囲気や、イギリス啓蒙主義の(たとえば科学者と一般人が講演会に同席して議論をする)光景も生き生きと表現されています。著者は時代を描写する名人です。
また、恐竜がそれほど大活躍していないのは、意外でした。私の記憶ではあの高地は恐竜だらけだったようになっているのですが、『ジュラシック・パーク』の記憶に汚染されているのでしょうか。メインとなる活劇は、猿人との戦いです。(翼竜との戦いもありますけど)
二種類の人(インディアンと猿人)が登場する、というシチュエーションは、もしかしてウェルズの『
タイムマシン』の影響があるかも、というと、穿ちすぎ? 本作では人に近い側のインディアンが勝利を得るのですが、それでめでたしめでたしではなくてその「大勝利」に皮肉な視線を作者が向けているように読めるのも、穿ちすぎ?
なんだか急にシャーロック・ホームズも読みたくなってきましたが、10年ちょっと前にホームズ全作品とかいうシリーズを読破しているからこちらはもうしばらく封印です。
政財官の癒着があるところ(*)では、「公共の役に立つかどうか」ではなくて、票が集まる/政治献金/権益/天下り先の確保、などの要因によって「その事業」が行われ続けるように見えます。批判されてもされても無駄な公共事業はなくならないでしょ。たとえば批判と同時に政治献金をしたら行われる方向が変化するんじゃないかなあ。
*)別に日本のどこかとは限定しませんよ。地球上のどこか「政財官の癒着があるところ」でのお話です。「自分に対する批判か!」とむっとする人は、きっとなにか身に覚えがあるんでしょうね。
【ただいま読書中】
下井信浩著、森北出版、2002年、1500円(税別)
地雷のご先祖様は古くから使われていました。攻城戦で地下道を掘って敵陣真下で爆薬を爆発させる、というのがそれです。現在の地雷のようなものはアメリカ南北戦争で登場しています。第一次世界大戦で対戦車地雷が登場し、次いでその除去を妨害するためと歩兵の行動を妨害するために対人地雷が開発されました。
現在世界で50ヶ国に地雷が敷設されたまま放置されており、その数は6000〜7000万個と言われています(文献によっては1億以上、というのもあるそうです)。
どうしてこんなに広く地雷が使われるかというと、兵器として優秀だからです。安くて効果が長持ちし自分の危険は少ない。敵を殺さずに怪我をさせれば負傷者を後送するために元気な兵士が前線から減ります。身体障害者を増やせばその福祉のために敵社会の負担が増えます。1個1ドルの地雷もあるそうですが、たとえばカンボジアではその1ドル地雷を1個除去するのに700ドル以上かかっています。
ここで本書のサブタイトルに注目。「人道的」とありますが、これはどういう意味でしょうか。「地雷を除去するのは人道的な立派な行為」 ぶぶ〜、はずれです。地雷除去には軍事的除去と人道的除去があるのです。ところが日本では軍事的除去は武器輸出三原則に抵触するのでできません。しかし日本は1997年の「対人地雷の使用、貯蔵、生産および移譲の禁止ならびに廃棄に関する条約」を翌年批准しています(世界で45番目でした)。したがって日本は「軍事的」ではなくて「人道的除去」をきちんとする必要があるわけです。
軍事的と人道的の違いは……軍事的は戦争状態でとにかく手っ取り早く自軍が動けるようにしたいのですから、軍隊の通路の幅だけ確保すればよく、少々の犠牲は容認されます。除去目標は90%。それに対して人道的除去は、対象が一般市民の生活圏でもちろん平和な状態であることが前提です。従事者の安全が最優先され、除去率の目標は99.7%(できれば100%)。
探知方法は色々なものが併用されます。まず金属探知機。しかしこれは地中の金属片も全部拾います。そこでプロッダーと呼ばれる先の尖った金属棒を地中に差し込んで手の感触で地中に埋まっているものの形を把握します。あとは地中レーダーや赤外線カメラ、地雷探知犬、空中の火薬分子を検出するセンサーなどが用いられます。
地雷が発見されたら除去です。手っ取り早いのはチェーンか何かでぶん殴って爆発させること。ところがこれで不発だったら困ったことになります。鋤のついたブルドーザーのような特殊な車で地面を掘り起こしたりローラーで圧をかけたりいろんな手段はありますが、こういった機械的な手段では除去はせいぜい90%です。軍事的除去ならこれで良いのですが人道的除去には不満が残ります。結局現在では手作業が一番確実ということになります。しかしこれだと、一人一日かけて数平方メートルできるだけですし、人命を危険にさらし続けます。地雷敷設地帯に灌木が茂っていたらさらに除去は困難になります。
最近注目されているのはロボットです。多脚ロボットに複数のセンサーを仕込んで地雷を発見しようとするものは現在使われつつありますし、将来は地雷除去もロボットでできないかと研究中です。
日本でそういった研究に取り組んでいるのは、日本学術会議・自動制御学専門委員会、日本機械学会と日本ロボット学会で、政府とNGOが実践に取り組んでいます。著者ももとは防衛庁にいたのが「人道的除去」をするために文部科学省に移ったそうです。
〈世界地雷豆知識〉
現在世界で最も多くの地雷が敷設されているのはスーダン。年間最も多く地雷を除去しているのはエジプト(中東戦争やリビアとの紛争で国境にどっちゃり敷設してしまった)。二位は中国(こちらもロシアやインドとの国境紛争でどっちゃり)。国として敷設したからどこにしたかの記録があるから除去も比較的行いやすいんだそうです。問題は内戦地域。誰がどこに敷設したかの記録なんかないから、もうめちゃくちゃだそうな。
そうそう、「地雷の被害」はアピールし易いために、国際援助を受けるために地雷被害をクローズアップする国もあるそうな。そんな国はまず内政安定が必要、と著者は冷静に
指摘します。こちらもあまりマスコミなんぞに踊らされないように注意が必要かも。
◎「ライブドア本体が粉飾決算をやっていた。検察もその情報を入手している模様」という報道がありました。この文章は一体どう解釈すればいいのでしょうか。
1)以前から報道機関にも検察にも広く知られた事実だったけれど何らかの理由で報道していなかった。
2)その報道機関が独自に調査したら粉飾決算の情報が入手できて、同時にそこに検察の足あとも発見して、検察も知っているはず、と推定できた。
3)検察が情報をリークした。その結果報道機関も検察も知っているから「検察『も』」という表現になる。
……1)だとすると、「何らかの理由」が気になります。明らかな違法行為を告発も報道もせずに看過する理由って、なんでしょう? 2)だったら賞賛に値します。これからもばしばし独自の調査をしていただきたいな。3)は……公務員の守秘義務違反じゃなかろうか。
◎東証のシステムダウン
「一日450万件の売買があったらシステムがパンクするから、その前に停止した」って……ずいぶんお安いシステムを使っていたんですねえ。東証は「これからは個人投資家の時代です」って宣伝していませんでした? 個人投資家が増えれば売買件数も急上昇するのは当然「想定の範囲内」のはずですけど…… この前「誤発注は明らかだけどキャンセルボタンは無効です」事件もあったし……東証のシステムがどんな設計思想と仕様書だったのか、できたら「独自の調査能力」を持つ報道機関にでも調査と公表をしてもらいたいものです。
【ただいま読書中】
『
熱砂の進軍(下)』 原題 Into the Storm ;A Study in Command
トム・クランシー/フレッド・フランクスJr. 著、白幡憲之訳、原書房、1999年、1800円(税別)
1991年2月24日、イラク軍に対する多国籍軍の攻撃が開始されました。予定ではまずクエート海岸に対して海兵隊が上陸陽動作戦を開始(実際には上陸せずに、防衛部隊を釘付けにする)。同時に戦線の東半分(クエートとサウジアラビアの国境)で攻撃開始。イラク軍の注意を東側に十分引きつけたところで24時間後にフランクス指揮下の第7軍団が西側(イラクとサウジアラビアの国境)で戦闘開始、防衛陣地を突破して機動作戦で奥にいるイラク親衛隊師団をたたく、はずでした。ところが東側の攻撃が順調すぎてクエート国内の多国籍軍の左側面ががら空きになってしまいそうです。そこで急遽第7軍団に予定を15時間早めて24日15時から攻撃開始の命令が出ます。フランクスはそれも予想して準備をしていたため12時にはほぼ準備が整いますが、同時に動くはずのエジプト軍の都合から結局3時間を無駄にします。さらに天候が悪化し雨と砂嵐が戦域を襲います。
イラク軍の防衛陣地(地雷原・壕・砂堤など)を開いて一列縦隊で侵入・部隊を再編成してイラクの防衛軍と戦闘しながら進軍、しようとしたところで日没。フランクスは部隊を停止させます。暗闇でばらばらに突撃しても効果より損害の方が大きいことが予想できるからです。さらに急な予定変更によって、師団や連隊を(戦闘を継続しながら)位置を変更して翌日からの進軍に都合がよいように再配置する必要もあります。ところがそれが総司令官シュワルツコフの不興を買います。シュワルツコフはその日の内に第7軍団が100キロ以上敵陣を突破して親衛隊を撃破することを期待していたのです。「何をぐずぐずしている。さっさと片づけないか」です。(たとえばイギリスの一個師団(車両7500台)が突破口を通過してイラク領内にはいるのに15時間かかった、なんて情報は中央には上がっていなかったようです)
現場の情報は最前線から各師団の指揮所に集められそこで整理されてから軍団の前線に近い戦術指揮所でまとめられ、そして後方の軍団中央指揮所に送られてから総司令部に伝えられます。それぞれの段階で1時間とか2時間とかタイムラグが生じ蓄積されます。フランクスはそれにがまんなりません。できればリアルタイムで判断し手遅れにならないうちに適切な命令を出したいのです(命令自体が末端に浸透するのにも時間がかかるのですから)。そこでフランクスは中央指揮所を出て前線の戦術指揮所に出張ります。ところが戦線突破の混乱で指揮所の設営は遅れ無線機さえ充分にありません。そこでフランクスはヘリで移動したり各師団の指揮所に居候して少しでも早く情報を得ようとします。数時間の遅延が致命傷になりかねない大規模な機動作戦では、それが一番自軍の損害を少なくする道だ、というのが彼の信念です。
シュワルツコフは違った考え方をしているようです。指揮官は後方で自らの安全を確保した上で(なにしろ指揮官を育てるためには莫大なコストがかかっていますから)、総合的にすべてを判断する、が彼のスタイルのようです。ところがシュワルツコフの気性としては、とにかくすべてがてきぱき動いて欲しい。一番情報が緩慢に動く位置で迅速な結果だけを求めるのは……シュワルツコフにとっても周囲の人間にとってもストレスフルでしょうねえ。さらにクエート市からイラク部隊が撤退を始めたという情報が入ります。「獲物」が逃げる前に叩かなければなりません。
フランクスの最大の懸念は、イラク親衛隊が機動攻撃をすることでした。一番戦意が高く戦力が充実している師団が複数活発に動いたら対応が困難です。戦闘と移動の連続で物資が消耗し疲労が蓄積している兵士に、さらに難事を強いることになるのですから。加えて同士撃ち・進軍速度を鈍らせる悪天候と地勢の困難さ・大量の捕虜などがフランクスの神経に負担をかけます。前線の師団とは違って親衛隊は容易に崩れずに立ち向かってきました。戦闘が始まれば先頭の部隊は足止めされます。そこで後続の部隊に戦闘を引き継いでさらに進軍を続けさせるか、それとも後続の部隊がそのすきまを通過して敵地に侵入するか、も瞬間瞬間に決断しなければなりません。そのときフランクスが重視する「指揮官の自主性」が効果を発揮しました。小部隊の指揮官が協調し(場所によっては戦術指揮所を合併させて情報交換を密にし)チームワークを機能させたのです。
やがてイラク軍の選択肢は「闘争」か「逃走」かしかなくなります。それに対しフランクスは親衛隊を両翼包囲することを決めどの部隊がどう動くか次々命令を発します。戦局は決まりつつありました。
さて、フランクスにとってこの戦いはどう決着がつくのか・シュワルツコフとのすれ違いは何を生むのか……興味のある方はぜひ本書を手にとってください。軍事好きにも軍事嫌いにもお勧めできます。
僻地で医者が足りないから、公的病院の医者を県知事が命令して僻地に派遣できるようにする、と政府が言い出しました。(ついでに、僻地勤務履歴を将来開業や院長になるための必須条件にするそうです)
……はあ?(マジャの口調) 「日本で医者は余っているから医者の数を減らす」と言い出して実際に実行(医学部の定員削減)しているのは日本政府ではありませんでしたか?
医者が足りないから行け(でないと開業させないぞ)、が成立するのなら、次は「小児科や産科の医者が足りないから、お前は小児科になれ、お前は産科だ」と研修医に命令するのかな? なんか戦争中の総動員令みたいです。特殊技能者の徴用と動員ですな。「非常時だからしかたないだろう」「文句を言うやつは困っている国民の敵だ」。で、まさか次は「医者が足りないからそちらに向かえ」で出かけたらそこは戦場だったりして……おっと、この場合は医者限定ではなくて国民誰でもあり得る話ですけど。別に「軍靴の響きが妄想」ではありません。「武力攻撃事態等における国民の保護のための措置に関する法律」では「第百三十六条 病院その他の医療機関である指定公共機関及び指定地方公共機関は、武力攻撃事態等において、それぞれその国民の保護に関する業務計画で定めるところにより、医療を確保するため必要な措置を講じなければならない。」とすでに定められていますから、その上に今回の政策、ということでその次その次と未来を予想してみただけです。
http://www.kantei.go.jp/jp/singi/hogohousei/hourei/hogo.html
他国ですけど「これは戦争だ」と国の指導者が宣言したら本当に戦争になった例もありますしね。日本でもいざというときのための踏み絵と実施訓練、というわけ。
ところで、大病院の医者って、僻地でどのくらい役に立つのかな? 専門性が高くて専門スタッフチームや高度な医療機器を駆使することに慣れている医者が、孤島の診療所で単身大活躍する、という図が私には想像できないのですが。
それと、そのへんの公的病院で医者は余ってます? 夜間救急で行ったら暇そうな医者がわらわら集まってくる、なんて図も想像ができないのですが、そんな感想を持つのは……私だけ?(だいたひかるの口調)
とりあえずきなくさい隠された意図がないのなら、明らかな失政の責任を他の誰か(地方と医者)に押しつけようとしているだけに見えるのですが、そう見るのはやっぱり、私だけ?
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江波戸哲夫著、日本経済新聞社、1996年、1000円(税別)
銀行員ー編集者ー物書き、と転職を二回経験した著者が自らの経験と周辺の事例を元に日本の終身雇用制度に疑問を……10年前だったらそれなりにインパクトがまだあったかもしれませんが、今では「終身雇用制度」が下手すれば死語かもしれない状況です。時代の変化はおそろしいものだ、とこうやって時事ネタを扱った本を読むたび思います。ではこの本は「古い」のか、と言えばそうではありません。サラリーマンとフリーの違いを明確に書けるのは、その両方を体験した人の強みでしょう。
著者は全共闘世代で、ロックアウトにときどき参加する程度の当時としてはごく普通の学生だったようです。ただ、そういった時代だったのでろくに就職活動もせずに「とりあえず行けるところ」で入った銀行が全然自分には合わない職場だったため、1年で転職してしまいました。
小さな出版社で編集者を十数年やり、家族もでき課長にもなって部下を厳しくしごいていたのに、そこで著者はまた転職したくなります。著者は「堤防の内側に一滴ずつ貯まった水が一気に決壊する」というたとえをその時の心情の説明に使っています。
この二回の転職は、若者の一気の行動と、中年の考えた末の衝動(変な表現ですが)と、タイプは違いますが、その共通点と相違点に関する考察はなかなか面白いものです。先のことをいくら心配したり計算をしても、どうせ未来を見通すことなんかできないし、幸運・不運は必ずついて回る。ただ、幸運を上手くつかみ不運は早く離すようにし、覚悟をかためれば、転職はそれほど難しい行為ではない、と著者は主張します。
自己管理に関して、サラリーマンは他者からの評価を損ねないために行う必要があるが、フリーの人間は自分自身の生産物の質と量を落とさないために必要。人間関係は、サラリーマンは連続的である程度固定的で、うっとうしいがもたれかかることも簡単なのに対して、フリーの人間関係は点でつながっていることが多く、機能的で機動的だが人脈に頼り切った仕事というのは期待しない方がよい、とも著者は述べています。ふうん、私はこれを読む限りでは、フリーの人間関係の方が居心地が良さそうなんですが……
「サービス残業」に関して、フリーの立場から「仕事の結果」に注目したらサラリーマンがサービス残業にこだわるのは奇妙に見える、と著者は述べます。ただ会社は、「成果」だけではなくて「時間」でもサラリーマンを拘束しますから、拘束した(された)という行為に対しての支払い、と考えたら私は残業手当には肯定的な立場を採ります。
残念なのは、「『名刺で仕事をするな』は本当か?」の章です。もとの本を読まずにタイトルに関してだけいろいろ述べて1章を作り上げるのはどうかなあ。私だったらまず原著に当たるでしょうし、そうでないのなら「俗に『名刺で仕事をするな』と言うが……」とでも言って原著の存在には触れないでしょう。
先日の朝日新聞文化欄で見つけた情報です。アップルの iTunesMusicStore に iPodキャスティングというサービスがあります。著作権の関係で音楽が流せないのだそうで、ラジオのDJのおしゃべり部分だけのような番組が多いからこれまで利用はしていませんでしたが、なんと落語もあったんです。昨年の11月から週に一人ずつ若手落語家が「四段目」「湯屋番」「たらちねの」「転失気」などのネタをやってくれて、それが iTunes で無料ダウンロードできます。うきうきと1月5日の「井戸の茶碗」(三遊亭遊馬)をまずダウンロードして聞いてみましたが……いやあ、良かった。声に色気があって将来が楽しみな落語家です。(ちなみに、20分の咄で10MBくらいの音声ファイルになります)
ネタも落語家もこれからもっと揃うのなら、若手をいろいろ聞き比べてその中で有望そうな人の成長をずっと追っかけていく、という楽しみが持てそうです。そのうち寄席にも足を伸ばしたいなあ。
……はて、私のiPodシャッフルでファイルを持ち歩くときに、お目当ての落語を聞くにはどうすれば良いんだろう。基本的にシャッフルプレイだから聞きたい順番で聞けないではないか。……う〜む。
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関山和夫著、白水社、1985年、1600円(税別)
前近代の日本人の生活には「法芸一如」(宗教と生活と娯楽(芸能・遊び)を一体とする生活構造)がありました。昔の寺で行われた「お説教」はそれ自体が布教活動であると同時に娯楽的活動であり、そこから娯楽としての話芸(落語・講談など)が派生したのです。(たとえば、高座・前座は説教用語です)
話芸としての節談説教の基礎は、中世の安居院(あぐい)流(天台宗)と三井寺派によって固められました。有名な「祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり」(平家物語)は安居院流の説教がもとだそうです。三井寺派は13世紀に創始され近世には説教浄瑠璃となります。説教の中でもユーモアを協調した滑稽説教は庶民相手に実践の中で洗練され、安楽庵策伝和尚(1554-1642)は自らが高座で演じた落とし話(千以上の小咄)を『醒睡笑』八巻にまとめ、江戸時代には「落語の祖」と呼ばれました(たとえば「星を取ろうと竿を振り回す子ども」の小咄がすでに『醒睡笑』にあります)。僧は積極的に寺を出て庶民に説教をして笑わせたり感動させ、逆に江戸時代に誕生したプロの噺家が寺院で落語会を開くこともあったそうで、宗教と娯楽の差は明確ではなかったようです。
著者は代表的な落語についても、「万金丹」「小言念仏」は浄土宗、「法華長屋」「鰍沢」は日蓮宗、「野ざらし」「こんにゃく問答」は禅宗、といった感じで分類を試みます。しかし、一番仏教の影響を色濃く見るのは怪談咄です。因果応報・輪廻といった仏教的な思想をたっぷり盛り込んだ怪談咄は、恐怖の遊びであると同時にお説教でもあったのです。
演じる人と聴く人とが共に仏教的な文化のバックボーンを持っているからこそそれらの咄は成立し演じる意味が生じます。しかし我々現代の日本人は、仏教的な文化どころか、江戸時代の風俗についてさえ論じたり感じるためには「教養」を必要とします。では我々にとって今の落語はなんでしょう? ガラスケースに収められて外から鑑賞する伝統芸能? それとも「今に生きる演者」と「今に生きる聴衆」とが「咄」によって何らかの文化的バックボーンを共有していることを確かめる場? もし後者だとしたら、「共有している文化的バックボーン」って、何? 気軽に笑っている場合ではないのかもしれません。いや、気軽に笑えるうちは笑っている方が良いのかな。その方が落語らしいですから。
昨日のセンター試験、リスニングは49万人受験して不具合で425人が再試験を受けたそうです。それでなくても遅い時間(正規の時間割だと終了が18時40分)なのにその後1時間遅れの受験ですから、そんな不具合にぶち当たった受験生にはさぞかし負担だったでしょう。まったくお気の毒です。
不具合があったのに再試験を受けなかった人もいるでしょうし、機械の不具合ではないもの(落としたら故障したとか)もありますから、実際の故障率は記事に上がった数字よりもうちょっと上か下かはわかりませんが、大体千個に1個不具合があったわけです。この数字は高いのでしょうかそれとも低いのでしょうか。「あってはならないことだ」で思考を停止するのは簡単ですが、私はもう少し実際的に考えてみたいと思います。
受験生が持ち帰った現物を見るとICレコーダーの外側にメーカー名は入っていませんが、メモリー・スティックを使用しているし中の電池がソニー製だったので、ソニー(またはその関連会社)が製造を請け負ったのではないか、と私は想像しています。ところが実際に手に取ってみたらわかりますが、いかにも安っぽい出来です。明らかな手抜きでないのでしたら、「そんな値段で製造ができるかよ」と現場がうめくような安い値段で営業が仕事を取ってきた(あるいは発注をされた)のではないか、と私は想像しています。ボタンを押したりイヤホンをジャックに差し込んだときに感じるガチリとした固さは、あまり高級な部品を使っていないな、という感触です。新聞記事を読んでも、「再生ボタンを押しても反応しなかった」「音量が安定しない」「イヤホンの片方から音が聞こえない」といった機械的な原因と思われる不具合が多かったようですので、電子回路と人間の間をつなぐ本当にお安い部品の不具合、またはその部品とプラスチック筐体との相性が問題だったのではないでしょうか。
では高級な部品を使えば解決? ではないでしょうね。発注金額とのかねあいがありますから。メーカーに向かって「お前が損をすれば良いんだ」という主張をする根拠を私は持っていません。あるいは、センター試験の受験料(今年度は18,000円(3教科以上の場合))を値上げしてその分を機械に振り向けましょうか? それにはそれで反対の声が出てきそうな予感がするのですが……
ふと東証を思い出しました。「この範囲なら大丈夫だろう」と想定してその中で最低の金額でシステムを構築しようとした、という点で似ているように思ったのです。
メーカーを責めるのは簡単ですが、これまでの想像から、私は製造メーカーを責めようとは思いません(ちゃんと反省はしてほしいとは思いますけど)。もしかして当該メーカーの力が劣っているのかもしれませんが、そう判定するためには、来年まったく同じ条件で他のメーカーがICレコーダーを製造して、そこで不具合がどのくらいのパーセントで生じるかを見ないと公正な比較ができませんから。でも、大学入試センターも発注条件は変えてくるでしょうねえ。それとも契約条件は変えずに「不具合は絶対許さない」と口で厳しく言うだけかな。(それに、メーカーを変えたらせっかく作った金型が無駄になりますねえ。う〜む)
おっと、どこのメーカーがどんなに努力しても、不具合をゼロにすることは不可能だと私は思います(ゼロに近づけることは可能でしょうけれど)。だったら「故障はある」ことを前提として受験システムを作る方が実際的ではないでしょうか。たとえば事前の音量チェックの時に試験官(またはその補助員)も同時に自分で別の機械をチェックし始めて、もし受験生が「これ動きません」と挙手したら即座にそちらと交換する。これだと他の受験生と比較しても別に時間的には不利になりません。イヤホンも少しサイズが大きめで、小柄な人では耳の穴に収まらずに落ちるだろうと思えるものでしたから、これも「マイイヤホン」(またはマイイヤピース)の持ち込みが許可になったら良いかな。ヘッドホンは……BlueToothかなにかでややこしいカンニングの巣になりかねないからこちらは不許可でしょうけど。
そうそう、記事にあった不具合による「被害」を受けた受験生の声で「隣の受験生の鉛筆の音が気になった」は……これはちょっと違うんじゃないかなあ。何でも文句を言えばいい、というものではないでしょう。
【ただいま読書中】
戸部けいこ著、秋田書店、2001年、760円(税別)
幸せな結婚をして長男に恵まれた幸子と雅人、でも長男の光は自閉症でした。
自閉症に関してまだまだ間違った風説や迷信を信じている人はけっこうたくさんいます。「自閉症は自閉的」「自閉症は間違った子育ての結果」「自閉症は性格の問題」……
無知や悪意やあるいは善意から、積極的にあるいは消極的に傷つける人々の中で、自閉症児とその家族がどう生きていくか、そのサバイバルと成長の物語です。第一巻は光の誕生から保育園までを扱います。
実を言うとあまりこの漫画は取りあげたくなかったんです。だってページをめくるたびに涙が出そうになるんだもの。
私は「障害者や痴呆老人は、施設にでも入れておけ。社会に出すな」と言う人とこれまでにけっこう多く出会っていますが、そういった人って自分が将来障害や痴呆を得たとき自分のことばに従ってどこかに閉じこめられることを望んでいるのかな、と不思議に思います。「明日は我が身」と思いながら生きる方が、最終的には自分も「お得」なんじゃないかしら。
「他力本願」は誤用が目立つと同時に「それは誤用だ」という指摘も目立つことばのように私は感じます。つまりは、知っている人は知っているけれど知らない人は知らない、ということ。……あ、これは当たり前か。
おそらく間違える人は「他力」にだけ注目して「本願」を無視しちゃうんでしょうね。本願寺という名称を見ても「本願」が仏教で重要な概念であることは一目瞭然だと思うのですが、これも「知らない人は知らない」ことなのでしょう。(まさか「本願」を「自分の願いが叶うこと」とか「何かに頼ること」と解釈しているわけではないでしょうが……)
私は自分が好きな「人事を尽くして天命を待つ」に言い換えて受け入れてますが、天命というと仏教ではなくなっちゃうからやっぱりまずいかしら。
【ただいま読書中】
横倉潤著、小学館、2004年、1800円(税別)
敗戦で日本は航空に関するすべてを禁止されました。1951年独立を回復して禁止は解除。そこで国産旅客機の開発が関係者の悲願となります。そうして開発されたのは、当時としては世界最大の双発ターボプロップ旅客機、YSー11でした。
YSは1962年初飛行に成功、全日空が20機を発注します。1964年に試作二号機を全日空は日本航空機製造からリース、東京オリンピックの聖火を乗せて日本列島を縦断しました(だからYSは「オリンピア」という愛称で呼ばれます)。1965年には量産初号機(三号機)が引き渡され、日本の空に多くのYSが飛ぶようになります。はじめは日本中で、のちにジェットが主流になってからはローカル線で。10年後に生産ラインが閉ざされるまでにYSは182機製造されました。
2001年国土交通省はすべての旅客機に航空機衝突防止装置(ACAS)と空中衝突警告装置(TCAD)の装備を義務化しました。YSの経過処置は2006年末まで。ところがYS一機につきTCADに1000万円、ACASには8000万円かかります。そのためエアーニッポンと日本エアコミューターはYSの退役を決定しました。退役したYSは、博物館や外国の航空会社(たとえばタイのプーケットエア)に引き渡されます。もしYSに乗りたければ、国内では今年がラストチャンス、あるいは海外に乗りに行くしかありません。
日本だけではなくて世界中を飛んだYSのイラストが載っていますが……いやあ、いろんなペイントをするものですね。基本パターンは前から後ろまで貫くラインですが、その色と太さと傾きで、同じ飛行機でもまったく違った表情になります。ぱらぱらとページをめくってイラストや写真を見るだけで楽しく時間が潰れます。
ジェット機の夜間発着が禁止されていたためYSを使った深夜便があったのは、本書で初めて知りました。たとえば「ポールスター」は午前2時に札幌を離陸、羽田に午前4時半に到着。「オーロラ」は午前3時10分札幌発、「ムーンライト」は午前2時35分福岡発大阪経由で東京へ、といった具合です。いや、便利とは思いますが……疲れそうです。
結局累積赤字が問題となってYSのプロジェクトは政府に潰されたわけですが、皮肉なことにその「後」になって世界各地で新型ターボプロップ旅客機の開発が次々行われました。つまり需要は世界中にあったのです。「赤字をどうするんだ」「プロペラ機なんか時代遅れ」などと切り捨てないで、もうちょっと長い目で細かく世界を眺めていればなあ……
葉っぱを落とした木のそばに立ちます。空を見上げながら心を広げ、上を下・下を上に入れ替えると、裸の枝がまるで空に張った根っこのように見える瞬間があります。空から冷気を吸い上げている音が聞こえるような気がします。空から枝へ、枝から幹へ、幹から根へ、そして地下に冷気が蓄えられるのです。
春になったら、蓄えられた冷気はこんどは逆に枝に運ばれて、そこで春の気配とぶつかって若葉をたくさん咲かせることになるのでしょう。
私の想念の世界でだけ起きていることですが、私はこうやって冬の木のそばで空を見上げるのが好きです。
【ただいま読書中】
リチャード・フォーティ著、渡辺政隆訳、草思社、2003年、2400円(税別)
1994年から96年まで英国古生物学会会長だった著者が、ビートルズ全盛時代に学生の身分で行った探検調査(北緯80度のスピッツベルゲン島での化石調査)から本書は始まります。そこで発見される数々の新種動物の化石。そこで著者は、収集し分類することへの情熱が歴史理解の原動力であると感じます。本書は無味乾燥な解説本ではなくて、その「情熱」によって作り上げられました。
原始地球でどのように生命が発生したのか、それはまだわかっていません。構造(有機分子、膜構造)・エネルギー・自己複製のメカニズム、これらがすべて揃わなければ生命は成立しません。「生命が宇宙から飛来した」というパンスペルミア説も(物質が常に創造され続けているという定常宇宙論とからませることで)長い人気があります。
35億年前、シアノバクテリア(藍藻)がぶくぶく酸素を吐き出します。酸素は直ちに石灰岩や鉄鉱石の形で消費されますが、シアノバクテリアは辛抱強く何億年も酸素を吐き出し続け、とうとう大気中に酸素が蓄積し、オゾン層も形成されます。先カンブリア紀の海辺には巨大なストロマトライト(多種類の藻類や菌類(原核生物)が層状に積み重なったクッションのようなもの)がずらりと並び、その中で真核細胞のような複雑な細胞が作られました。そして先カンブリア紀の末期数百万年に様々な動物が登場します。生痕化石(動物が這った跡などの化石)や微小化石の研究で新知見が次々得られています。グールドが『ワンダフル・ライフ』でカンブリア紀の海とバージェス頁岩について述べたすばらしい「物語」が実はそれほど素晴らしいものではなかったと本書で指摘されるのは、グールドのファンとしてはややがっかりですが、それでもカンブリア紀に捕食と生殖による生存競争が始まったことの重要性が減じるものではありません。
やがて植物が海から上陸することで地球は緑化され、それに前後して動物も上陸します。石炭紀(三億三千万年前)の地球は、森林とそこに棲む生き物で満ちていました。植物は光を奪い合い巨大化します。著者は「植物(plant)は施設・設備(plant)と呼ばれるにふさわしい」と語呂合わせを述べますが、たしかに地下の水をあんな上の樹冠まで運ぶのはプラントの名にふさわしい驚異的なメカニズムです。そうそう、石炭紀にはトンボやゴキブリもすでにいました。植物が空を目指すのと連動して動物も飛ぶようになったのです(ゴキブリも飛びますよね)。
やっと超大陸パンゲア(と大量絶滅)の話が始まります。ここで本はやっと半分を少し超えたところ。もうすぐ恐竜が登場します。人類の登場はまだまだ先の先。
昔私が習った生物史とはずいぶん様変わりをしたものだと思います。著者自身、これが決定版ではなくてこれからも新しい発見や学説によって歴史はどんどん変わっていくだろう、と述べています。だからこそ衒学ではなくて、未知のものへの謙虚さを伴う碩学が学者の態度として重要だ、とも。
本書は単純な通史ではなくて、生命とは何かというテーマと著者の個人的体験と様々な古生物学者たちの(成功または失敗の)歴史とが絶妙なブレンドをされた本です。学会でのどたばたもけっこう辛辣に描かれます。著者の主観が排除されていない点である意味個人的な本ですが、だからこそ魅力的です。特に植物と動物の関係を常に視野において事実を述べる態度によって、私の視野が広がります。
ダーウィンはつくづく大きな影響を残したものだと思います。進化論という学説だけではなくて、自分でフィールドワークを行いその結果をきちんとまとめる、という態度が後世の学者には大きな影響を残しています。本書の著者も、手袋がボロボロになるまで自ら岩にハンマーをふるって歴史のベールを剥がすことで化石を見つけ、その情熱をそのまま執筆にも向けているようです。さらに本書には「土はただの物体ではなくて、その中に生態系を含んでいる」という意味の文章がありますが、これはダーウィンの最後の論文(「イギリスの表土はすべて何回もミミズの腹の中を通っている」という記述で有名な『ミミズの作用による肥沃土の形成およびミミズの習性の観察』)を意識しているのかな、と思いました。
ホリエモンの「人の心はお金で買える」を嫌ってたたく人は多いのですが(国会審議にも登場していましたね)、実際には人の心(または行動)はお金で影響されます(少なくとも私は「○億円やるから××をしろ」と言われたら、××の内容によっては体も心も動くでしょう。もちろん内容によっては動きませんが)。だからホリエモンのことばを全否定してもしかたないと思うのです。もし私がたたくとしたら全否定ではなくて部分否定をした上で「たしかに人の心はお金で買えることもある。でも簡単に買えるのはそれほど上等の心ではない」と言うくらいかな。
……「行動はするけれど、心は売らないぞ」ですか? 行動の原動力は心の動きなのですから「意に沿わない行動」をしていることは結局心を売ったことに等しいんじゃないかなあ。ちょっと解釈が厳しすぎます? (私が売春に対して否定的なのは、前記の解釈から、売春によって「体を売る・買う」だけではなくて「心を売る・買う」領域にまで人が踏み込んでいるように思えるからなのです)
で、政府がよくやる経済誘導政策(税金を優遇するから○○をしろ、とか、補償金をやるから政策に従え、とか)も結局「人の心をお金で買っている」ことになるのですが、官民共に人を動かすのにお金を用いているのにホリエモンのことばの前では突然みなさん良い子ちゃんになるのね、と言ったら言い過ぎ? あ、政府の場合は金だけではなくて力(権力や暴力装置)が使えるからその点でホリエモンとは決定的に違うぞ、と言いたいのかな。
【ただいま読書中】
L・M・ボストン著、亀井俊介訳、評論社、1970年初版(1989年7刷)、1200円(税別)
グリーン・ノウ物語の第3巻です。今回の主な登場人物は、夏の間だけグリーン・ノウの屋敷を借りて過ごす二人のご婦人モード・ビギン博士にミス・シビラ・バンと、3人の子どもたち(博士のめいの娘アイダと、難民児童夏季休暇援助会から派遣された二人の難民の子ども、オスカーとピン)です。二人の夫人は子どもたちを好きに遊ばせてくれるので、子どもたちはほとんどの時間を屋敷の回りの川遊びで過ごします。彼らが出会うのは……歌う魚・迷子の白鳥の雛・元バスの運転手だった世捨て人・羽の生えた馬の群れ・ネズミのように小さくなったオスカー・巨人……
それは本当にあったことなのか、それとも子どもたちがみた夢なのかはわかりませんが、巨人の歯を「発見」して興奮したビギン博士でさえ、その巨人がサーカスで道化をやっているのは「どうせ作り物よ、だから調べる必要はありません」「もし実在するのだったらそんな大きいものを皆が見逃すはずがありません」と無視するのですから、さて、何が夢で何が現実なのかは曖昧になってしまいます。
飛ぶ馬のところでは私は「
となりのトトロ」を思い出しました。五月とメイがトトロと一緒にドングリからぐんぐん生長した巨木の上で遊ぶシーンです。あれは夢なのかそれとも現実なのか、あの境界の曖昧さ加減が飛馬島にかぶります。また、増水した川を流されてしまった「冒険」のあとでビギン博士が子どもたちを叱ったりせずに「あんたたちの探検旅行、なにかいい発見でもできたらいいんだけどね。なかなか、発見ってものはできないんだから」というシーン。ここで私はビギン博士が大好きになりました。そして連想したのが『
海に出るつもりじゃなかった』(アーサー・ランサム、岩波)です。あれも最後に登場した父親がかっこよかったですよねえ。あそこまで子どもを信じてポジティブに対応できるだけの度量の大きさを持つ大人になりたいものですが……
あと「難民」という大きなテーマが本書にはありますがこれについては実際に読んでください。
4コマ漫画の原則は起承転結ですが、本書は起も結もなく、ただその中間だけを繰り返し続けているようです。子どもたちの(特に長期休暇の)日々って、たしかそんなものでしたよね。いつまでも続くかに思われる日々。それを無理に切り取って始めだの終わりだのを設定しなくちゃいけないのは、大人の業なのでしょうか。ああ、やだやだ。
たまたま鑑賞券が二枚懸賞で当たったので、家内と観てきました。タイトルからは「じゃあ、女たちはどこ?」なんて思っていましたが、ちゃんと作品内でそちらも触れられています。
単なる大和賛美ではなく、単なる反戦の訴えでもなく、ひたすら「あの時代」を描いていますが、中心としたのが海軍の主流から外れた下士官たちと特別年少兵たちであったのが「成功」の大きな要因でしょう。鈴木京香では若すぎるぞ、とか、あの心臓発作の場面は要らないだろう、とか思うこともありましたけどね。
実物大の大和を再現してその上で撮影したわけも映画を観たらわかります。CGの部分はやはりわかるんです。どんなに上手に作ってあっても質感とか雰囲気が違うのです。
重要な脇役で登場していた15歳の少年漁師、最後で急に凛々しい顔になりました。15歳ということは彼は平成生まれ。そう、戦争どころか昭和を知らない世代です。何十年前だったかな、「最近の若いやつはだらしない。徴兵して鍛え上げてやりたい」と言ってたお年寄りがいましたが、そんな「手っ取り早い」方法ではなくて、事実と思いをきちんと「伝えること」の方が、手間はかかるけれども結局人の心を動かすんじゃないか、と私は思っています(そもそも「最近の軟弱もの」は、きつくしごいたらそのまま駄目になるんじゃないかしら)。
私が一番ぐっときたのは「生き残ってごめんなさい」という感情の発露の場面です。私が知っているのは原爆の被爆者や爆撃の被災者が「助けて」という声に応えられずにそのまま逃げて以後ずっとその感情に苦しめられるものですが、震災や大事故の時にも同じような心理的メカニズムが動くようです。そんな人にはなんて言ったらいいんだろう。「生き残ってくれてありがとう」かな。それとも黙って寄り添うだけ?
【ただいま読書中】
ジャン=ジャック・シュル著、横川晶子訳、新潮社、2005年、2200円(税別)
1943年聖夜の夜。漆黒の海に沿った道。二頭の馬に引かれたソリに乗るのは4歳半の少女。馬ソリはドイツ軍の駐屯基地に入り、少女は金の声で「きよしこの夜」を歌う……このわずか1ページ半のプロローグがすばらしい。ここだけで胸がどきどきしてきます。(もし店頭や図書館で本書に出会うチャンスがあったら、プロローグだけでも立ち読みしてください。もしここが好きだったら、あなたにとって本書は全部を読むにあたいする本です)
少女は戦後のドイツ、空襲で破壊された瓦礫の山の中で音楽を始めます。舞台裏で拾った鎖を手首に巻きつけてリサイタルの舞台に登場。ひどい病気。映画への出演。結婚と離婚。世界各地でのホテルの生活。まるで映画のカットバックのように「黄金の声を持つ」イングリッド・カーフェン(実在の歌姫/俳優)の人生のあちらこちらにスポットライトが当てられます。
本書を総譜にたとえるなら、ヴァイオリンのスコアをちょっと読んだと思ったらトランペットに行き、第三楽章を読んでいたと思ったら第一楽章に戻り、と一見著者の気まぐれにつき合わされているような趣です。でもそこをがまんして読み続けているといつの間にか全巻を貫く主題と変奏とが頭の中に鳴り響き始めます。メインになるのは、イングリッド本人、20世紀後半の世界、イングリッドに向けられるシャルルの視線、です。
やがて、著者が描くそれぞれの断片が「ことば」によってつながっていることがわかってきます。そして長い長い第一章「聖夜」(なんと200ページ以上)のあとの、こんどは短い短い二〜四章では語り手のシャルル(著者本人)が前面に出てきて本書の成り立ちの説明のようなものを始めます。むうう、本当に一筋縄ではいかない作品です。巻末付近に「ニュース記事のようでもありおとぎ話のようでもある」記事が登場しますが、本書自体も伝記でもあり小説でもありおとぎ話でもあるのでしょう。
◎今年初のキリ番、足あと11111番はB2ONさんでした。ぱちぱちぱち。おめでとうございまーす。
次は12345番の予定ですが、今のペースだと2月末か3月はじめになりそうです。
◎東横インの違法改築、あれは特定の一企業だけの特異な行為なのか、それとも建築業界では一般的に行われている手法なのか、どちらなんでしょう? 以前建築業界の知人から聞いた限りでは、「許可を取った後こっそり改造をする」はそれほど珍しいことではないような印象を私は持っていました。実際に他の系列のホテル(に限らずその他の業種のビル)も軒並み検査してみたらすぐわかることですけど。建築確認の書類は全部お役所に保存されているはずですから、やろうと思えば今からでも事後の検査は可能ですよね。「人が足りない」とかお役所は言い訳をしそうですが、その場合は民活をしたら良いんじゃないかなあ。
今回の話では、一度許可のハンコを押したらそのハンコだけを後生大事に見つめ続けて、「現実」から目を逸らしていた行政の怠慢も問われるべきではないかと私は感じます。お役所にとって大切なのは書類の方かもしれませんが、今回はホテルの前を歩けばわかるレベルでしょう? たとえば「数年に一度不定期に検査に入る」と言ったら、その言葉だけで不法改造に対する抑止力になるはずですけど。あ、もちろん不法改造に対しては「原状回復」の命令が出せたりそれができるまでは「使用禁止」処分が下せるといった強制力を持たせる必要がありますけどね。でなければ「やった者勝ち」になっちゃいますから。そこまで規制する必要はない? だったら最初から許可を取る手続きも不要でしょう。
【ただいま読書中】
エステルハージ・ペーテル著、ハンガリー文芸クラブ編/訳、未知谷、2000年、2000円(税別)
ハンガリーで私が思い出せるのは、パプリカとハンガリー騎士団(とモンゴルとの戦い)とコダーイとハンガロリンク(毎年夏にF1グランプリが開催されるサーキット)くらいです。つまりハンガリーに関しては全くの無知です。著者はそのハンガリーの作家ですが、なぜ本書を手に取ったのか自分でもその理由はよくわかりません。「本に呼ばれた」としか言いようがありません。
巻頭の『見えない都市』は『ハーン=ハーン伯爵夫人のまなざし』の第19章ですが、「主人公」はブダペストです。現実なのか幻想なのか、ブダペストの様々な断片が次々登場しますが、これはきっと現実のブダペストを知っている人にはたまらない感覚をもたらすことでしょう。ふーむ、この作品を読んだら逆に実際のブダペストを見に行きたくなりました。一体どんな雰囲気の街なんでしょう?
『青髭公の素晴らしい人生』……ナチス・ハンガリー動乱・ドイツ統一といった世界の動きと青髭公の性生活とについてさらさらっと述べておいてから「私が何も付け足すことはありません」とか「ほとんど述べるつもりはありません」とかしつこく繰り返されますと、私の内面で段々笑いの圧力が高まっていきます。だけど著者は読者を笑わせたいのか、どうも真意がはっきりしません。ずっとはぐらかされ続けているような感じで、とうとうぷしゅんと作品は終了します。私はそこで笑うべきなのかそれとも呆然とするべきなのか……ふうむ、これがポストモダン?
昨日昼頃から腰に違和感が生じて夕方までにどんどん増悪してきました。職場から帰宅する頃にはバイクにまたがるにも「いててて」と言いながら。運転中道路のギャップを越えるとそのショックで「いてててて」……危ないですからよい子は真似をしてはいけません。
今日仕事を休んで整形外科に行ったら、診察とレントゲンの結果「ぎっくり腰ですね」「食事と風呂とトイレ以外は横になって安静にしていてください」「年のせいでしょう」……ひーんひーん。しかたないから、iPodと本をお供にひたすら寝ています。まったく、なんてこったい。
【ただいま読書中】
江後迪子著、弦書房、2004年、1800円(税別)
タイトルには「南蛮」(ポルトガル人)とありますが、実際には紅毛(オランダ人)や中華による日本食文化の影響も一緒に書かれています、というか、完全に分けるのは難しいでしょう。
「鎖国によって日本はヨーロッパ文化を閉め出した」という人がいますが、八代将軍吉宗によって鎖国政策が骨抜きにされたことはもっと大きく評価されるべきだと思います。吉宗によって洋書の輸入は解禁されましたし、吉宗の命によってオランダ語を学んだ青木昆陽が晩年に自作の辞書を前野良沢に伝えたことが『解體新書』の成立に非常に大きな影響を与えているのですから。
吉宗はまったく大した将軍です。ビール・アーモンド・バター・ハムなど、当時の日本人が見たこともないようなものでも試食をして「おかわり」なんて平気で言うのですから。綱吉亡き後獣肉を食べる風潮が復活していた日本にとって、代え難い将軍だった、と言えるでしょう。
獣肉といえば面白いのは、オランダ人を饗応するメニューには獣肉がほとんど登場しないのに、朝鮮通信使の饗応メニューにはけっこう獣肉が使われていること。朝鮮人が獣肉をよく食べることは知られていたけれど、オランダ人の食習慣についてはよくわかっていなかった、ということなのでしょうか。「肉をもっと食べたいよ」と日記や書簡でこぼすオランダ人が不憫です。
そういえば昨年6月22日の日記で触れた『
朝鮮通信使の饗応』にも、日本人が相手の食習慣に合わせようと努力して、ついでにそれを自分たちの食事にも取り入れてしまう姿が書いてありましたっけ。
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=22667314&owner_id=235184 日記はこちら
そうそう、砂糖が日本に754年鑑真によって日本に持ち込まれ、最初は薬として用いられた、って本当なんでしょうか。まあ、漢方薬ではお茶や粳米や小麦も生薬ですから、砂糖が薬でも不思議はないのですが。
鶏卵素麺がポルトガル由来で、ポルトガルの植民地にも同じお菓子があり、なんとその切手もあるそうです。お菓子の切手シリーズというのも、集めたら面白そうです。
さて、腰が痛くなる前に、もう寝ます。
ネット書店の(というか、最近ではゲームやランドセルまで売っている)アマゾンが、これからは書籍をデータ化してそれで商売しようとしているようです。これまでも業者相手には本の中身を立ち読みするサービスを行っていましたが、それを一般の客相手にも拡大してサービスしようとしているようで……これはとっても楽しみですが、今の出版形態に物凄く大きな影響を与える可能性があると思います。「本」を完全にデジタルデータとして扱うことができるようになるのですから。これまでもいくつかのネット書店でデジタルデータは売っていましたが、あのアマゾンがやる、というところに巨大な衝撃の予感がします。
本そのものはただちに消滅はしないと思います。本で育った人間はまだまだ多いから、そういった人は「画面で読むと落ち着かない。やっぱりページをめくらなくっちゃ」と言いつつ本を愛でるでしょう。でも小さいときから画面で読むことが常識となった世代が主力となったら、本はゆるやかに衰退の道を辿るかもしれません。ちょうどかつての映画産業やプロレスが経験し、現在の日本プロ野球が辿りつつある道を。
さて、現在の書店はどうやって生き残ったらいいのでしょう? 「現物としての本」を扱うことに特化するか、あるいは間口を広げて本に限定せずに「情報サービス」の店としての生き残りを図るか。単に「情報の店」ではインターネット検索と差別化できませんから、「対面販売」を前面に押し出しましょうか。化粧品と同じように「あなたのため」の情報をお探しします、というわけ。これだったら使いたい気がします。で、その店への連絡はインターネットで……あれ?
【ただいま読書中】
A.プティパ/D.シャンペーン/J.チャルトラン/S.デニッシュ/S.マーフィー 著、田中ウルヴェ京/重野弘三郎 訳、大修館書店、2005年、2200円(税別)
引退したときに、その後の生活についてなんのビジョンもそなえもなくて呆然としてしまう多くのスポーツ選手のための本です。人は必ず仕事から引退するものですが、スポーツ選手の場合はそれがずいぶん早いため、それだけ真剣に考えておくべきだ、と本書の著者と訳者は述べます。訳者の一人田中さんはソウルオリンピックの前に「メダルが取れたら死んでも良い」とまで思うまで競技に打ち込み、本当に銅メダルを取って至福のうちに引退。ところがシンクロ競技無しの未来はつまらないものにしか見えず「もう死ねたらどんなに楽だろう」と思ったそうです(当時21歳)。
本書ではキャリアと仕事は以下のように定義づけされています。
キャリア:自分の目標を達成するために計画性を持って行うもの
仕事:報酬を得るための労働
仕事とキャリアが結びつく場合もありますがそうでない場合もあります。そして本書では「人が一生のうちでつく仕事やキャリアは、最低3種類あるはず」と述べられます。つまり、子どもの時から特定のスポーツをやってプロになった人は、引退後まだ2つはキャリアがあるわけ。それを選択する人生の岐路(トランジション)でどのように選択をおこなうか、それが問題なのです。
キャリアプランの第一段階は、自己探求(自分自身の情報の整理)/キャリア探求(自分に向いた選択肢、その選択肢で求人があるかどうかの検討)/キャリア獲得(その仕事に就くための具体的な方法を考える)に分けられます。第二段階は、トランジションへの準備です。通常のトランジション(進学など)を予測し、同時に予測不能なトランジション(ドラフトやオリンピック予選に落ちる、負傷するなど)に対応するスキルの備えを行います。第三段階はキャリア・アクションプラン(適切なキャリアを獲得するための戦略)です。プランと情報とスキル、これらをすべて揃えることが満足のいく決定につながるのです。
高校・大学では、学業・スポーツ・人間関係(友情とサポートチーム作り)にどのようにエネルギーを注ぐかの選択をしなければなりません。私が感銘を受けたのは、アメリカの学校での学業へのこだわりです。本来「学生」なのですから当然とも言えますが、成績が悪いものはスポーツを続けられないのです(入学時点での優遇はあるそうです)。プロでは人脈作りと引退への備えが必要です。そこで大切なのは、引退の「理由」ではなくて「対応」です。
そうそう、「運」ももちろん必要ですが、本書では「運とは、備えがチャンスに出会うこと」という諺が引用されています。準備無しに重要な人生の選択をするのは、練習もせず相手の情報も集めずに試合に臨むようなものだ、とも。
「自分探し」についても触れられていますが、どこぞの国のぬるいものとは違います。自分の希望/現在のスキル/自分の社会的役割/自分が選択したい「それ」が社会に求められているか/ポジションに空きがあるか/追加のトレーニングが必要か/追加のトレーニングが可能か/何年くらい「それ」ができるか/どんな人脈が使えるか……すべてを書きだして「自分」が現在何であり将来何になれるかを考えるのです。自分自身への認識と将来への覚悟を要求する、なかなか厳しい本です。
本書はスポーツ選手に限定されるべき本ではありません。私も随所に散りばめられたワークシートを眺めながら頭の中で項目を埋めてみました。四半世紀は子どもと学生をやって、そのあと四半世紀ちょっと社会人をやってますが、さて、ここから私は新しいキャリアを始める覚悟があるのかな。不測の事態でトランジションになったときの覚悟があるのかな。ふ〜む。
「えとって知ってる?」「ねうしとら……でしょ?」
実はこの回答は半分しか当たっていません。干支(えと)とは十干(じっかん)と十二支の組み合わせのことで(字をよく見たらわかりますね?)、「ねうしとら……」は十二支の方です。つまり「えととはねうしとらのことである」は半分しか答えていないわけ。では十干とは何か。これは中国の古代思想、五行(木火土金水)と陰陽の組み合わせです(五行は世界を五つの性質でカテゴリー分類し、陰陽は世界をエネルギーの大小で二つに分類する世界観である、とでも理解してください)。陽を兄(え)陰を弟(と)と呼んで五行とそれぞれ組み合わせると
五行 木 火 土 金 水
陽(え) きのえ ひのえ つちのえ かのえ みずのえ
陰(と) きのと ひのと つちのと かのと みずのと
と十個の組み合わせができます。これが十干。きのえは巨木、きのとは小さな草花、ひのえは太陽や山火事、ひのとは月や蛍の光、といった感じです。で、それぞれに漢字を当てると、甲乙丙丁戊己庚辛壬癸、となります(漢字変換ソフトで「きのえ」とか「かのと」と入力したら普通に変換されるはずです。一度お試し下さい)。ちなみに十二支は陰陽だけで成立しているのですが(基本は八卦)、長くなるから説明は省略します。で、十干と十二支を最初から組み合わせると「きのえね」「きのとうし」「ひのえとら」……となって「みずのととり」で十干を使い切るからそこで十干は新しいサイクルに入って「きのえいぬ」「きのとい」となってそこで十二支は次のサイクルに突入。すると全部で60の組み合わせが生じます(12と10で、それぞれ偶数番は偶数番と、奇数番は奇数番とだけ組み合わされるから)。だから一年に一つ干支を割り当てたら自分が生まれた干支に還ってくるのが六十年後。だから六十歳のお祝いが還暦です。
【ただいま読書中】
アーサー・C・クラーク著、山高昭訳、早川書房、1980年、1300円
有名な小説ですから詳しいあらすじの紹介は不要でしょう。ジブラルタル海峡を渡る長大橋(高さなんと5キロメートル)を完成させた工学者モーガンは、次の目標を静止衛星と地表をつなぐ長さ3万6千キロメートルの宇宙エレベーター(軌道塔)に定めます。しかし技術的・財政的・政治的な難問は山積し、さらに建設最適地には古代からの寺院があって立ち退きを拒否しています。モーガンはいかにそれらを解決して建設をしていくのでしょうか。そして宇宙エレベーターは人類に何をもたらすのでしょうか。
異星より飛来したスターグライダーによって(特に宗教的な面で)変革された人類社会を背景に、スリランカの古代の王の伝説と遺物を通奏低音として用いて、クラークは自由闊達に物語を紡ぎます。特に、モンスーンに追われて山を駆け上がる蝶の群れのシーンは印象的です。特にそのモンスーンが……いや、詳しく紹介するのはやめましょう。私が持っていて今日読んだのは単行本(海外SFノヴェルズ)ですが、文庫本で現在入手可能ですから未読の方は、ぜひぜひ。
1945年に静止(通信)衛星の概念を提唱した著者にして書ける物語でしょう。本書とほぼ同時期に発表されたシェフィールドの『
星ぼしに架ける橋』も同じ宇宙エレベーターを扱っていますが、小説としての色合いは相当違っています。宇宙から降ろしてきた軌道を地球に固定する場面がクラークとは相当異なっていますので、技術に興味のある方はシェフィールドの方も、ぜひぜひ。
お笑いがブームなのは私にとっては良いことなのですが、「拡散すれば平均レベルは落ちる」の法則はお笑いの世界でも健在のようで、TVでは観るに耐えないものも平気で放送されています。
私が先日気に入らなかったのが、若手芸人が番組に出演しているすきに楽屋に入って彼らの持ち物を漁るコーナーです。楽屋落ち(自分たちや内部事情に詳しい人だけにわかるネタ)はプロの芸人としては恥ずかしい行為だと私は認識していますが、これは文字通り「楽屋」をネタとしているわけです。あんなので笑いが取れると考えているとしたら、客を馬鹿にするのも甚だしい態度に私には見えます。まったく、プロとしては恥ずかしい。たとえば中学校のクラスの出し物で教室の前で仲間内を題材としたネタをやるのはOKです。ふだん顔をつき合わせている教師やクラスメートをネタに罪のない笑いを取るのだったら、それはアリ。だけど、中学生の内輪ネタの出し物だったら、中学校の教室でやってくれ。まして人の持ち物をカメラの前で広げて「あいつがこんなものを持っているぅ」ってやるのは、クズネタでさえなくてただの悪戯です。いい大人が人前で得意そうにやることではありません。
もちろん即刻チャンネルを変えましたとも。
そういえばあちこちで見かける連載エッセーもネタが尽きてくると自分をネタにし、それも尽きてくると家族友人から必死にネタを拾うようになる傾向がありますが、これもある意味楽屋落ちですね。いつか新聞で読んでいた週一のエッセー、はじめはフェミニズムの話題で快調だったのがどんどん特定の親戚の話になっていって「これはやばいぞ」と思っていたらまるで何もなかったかのようにあっさり打ち切りになってしまいましたっけ。あれは経過をずっと追っていると痛々しいものでした。
【ただいま読書中】
松井栄一著、港の人、2005年、2200円(税別)
私がいつの日か自分の書棚にずらりと並べたい本のシリーズはいくつかありますが、そのうちの一つが日本国語大辞典です。その憧れの辞書の編集委員をやっている著者が、自分の仕事について語った文章が本書にまとめられています。
日本国語大辞典は「用例」が多く収載されていることが特徴です。それがなぜかは著者の主張を読んでいただくとして、その用例収集が大変です。もし日本の文献がすべてデジタル化されていたら検索をかければ良さそうに思いますが(本当はそれでは解決しないのですがそれについては次の段落で)、実際にはとにかく本を読んで「この言葉はあとで使うかもしれない」というものをカードに書き出して集積していくのです。とんでもない手間です。私からみたらそれは苦行ですが、著者は楽しんでやっているようです。「子育ての苦労をわざわざ語る親がいますか? 私は辞書を育てて、それで楽しみを得ているのです」ときっぱり言い切ります。
なぜデジタルデータの機械的な検索で解決しないかというと、仮名遣いが現代か昔のものか、漢字が現代と同じものか違うものか(今から見たら当て字に見える使い方がたんとあります)、語尾変化、さらにルビがついているかいないか、誤植の可能性はどうか……考えるべきことが多すぎて単純な検索結果が信頼できないのです。結局「人の目」で一々判断するしかありません。
本書でけっこうなスペースを取って紹介されている「心持ち」と「気持ち」に関する考察も面白いものです。「心持ち」は13世紀頃、「気持ち」は15世紀頃から使われるようになりました。意味はほぼ重なっていますが、微妙に違う使われ方をしています。「気持ち」がどちらかというと俗語表現だったのです。それが明治時代になると「心持ち」が日常語となり大正には「気持ち」の俗語性が薄れてきます。そして昭和になると「気持ち」が「心持ち」を駆逐してしまいます。この歴史的な流れを用例を積み重ねることですっぱりと明らかにしてくれると(別にそれが私の役に立つわけではありませんが)なんだかすがすがしい気持ちになります。
そうそう、用例抜きの国語辞典の弱点として著者が挙げている例も面白いものです。たとえば「水泳」を「およぐこと」とだけ言い換えている辞書を参照した人が「魚が水泳している」と書いてしまわないか、と言うのです。これはおかしいですよね。ではあなたが辞書を編纂するとして「水泳」の項目をどう記述したら「魚の水泳」を予防できるでしょうか?