秋月天放 (1839~1913) 名は新。字は士新。通称は新太郎。天放と号す。旧豊後日出藩士。父は藩末の学者・秋月橘門。本姓は劉氏で、その祖は代々鍋島侯に仕えていたが故あって宗家を去って野に下った。天放の祖父は家を再興する志をもち子弟に書と剣を学ばせた。父橘門、子天放とも日田咸宜園の広瀬淡窓に学でいる。 始め家業を継いだが、維新後、兵部省に出仕し陸軍軍人として山県有朋に認められた。後、文官に転じ、諸国うを歴任して、東京高等女子師範学校長・文部参事官に任じられ、退官後は貴族院議員に勅撰された。詩風は古風に属し、蘇東坡、杜甫を学んでいる。 江居図 有客向吾道。 客有り 吾にむかって道う 素心欲罷官。 素心 官を罷めんと欲す 不知趨熱者。 知らず熱に趨る者 能耐水雲寒。 能く水雲の寒さに耐えんや 疎慵 疎慵不出門。 疎慵にして門を出ず 何術排愁悶。 何の術か 愁悶を排せん 壁上酒胡盧。 壁上の酒胡盧 流塵高一寸。 流塵 高きこと一寸 杜氏飛鴻遠碧楼 江上之楼高百尺。 江上の楼 高さ百尺 湘簾半捲人横笛。 湘簾 半ば捲いて 人 笛を横たう 頻花十里夕陽明。 頻花 十里 夕陽明るく 坐見飛鴻沈遠碧。 坐して見る 飛鴻の遠碧に沈むを 湘江所思 茅盧結得海南隅。 茅盧 結び得たり 海南の隅 一釣竿辺人影弧。 一釣竿の辺 人影弧なり 往時回頭唯是夢。 往時 頭を回らすも 唯だ是れ夢 醒来白髪映青浦。 醒め来たって 白髪 青浦に映ず 病 起 病後新暄猶襲衣。 病後 新暄なるも 猶を衣を襲ね 無心渓畔上苔磯。 渓畔 苔磯に上る 心なし 浮雲不載春愁去。 浮雲 春愁を載せて去かず 軽絮空追詩恨飛。 軽絮 空しく詩恨を追うて飛ぶ 南浦月明美人遠。 南浦 月明らかにして 美人遠く 北邙苔冷故交非。 北邙苔冷故交非 深居久絶恐然響。 深居 久しく絶える 恐然の響き 目断天辺一雁帰。 目断す天辺 一雁の帰るを ◆故交: 昔馴染みの交際。 椿山荘 秋人宛在画図中。 秋人 宛ら在り 画図の中 占断秋光倚綺攏。 秋光を 占断して 綺攏に倚る 昨夜楓林霜始下。 昨夜 楓林 霜 始めて下る 渓陰染出一枝紅。 渓陰 染め出す 一枝の紅 ◇椿山荘: 山県含雪将軍の別荘。京都の無隣庵。東京の椿山荘として名高い。作者は山県有朋の 愛顧を受けている。 08/11/16 石 九鼎 著す |