江馬細香 [ 湘夢遺稿集 ]      石九鼎の漢詩館

江馬細香,美濃の人。医者・江馬蘭齊の娘,学識があり,詩書をよくする。書は竹洞に学び,又梅逸に往来して書名高く,紛華を用いず,曾って京に上り梅逸の家に宿す。梅逸の妻が怪しんで細香に問うた、『ここに来て日も浅いのに,その結んでいる帯びは破れ,裏を露わしてるのは何故ですか』細香は答えて『出発の時,『帯び」』」は既に破れていました。然し修繕をせず直ちに京に上り素來のみです』と言う

装飾の為に意を用いないのは,概して此のようであった。曾って頼山陽が江馬の家に宿し才学の有るのを知り聘そうとしたが,細香は『常に萬人に卓越する者でなければ聘しない』と,其の時,山陽の技量がまだ著われていないので竟に辞して応じなかった。後,山陽の名世が顕れるに及んで細香は恥じ,且つ悔やみ,修身,他に嫁せずと言う。文久3年9月没す。(古今雅俗石亭画談)


  甲戍仲春倍山陽登‖両先生観花於嵐山
微風晴定淑光和。   微風 晴れ定まり 淑光和かなり
小隊軽装取次過。   小隊 軽装 取次に過ぐ
不恨看花三日早。   恨まず花を看ること三日の早きを
満枝開遍酔人多。   満枝 開いて遍ねし酔人多し

  山陽先生宅観桜
雨歇春園滴未乾。   雨歇み春園 滴たり未だ乾わかず
翠爐煙冷夜香残。   翠爐の煙冷やかに夜香 残す
暫雲礙月花梢暗。   暫雲 月を礙して花梢は暗し 
倩燭簷頭自在看。   燭を倩う簷頭 自在に看る

  ○夏日偶作
永日如年晝漏遅。   永日 年の如く 晝漏遅し
霏微細雨熟梅時。   霏微 細雨 熟梅の時
午窓眠足深閨静。   午窓 眠り足りて深閨 静かに
臨得香奩四艶詩。   臨み得たり香奩 四艶の詩

  ○夏夜
雨晴庭上竹風多。   雨晴れて庭上 竹風多し
新月如眉繊影斜。   新月 眉の如く 繊影斜なり
深夜貪涼窓不掩。   深夜 涼を貪ぼり 窓 掩はず
暗香和枕合歓花。   暗香 枕に和す 合歓花

  梅辺歩月
梅月嬋娟奈夜何。   梅月 嬋娟 夜をいかんせん
微吟移歩踏横斜。   微吟 歩を移し 横斜を踏む
満身疎影清如水。   満身 疎影 清 水の如し
唯認幽香不看花。   唯だ幽香を認めて花を看ず

  ○○閨裏盆楳盛開偶有此作
花比去年多幾枝。   花は去年に比して幾枝も多し
慇懃愛護下簾帷。   慇懃に愛し護り 簾帷を下す
従能清操堪寒夜。   たとえ能く清操 寒夜に堪えるとも
不遣風霜迫玉肌。   風霜に遣わさず玉肌に迫る

  ○夏日作
芭蕉葉展小窓青。   芭蕉 葉は展ぶ 小窓青し
恰報黄昏雨過声。   恰も黄昏 雨過の声を報じる
夜短近来眠易熟。   夜は短し近来 眠り熟し易く
四檐点滴任渠檠。   四檐の点滴 渠檠に任す

  ○帰家
柔脚新侵霜露帰。   柔脚 新に霜露を侵して帰る
幽篁恙無映書帷。   幽篁 恙が無く書帷に映じ
耽遊未有寒時計。   遊に耽り未だ寒時の計あらざる
先掃繍牀栽熟衣。   先ず繍牀を掃い熟衣を栽す

  盆蘭盛開偶有此作
愛見秋蘭晩節馨。   愛し見る秋蘭 晩節の馨を
瓦盆移植幾叢清。   瓦盆 移し植て幾叢 清し
多花却恐芳根損。   多花 却って恐れる芳根の損うを
忍執繊刀剪数茎。   忍んで繊刀を執って数茎を剪る

  敗蕉
破裂経霜幾幅箋。   破裂 霜を経て 幾幅の箋
秋來又懶写新詩。   秋來又た懶し新詩を写す
一叢憔悴幽楷外。   一叢 憔悴 幽楷の外
半歳栄枯奇石前。   半歳 栄枯 奇石の前
難障夕陽涼傘影。   障わり難し夕陽 涼傘の影
何妨夜雨旅窓眠。   何んぞ妨げん夜雨 旅窓の眠り
莫言風雪無情操。   言う莫れ風雪 情操なしと
曾入王維画裏傳。   曾って王維画裏に入って傳う

  ○○秋海棠
庭階経雨気凄凉。   庭階 雨を経て 気凄凉たり
冷艶莖莖発海棠。   冷艶 莖莖 海棠を発く
一任秋霄花睡去。   一任す秋霄 花睡り去り
無人秉燭照紅粧。   人は燭を秉って紅粧を照す無し

  ○月夕不寝
秋霄如水夢頻驚。   秋霄 水の如く 夢頻りに驚く
林樹鴉啼三両声。   林樹の鴉啼 三両声
更漏稍稀添被冷。   更漏 稍やく稀に冷に添える
残灯漸暗覺窓明。   残灯 漸やく暗く窓明を覺える
一聯偶向閑中得。   一聯 偶々ま閑中に向い得る
萬感渾従枕上生。   萬感 渾て枕上により生じる
展転不眠思旧友。   展転 眠らず 旧友を思う
恰看落月屋梁清。   恰も看る落月 屋梁の清きを

  ○奉次韻山陽先生戯所賜詩
旧歓一夢十三年。   旧歓 一夢 十三年
猶記投儂詩句研。   猶を記す儂に投ず 詩句の研
何識雪花春絮語。   何ぞ識らん雪花 春絮の語
如今賦及鬢絲辺。   如今 賦して鬢絲の辺に及ぶを  

  ○午睡
槐葉深深午影生。   槐葉 深深として午影生じる
困眠匹似帯余酲。   困眠 匹似 余酲を帯び
隣亭誰是機心動。   隣亭 誰か是れ機心の動き
和夢丁丁碁局声。   夢に和す丁丁 碁局の声

  六月十二日訪星巌居士
久別多新語。   久別 新語多し 
諄諄更解顔。   諄諄 更に顔を解く
帰途将及暮。   帰途 将に暮に及ぶべし
従僕忽催還。   従僕 忽まち還を催す
驟雨纔収脚。   驟雨 纔かに脚を収める
夕陽猶在山。   夕陽 猶を山に在り
秋田青満目。   秋田 青 目に満つ
分袂出松関。   袂を分け松関を出ず

  ○○戊戍秋日作
月明今歳泣中秋。   月明 今歳 中秋に泣く
憶昨銜杯侍倚楼。   憶う昨 杯を銜え侍して楼に倚る
琴酒承歓多少事。   琴酒 歓を承まわる多少の事
総為悲涙徹霄流。   総て悲涙と為し霄を徹して流れる

  ○○○抵名古屋途中
山峰不見一尖青。   山峰 見ず一尖青し
眼裏唯看沃土平。   眼裏 唯だ沃土の平かなるを看る
萬樹風松翠涛響。   萬樹 風松 翠涛の響き
金鱗出没五層城。   金鱗 出没す五層の城

  ○○雪夜読日本外史
点童奇計夜還兵。   点童 奇計 夜 兵を還す
士気衝寒海口城。   士気 寒を衝く 海口の城
灯底読來肌起粟。   灯底 読み來たれば肌 粟を起こす
撲窓風雪近三更。   窓を撲く風雪 三更に近し

  ○○次韻平戸藩鏑軒先生見寄作
一誤無家奉舅姑。   一たび誤まりて家の舅姑に奉じる無き
徒耽文墨混江湖。   徒らに文墨に耽り江湖と混わる
却慚千里來章上。   却って慚じる千里 來章上
見説文場女丈夫。   見て説く文場 女丈夫

  ○○○題画
山山収雨夕陽多。   山山 雨を収めて夕陽多し
江水平鋪浸翠螺。   江水 平に鋪いて翠螺を浸す
三両漁村垂柳外。   三両 漁村 垂柳の外
牙頭舫子貼春波。   牙頭の舫子 春波を貼す

  ○偶作
西東交友不情疎。   西東の交友 情疎ならず
老懶為堆未報書。   老懶 堆を為し未だ報ぜずの書
多少回音裁製了。   多少の回音 裁製了す
春醪一盞覺心舒。   春醪 一盞 心舒を覺える

参考資料
湘夢遺稿集

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