惲南田詩選

    対 酒
対酒不能飲。    酒に対して 飲むこと能わず
将何慰此生。    将に何を此の生を慰めるべし
偶然成小隠。    偶然 小隠と成しのみ
豈是薄浮名。    豈に是れ浮名を薄んぜしならんや
筆欲兼風雨。    筆は風雨を兼ねと欲し
詩真悦性情。    詩は真に性情を悦こばす
灯前観酔者。    灯前に 酔者を観れば
一笑絶冠纓。    一笑して冠纓を絶つ


    客旅遣愁
対酒思千里。   酒に対して千里を思い
高歌衣帯寛。   高歌して衣帯 寛し
無山多怨鶴。   山なくて怨鶴多く
得樹亦棲鸞。   樹を得るも亦た鸞棲む
不為英雄死。   英雄の為に死せずんば
誰能国士看。   誰か能く国士と看ん
十年塵尚在。   十年の塵 尚を在ずる
猶有未弾冠。   猶を未だ冠を弾ぜず有り


    雑 感
狗盗皆称客。    狗盗 皆な客と称す
今誰教孟嘗。    今誰か 孟嘗を教えん
朱門正歌舞。    朱門は正に歌舞する
白帽自風霜。    白帽は自ら風霜
恥作仱官態。    恥ずらくは仱官の態を作し
徒嗔鼓吏狂。    徒らに鼓吏の狂するを嗔る
従来事高潔。    従来 高潔を事とする
豈忍更褰裳。    豈に褰裳を更うるに忍びんや


    画 題
海客乗槎事緲范。    海客の槎に乗り事緲范たり
蓬莱水浅已千霜。    蓬莱の水浅きことは已に千霜
此中尺幅蔵東海。    此中の尺幅 東海を蔵くす
那管揚塵与種桑。    那ぞ管せん塵を揚ると桑を種えると


    烟 蓑
烟蓑無恙碧雲知。    烟蓑 恙なきこと碧雲知る
千樹紅霞一釣糸。    千樹紅霞 一釣糸
転笑非熊峪上叟。    転た笑う熊に非ざる峪上の叟
白頭猶作帝王師。    白頭 猶を作す帝王の師