随園絶句抄    清十家絶句 (4)
       
袁 枚

袁枚。(1716〜1797) 字は子才。号を簡齋といい、随園先生と知られる。浙江省銭塘の人。父の喪に遇い官を退き、江寧小倉山に随園を築き悠悠自適に送った。詩は精霊説を唱えて自然な発露を重んじ沈徳潜の主張する格調説に不満を持ち、手紙を送り論難し、沈徳潜が唐詩を偏重し宋詩を誹るとした又、沈徳潜の詩には道学的な臭味が有ると非難した。頼山陽は、小倉山房集を傍に置き愛蔵した。


  鎖夏詩
不著衣冠近半年。   衣冠を著けざること半年に近く
水雲深處抱花眠。   水雲 深き處 花を抱いて眠る
平生自想無官樂。   平生 自ら想う無官の樂しみ
第一驕人六月天。   第一 人に驕る六月の天

  雨中送春
東風吹雨洒雕輪。   東風 雨を吹いて雕輪に洒ぐ
楊柳依依欲断魂。   楊柳 依依として魂を断んと欲す
真箇送春如送客。   真箇 春を送るは客を送るが如く
満山花草有啼痕。   満山の花草 啼痕あり

  夜坐
闘鼠窺梁蝙蝠驚。   闘鼠 梁を窺がい蝙蝠は驚く
衰年猶是読書声。   衰年 猶ほ是れ読書の声
可憐忘却双眸暗。   憐れむべし双眸の暗きを忘却し
只説年来燭不明。   只だ年来 燭の明きらかざるを説く

  歯疾半年偶覧唐人小説有作
耳中騎馬兜元国。   耳中 騎馬 兜元国
歯内排衛活玉巣。   歯内 衛を排す活玉の巣
老去一身如渡海。   老い去りし一身 海を渡るが如し
五官無處不風波。   五官 處ろとして風波のあらざるは無し

  題畫
萬里驚風浪拍天。      萬里 驚風 浪 天を拍つ
(木+危)竿易断纜難牽。  (木+危)竿 断じ易く纜 牽き難く
是誰独立高峰上。      是れ誰ぞ独立 高峰の上
揺手人家莫放船。      手を揺す人家に 船を放つ莫れ

  鮑文石三十索詩
半窓修竹半状書。   半窓の修竹 半状の書
不賦長楊賦子虚。   長楊を賦さず 子虚を賦す
生就騒人風骨冷。   生就く騒人 風骨 冷かに
愛闡ス病似相如。   閧愛す多病 相如に似たり

  戯柬似村
約我花階設綺筵。   我と約して花階 綺筵を設ける
定期七夕晩凉天。   期を定める七夕 晩凉の天
牽牛織女河邊笑。   牽牛織女 河邊に笑う
又累人間請客銭。   又た人間の客に請て銭を累わす

  懐人詩
幾回携酒上鶏壇。   幾回か酒を携え鶏壇に上る
忽向芙蓉鏡裏看。   忽ち芙蓉 鏡裏に向かって看る
讀到洛陽封禅議。   讀んで洛陽 封禅の議に到れば
楮生何敢笑児寛。   楮生 何ぞ敢て児寛を笑う  
    ・・・・(荘容可)・・・

  柬香亭(一)
七十人忘両鬢絲。   七十 人は両鬢絲を忘れ
望雲時作嶺南思。   雲を望み時に嶺南の思を作す
阿連和我心情否。   阿連 我が心情に和すや否や
半為荊花半茘支。   半ば荊花の為に 半ば茘支

  柬香亭(ニ)
擬従南海看扶桑。   擬して南海より扶桑を看る
先向天台試石梁。   先ず天台に向かい石梁を試みる
四萬八千峰踏遍。   四萬八千峰 踏んで遍まねし
看來梅嶺是康荘。   梅嶺を看て來れば 是れ康荘

  答問
昨夜燈前酒未乾。   昨夜 燈前 酒 未だ乾かず
今朝暁露湿征鞍。   今朝の暁露 征鞍を湿らす
重來一問尋常話。   重ねて來って 一に尋常の話を問う
奈我衰年答最難。   我が衰年 答るは最も難きを奈かんせん

  浴湯山五絶寄香亭兼謝荷塘明府
為尋聖水濯塵纓。   聖水を尋ね塵纓を濯ぐ為に
愛忍春寒遠出城。   愛す春寒を忍んで遠く城を出ずるを
剛是杏花村落好。   剛是れ杏花 村落の好き
牧童相約過清明。   牧童 相約して清明を過ぐ

  両接香亭家信戒我遊山賦詩答之
七十扶杖渉険忙。   七十 杖を扶け 険を渉り忙なり
阿連屡次戒行装。   阿連 屡次 行装を戒める
那知此老有天幸。   那ぞ知らん此の老い 天幸 有るを
六月在途如許涼。   六月 途に在り涼を許すが如し

  欒城留別
一夜郵亭落月遅。   一夜 郵亭 落月 遅し
軽塵短夢両難知。   軽塵 短夢 両つながら知り難たし
臨期若問重來日。   期に臨み若し重ねて來る日を問わば
腸断揚花満路時。   腸断揚花 路に満つる時

  留別南渓太守
平生筆墨等塗鴉。   平生の筆墨 塗鴉に等しい
底事知音有伯牙。   底事ぞ知音 伯牙有り
千福魚箋畫不了。   千福の魚箋 畫いて了せず
教儂手腕脱君家。   儂が手腕をして君が家に脱せしむ

  誰家
誰家低唱玉瓏玲。   誰が家か低く唱う玉瓏玲
流管清絲夜不停。   流管 清絲 夜る停まらず
一曲歌終人一世。   一曲 歌終わり 人は一世
那堪頭白客中聴。   那んぞ頭白の客中に聴くに堪えん

  丹陽道上留別双郎
十三名字冠揚州。   十三名字 揚州に冠たり
腰帯猶存瑪瑙鈎。   腰帯 猶ほ存す 瑪瑙の鈎
記否空江篷背冷。   記すや否や空江 篷背冷やかなり
新年聴雨木蘭舟。   新年 雨を聴く 木蘭舟

  馬嵬
莫唱当年長恨歌。   唱うる莫かれ当年の長恨歌
人阮虫ゥ有銀河。   人閨@亦た自ら 銀河有り
石壕村裏夫妻別。   石壕村裏 夫妻の別れ
涙比長生殿上多。   涙は長生殿上に比して多し

  再題馬嵬駅 
萬歳傳呼蜀道東。   萬歳 傳呼す蜀道の東
鬻挙兵諌太匆匆。   鬻挙 兵諌 太だ匆匆たり
将軍手把黄金鉞。   将軍 手に黄金の鉞を把り
不管三軍管六宮。   三軍を管せず 六宮を管す

  漂母祠
千金一飯尋常事。   千金 一飯 尋常の事
不肯糢糊是此心。   肯て糢糊とせず是れ此の心
我受人恩曽報否。   我れ人恩を受けて曽つて報ずるや否や
荒祠一過一沾襟。   荒祠 一過すれば 一に襟を沾ほす

  舟中畏風
鎮日舟中眼倦開。   鎮日 舟中 眼を開ことを倦む
雪花脉脉上軽苔。   雪花 脉脉 軽苔に上る
東窗開後西窗啓。   東窗 開く後 西窗を啓く
猶喜風無両面來。   猶ほ風の両面に來る無きを喜ぶ

  僧引石梁水為池淪湯勧浴
欲洗人間十丈塵。   人間 十丈の塵を洗わんと欲す
老僧腸我一池春。   老僧 我が一池の春を腸う
分明認得藍橋水。   分明に認め得たり藍橋の水
浴罷桃花尚満身。   浴くし罷め 桃花 尚ほ身に満つる

  清明
卅年邱岳慰平生。   卅年の邱岳 平生を慰め
垂老誰知福更清。   垂老 誰か知る 福 更に清
萬朶芙蓉千尺瀑。   萬朶の芙蓉 千尺の瀑
匡盧山頂過清明。   匡盧山頂 清明を過ぐ

  伏羲洞
絶壁森森古洞開。   絶壁 森森として古洞開く
羲皇曽此坐蒼苔。   羲皇 曽って此に蒼苔に坐す
想因細看横排石。   想う細かに看るに因って横に石を排す
悟出先天一畫來。   先天 一畫を悟り出し來たる

  老去
老去無心恋歳華。   老い去りし歳華を恋する心無く
嬉春天気遠離家。   嬉春の天気 遠く家を離れる
播陽湖裏推篷笠。   播陽湖裏 篷笠を推し
不看梨花看浪花。   梨花を看ず浪花を看る

  莫愁湖
澹澹春山小小舟。   澹澹たる春山 小小たる舟
一湖水気湿粧楼。   一湖の水気 粧楼を湿らす
六朝南北風流甚。   六朝南北 風流 甚だし
天子無愁妓莫愁。   天子 愁い無く 妓 愁うる莫かれ

  渡銭塘江
丗年前渡此江風。   丗年前 此の江を渡る風
白髪重來似夢中。   白髪 重ねて來れば夢中に似たり
就使江神最強記。   就ずく江神をして最も強記せしむ
也難認得此衰翁。   也た此の衰翁を認め得ること難し


 [目次]




      Copyright (C) 2001-2004    石九鼎の漢詩館
      thhp://www.ccv.ne.jp/home/tohou/jiadao10.htm
     このページへのリンクはj自由です。無断コピーは禁止します