尚絅堂集     嘉道六家絶句  (5)
          
劉芙初
  
劉嗣綰。(1762〜1820)江蘇省陽湖の人。字は簡之。号は芙初。嘉慶の進士、官は編修。詩文ともに巧みで、幼少より秀才のほまれ高く嘉慶13年の会試に第1位で及第する。翰林に在籍すること十餘年に及んだ。帰来、東林書院を主宰する。詩は、少時の作は明艶。中年以後は沈博。晩年は駿邁、幽隠に達っすると称させる。書室を尚絅堂と言う。著に尚絅堂詩文集がある。


 池上一絶
草色迢迢入謝家。   草色 迢迢 謝家に入る
小池一緑澹於紗。   小池 一緑 紗よりも澹く
東風不要闖D散。   東風 要せず 閧ノ愁散
尽日階前掃落花。   尽日 階前 落花を掃く

 訪白燕菴故址
寺門落日与荒烟。   寺門 落日と荒烟と
海叟風流四百年。   海叟 風流 四百年
飛到梁間灰刧尽。   飛で梁間に到り 灰刧 尽す
更無燕子話桑田。   更に燕子の桑田を話す無し

 冶春断句
牙箋珊格満琳琅。   牙箋 珊格 琳琅に満つ
閣帖誰題陸女郎。   閣帖 誰か題す陸女郎
自対洛神臨小篆。   自ら洛神に対して小篆に臨む
金釵斜界十三行。   金釵 斜界 十三行

 中橋帰舟作
竹籬深處似仙家。   竹籬 深き處 仙家に似り
賞遍朝霞与暮霞。   賞して遍し 朝霞と暮霞と
一片炊煙紅不了。   一片の炊煙 紅 了せず
漁人帰去飯桃花。   漁人 帰り去り 桃花を飯す

 悼蘋詞
泥様心腸海様情。   泥様の心腸 海様の情
白蘋消息可憐生。   白蘋の消息 可憐に生ず
叢叢香艸離騒在。   叢叢の香艸 離騒あり
無復毛詩喚小名。   復た毛詩の小名を喚ぶ無し

 途中雑詩(一)
旧城南去是昆陽。   旧城 南去すれば是れ昆陽
簫鼓叢祠十日忙。   叢祠に簫鼓する 十日の忙
未到門前先下馬。   未だ門前に到らず 先ず馬を下る
一盂麦飯拝蕭王。   一盂 麦飯 蕭王に拝す

 途中雑詩(二)
読罷残碑立路岐。   残碑を読み罷めて 路岐に立つ
雎陽廟口忽沾衣。   雎陽 廟口 忽ち衣に沾す
魂帰不見神鴉到。   魂帰り神鴉 到るを見ず
落日荒荒雀乱飛。   落日 荒荒 雀 乱飛す

 途中雑詩(三)
寥洛人烟繞郭同。   寥洛たる人烟 郭を繞って同じ
河流活活十年中。   河流 活活 十年の中
水田一片濶ィ影。   水田 一片 濶ィの影
誰向南湖問晏公。   誰か南湖に向かい晏公を問う

 汎舟東郭外
断雲東去有茅菴。   断雲 東に去り 茅菴あり
郭外尋春路未諳。   郭外 春を尋ねて路 未だ諳ぜず
不信緑波流得到。   信ぜず緑波の流れ得て到るを
一声柔櫓似江南。   一声の柔櫓 江南に似り

 寒窗絶句
紙窗常似白雲封。   紙窗 常に白雲の封に似たり
坐撥爐灰寸寸紅。   坐して爐灰を發すれば寸寸として紅く
留得茶声終日聴。   茶声を留め得て終日聴く
居然枕上有松風。   居然たり枕上 松風あり

 客有以楊柳青柳枝詞見示者題二絶(一)
両岸新烟問渡時。   両岸の新烟 渡時を問う 
風波無地著漁郎。   風波 地に無く漁郎に著ける
一双青眼斜陽外。   一双の青眼 斜陽の外
手拓船脣唱柳枝。   手に船脣を拓いて柳枝を唱う

 紅豆詞
一分烟月一分霞。   一分の烟月 一分の霞
好在江南水上家。   好在なれ江南 水上の家
怨殺東風零落甚。   怨殺す東風 零落甚し
抛将紅豆満天涯。   紅豆を抛げ将って天涯に満つ

 帰程雑詩
被酒風前思易昏。   酒により風前 思い昏らく易すく
雲烟底処不鎖魂。   雲烟 底処 魂を鎖さず
年來怕到登臨地。   年來 到ることを怕れる登臨の地
策蹇匆匆過白門。   蹇を策し匆匆 白門を過ぐ

 通済閘
枕底喧聞百転雷。   枕底 喧聞す 百転の雷
蛟龍有夢忽驚回。   蛟龍 夢あり 忽ち回を驚く
自家姓命軽如擲。   自家の姓命 軽く如擲げうつが如く
却替旁人失色來。   却って旁人に替え失色して來る

 雨後汎舟平山堂有作
剪取湖光破暝行。   湖光を剪取して暝を破って行く
瓜皮艇小晩凉生。   瓜皮 艇小さく 晩凉生ず
緑雲化作冷冷水。   緑雲 化して冷冷の水と作す
一路蝉声唱出城。   一路 蝉声 唱て城を出る

 厳灘口号(一)
昨夜銭塘江上潮。   昨夜 銭塘 江上の潮
潮頭一路傍蘭橈。   潮頭 一路 蘭橈を傍す
分明萬古英雄恨。   分明なり萬古 英雄の恨
流到厳灘也自消。   厳灘に流れ到り也た自ら消す

 厳灘口号(二)
閲尽風波是釣臺。   閲み尽す風波 是れ釣臺
波心風定一帆開。   波心 風定まり一帆開く
灘高灘下都随分。   灘高 灘下 都て分に随う
只愛灘声入夢來。   只だ愛す灘声 夢に入りて來る

 車行晩興
駅燈催起尚黄昏。   駅燈 起を催し尚ほ黄昏
絲柳成烟半挂門。   絲柳 烟と成し半ば門を挂る
看取日來清痩處。   看取す日來 清痩の處
月鎖残魄客鎖魂。   月は残魄を鎖し 客は鎖魂

 過平原
走馬邯鄲已暮春。   邯鄲に馬を走らせ 已に暮春
不堪重拝路旁塵。   重拝するに堪えず路旁の塵
労労似此君応笑。   労労 此に似て君応に笑うべし
我亦当時十九人。   我れ亦た当時 十九人

 春江一首
風柳千絲緑可憐。   風柳 千絲 緑 可憐なり
欄干西畔易成煙。   欄干の西畔 煙と成り易し
春江尚説人如月。   春江 尚ほ説く 人 月の如く
凄断蛾眉是下絃。   凄断す蛾眉 是れ下絃

 冬窗絶句(一)
故人喚我作清遊。   故人 我を喚び清遊と作す
樹樹西風寺寺楼。   樹樹 西風 寺寺の楼
過得江來纔幾日。   過得て江來 纔かに幾日
扇頭不是白蘋秋。   扇頭 是れ白蘋の秋ならず

 冬窗絶句(二)
蕭蕭寥寥霜色天。   蕭蕭 寥寥 霜色の天
掃空心地到庭前。   空を掃う心地 庭前に到る
白翁畫竹故可悩。   白翁 竹を畫き故に悩むべし
今雨不來來古煙。   今雨 來たらず来るは古煙による

 冬窗後絶句
凍雨寒雲夢不醒。   凍雨 寒雲 夢 醒めず
労労尽日上江亭。   労労 尽日 江亭に上る
夜来忽被天河笑。   夜来 忽ち天河の笑いによる
可有銀槎勧客星。   銀槎 客星を勧める有る可きに

 薛素素畫蘭巻
雨葉風條態不禁。   雨葉 風條 態 禁ぜず
巻中水墨亦傷心。   巻中の水墨 亦た傷心
畫蘭何似畫眉好。   畫蘭 何ぞ似たる畫眉の好きに
露眼向人啼到今。   露眼 人に向かい 啼いて今に到る

 登楼得断句(一)
焚香掃地当僧寮。   香を焚き地を掃く当に僧寮なるべし
収拾吟魂幾暮朝。   収拾す吟魂 幾く暮朝
溌眼書中成緑字。   眼を溌する書中 緑字を成す
窗前新放一叢蕉。   窗前 新に放つ一叢の蕉

 晩過法源寺得断句(一)
碧天吹断玉参差。   碧天 吹断す玉参差
吟坐秋堂有所思。   秋堂に吟坐すれば所思あり
霜果退紅篁退紛。   霜果 退紅 篁 退紛
艶情不似旧來時。   艶情 似ず 旧來の時に

 晩過法源寺得断句(二)
籬下尋秋叩瓦盆。   籬下 秋を尋ねて瓦盆を叩く
空庭脈脈易黄昏。   空庭 脈脈 黄昏に易やすし
香泥一径太狼藉。   香泥 一径 太はだ狼藉
時有売花僧出門。   時に有り売花の僧 門を出る

 暁望
旧夢依稀住碧城。   旧夢 依稀として碧城に住む
仙山路只與雲平。   仙山の路は只だ雲と平なり
白煙似水空中動。   白煙 水に似て 空中に動く
浮出僧楼磬一声。   浮き出す僧楼 磬 一声

 月夜泛舟太湖
蜻蛉艇子撲溟濛。   蜻蛉の艇子 溟濛を撲く
剪取軽帆漾碧空。   軽帆に剪取して碧空に漾う
七十二峰三萬頃。   七十二峰 三萬頃
夜山都在月明中。   夜山 都て月明の中に在り

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