漢・蘇武
          詩四首之二

結髪為夫婦。      結髪 夫婦と為りて
恩愛両不疑。      恩愛両つながら疑はず
歓娯在今夕。      歓娯 今夕に在り
燕婉及良時。      燕婉 良時に及ばん
征夫懐往路。      征夫 往路を懐い
起視夜何其。      起きて夜の何其を視る
参辰皆已没。      参辰 皆な已に没し
去去従此辞。      去り去りて此より辞せん
行役在戦場。      行役 戦場に在り
相見未有期。      相見ること未だ期有らず
握手一長歎。      手を握り一たび長歎すれば
涙為生別滋。      涙は生別のために滋し
努力愛春華。      努力して春華を愛し
莫忘歓楽時。      歓楽の時を忘るる莫れ
生当復来帰。      生きては当に復た来り帰るべし
死当長相思。      死しては当に長く相い思うべし

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髪を結い上げて成人となって以来夫婦となり
慈しみの心は両人とも少しも疑わす信じて暮らして来た
この夫婦の喜び楽しみも、今宵だけである
せめて亦なき良い時を逃がさず、たのしみ、むつに合をう。
とは言うものの、時刻も移り、旅立つ私はこれからの行く先路のことを考えると落ち着かず
起きて夜空の時刻はどのようかと調べて見る
明け方に西の空に出る参星も、東に宵に出た辰星も、皆没して夜は早や明け方になった
いよいよ、これから別れて行く、役目で行く遠地は匈奴との戦場である
また会うのは何時であるか、期日もわからない。
手を握って一たび長い嘆息を吐き
涙が生き別れの為に、しげくふり落ちる
せめて、努めて春の花の様に若く美しい容貌を大切に惜しんで
二人の楽しかった時のことを忘れないでいておくれ。
生きていたなら、当然再び帰ってくるが、
死んだならば当然永遠に思い合っていることを誓をう。
    ※この詩は妻に別れる詩である。死を決して出発する悲愴感の漲るのを感じる詩。
     「努力愛春華」の一句は妻に対す思い遣りが優しいく彩られている。
     蘇武の詩の中で最も傑れたものであると古来から伝える。
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蘇武(−前59) 字は子卿。武帝の時、匈奴に使して、捕らえられが、降伏せず、漢の節旌を持して忠節を全うした。その間、土牢に入れられ、食も給せられず、又、牡羊が孕むことがあるならば、帰国させてやると言って、辺地に羊を牧することを命ぜられた。十九年の後、雁の足に結んだ帛書が漢の宮廷に届いて、その生存が知られて、帰還することができたという。