謝霊雲
         七 里 瀬
羈心積秋晨。      羈心は積秋晨に積る
晨積展遊眺。      晨に積るを遊眺に展ぶ
孤客傷逝湍。      孤客は逝湍に傷み
徒旅苦奔峭。      徒旅は奔峭に苦しむ
石浅水潺湲。      石浅くして水は潺湲たり
日落山照曜。      日落ちて山は照曜す

荒林紛夭若。      荒林は紛として夭若たり
哀禽相叫嘯。      哀禽は相い叫嘯す
遭物悼遷斥。      物に遭い遷斥を悼み
存期得要妙。      期を存して要妙を得ん
既秉上皇心。      既に上皇の心を秉る
豈屑末代誚。      豈に末代の誚を屑みんや
目覩巌子瀬。      目に巌子の瀬を覩
想屬任公釣。      想は任公の釣に屬る
誰謂古今殊。      誰か謂はん古今は殊なりと
異代可同調。      異代も調を同じゅうす可し

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秋のあさ、客愁つもって堪えがたい
つもる愁いを展べはらそうと遊覧に出た
孤独の旅人、我は急流の水にも心を傷め
がけくずれの岸にも心が悩まされる
浅瀬の石の上を水がサラサラと音をたてて流れる
夕日が沈む、山は照り輝いている
林の樹木は思いのままに茂り
鳥の鳴き叫びあう声も悲しく聞こえる
この景物に接して、時節の変りやすいことを悲しむ
隠遁して老子の妙道を得たいとも思う
妙道を得て上帝の心にあやかり身につけることが出来たならば
たとい末の世なる当今の人から責めそしらても、何とも思はない
今、眼前に巌子の釣ををした瀬が見え
想いは任公が東海に釣りをしたことに連らり、彼等に心が引かれる
古と今とは時代が違うと何と謂うことができようか
時代は異なっても彼等と調子を同じくすることができる。
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謝霊雲(384-433) 河南省の人。晉の将軍謝玄の孫。文才があり顔延年と名を斉しくした。従叔父謝混の封、康楽公二千石を継いだので、謝康楽と称された。豪奢な車服器物にすこぶる意匠を凝らしたので世に謝康楽式といった。晉の滅亡後は宋に仕えたが一年にして辞し、従者数百人を連れて山水を尋ね、諸所の勝地に別野を作り、詩賦に心を慰めた。世人の誤解と誣告により、ついに棄市の刑に死んだ。年49歳。その詩文は陶淵明と並び「陶謝」といい、顔延之と併称して、「顔謝」と称される。謝霊雲は山水詩人であり、自然描写に秀で、詩句も巧みである。



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