黄山谷

黄庭堅(1045~ 1105)黄山谷で有名。黄庭堅は学問をする家系に生まれ、7際にして優れたれた詩を作った天稟がる。蔵書家の伯父に養われたことも原因の一つ。博学能文の伯父、謝景初(妻の父)が彼の齋能を開花させた。山谷が示した作詩の著名な方法に≪換骨脱胎法≫が多く視られる。

山谷は『野老紀聞』で多く述べている。 ”詩の意は無窮であり、人の才は限りがある。有限の才で、無窮の意を追うたならば陶淵明や杜甫と雖も尽くすことはできない。然しその意を易えなくてその語を造る。これを換骨法と言う。その易を手本として、形容する。これを脱(或いは ”奪” とも書く)胎法という”

    鄂渚南楼書字
   四顧山光接水光。    山光を四顧すれば 水光に接す
   凭蘭十里芰荷香。    蘭に凭れば十里 芰荷は香ばし
   清風満月無人管。    清風 満月 人の管する無し
   併作南楼一夜涼。    併わせて南楼の一夜の涼と作す

    雨中登岳陽楼望君山 二首ー1
   投荒萬死髩毛班。    荒に投じて萬死 髩毛班たり
   生入瞿塘灎澦関。    生きて入る 瞿塘の灎澦関
   未到江南先一笑。    未だ江南に到らずも先ず一笑す
   岳陽楼上対君山。    岳陽楼上 君山に対す

黄山谷は ”書”に通じ 最も愛玩する”硯”は睡眠する時にも腕に抱き肌身離さず、由って腕を痛めていた。
”風呂に入る時”も愛玩する硯と一緒に入り愛撫していた、と言うエピソードが残っている。