高青邱詩集  (坤)

  真娘暮         (七言絶句)
小塚埋香近翠微。   小塚 香を埋めて翠微に近く
嬌魂幾度月中帰。   嬌魂 幾度か月中に帰る
遊人寒食応惆悵。   遊人 寒食 応さに惆悵すべし
草色青青似舞衣。   草色 青青 舞衣に似たり

(小さな塚には香骨が埋めて虎邱の八合目あたりの翠微のうちにある。真娘のあでやかな魂は幾度か月中に帰ってきたのだろう。虎邱に來た遊人たちは寒食の節には一層惆悵の思いだろう。草は青々として曾ての真娘の舞衣の緑に似ている。)

  西園春暮      (七言絶句)
壮年未甚惜春帰。   壮年 未だ甚はだしく春の帰るを惜しまず
却喜新陰緑上衣。   却って新陰の緑 衣に上るを喜こぶ
乗興独吟斜日裏。   興に乗じて 独吟す 斜日の裏
閉門啼鳥亦來稀。   門を閉じれば啼鳥 亦た來ること稀なり


  和周山人見寄寒食夜客懐之作    (五言律詩)
乱世難為客。   乱世は 客となり難く
流年易作翁。   流年に 翁と作り易し
百憂尋歳暮。   百憂 歳暮を尋ね
孤夢怯山空。   孤夢 山空に怯える   
門掩雲峰裏。   門は掩う 雲峰のうち
灯明雪竹中。   灯は明かなり雪竹の中
無因乗夜訪。   夜に乗じて訪うて   
相慰一尊同。   相慰めて一尊を同じうするに因無し

乱世に流客になっていることも容易ではない。また,流年によって年をとって翁になってしまう。多くの心配ごとは年の暮れと供にやってくる。独り寝の夢は山空の人のいない寂しさに怯える。門を閉じて雲深い峰の谷に住んでいる。灯火は独り明かに雪中の竹を照らす。夜になり,友を尋ね一尊を共にし,相慰めたいと思うが行くことが出来ず残念である。

  何隠君小野     (五言律詩)
移家営別野。   家を移して別野を営み
一径竹扉開。   一径 竹扉 開く
泉満疏渠放。   泉は満ちて渠を疏して放つ
花多借地栽。   花多くして地を借りて栽る
壁間田器挂。   壁間に田器を挂かげ
窓裏浦帆來。   窓裏に浦帆 來る
自恋幽居楽。   自ら恋う幽居の楽
誰言是棄村。   誰か言う是れ棄村と

  元夕聞城中放灯寄諸友    (七言絶句)
江辺残雪閉寒扉。   江辺の残雪 寒扉を閉じる
坐恋梅花未解衣。   そぞろに梅花を恋うて花は未だに衣を解かず  
却懐今宵満城月。   却って今宵 満城の月を懐う
看灯人酔踏歌帰。   灯を看る人は酔って踏歌して帰る

  過山家
流水声中響緯車。   流水 声中 緯車を響かす
板橋春暗樹無花。   板橋 春は暗く 樹に花なし   
風前何処香來近。   風前 何れの処か香來る近し
隔(山奄)人家午焙茶。   隔(山奄)を隔てる人家 午に茶を焙す

  晩過浦西橋      (七言絶句)
春水何長春日短。   春水は何ぞ長く 春日は短し
沙鴎交眠緑莎暖。   沙鴎 交ごも眠って緑莎 暖なり
晩過西橋不見人。   晩に西橋を過ぎて 人を見ず
野梅零落江雲断。   野梅 零落して江雲は断つ

  雨中春望      (七言絶句)
郡楼高望見江頭。   郡楼 高く望み 江頭を見る  
油壁行春事已休。   油壁 行春 事已に休す
落尽棠梨寒食雨。   落ち尽くす棠梨 寒食の雨
只応啼鳥不知愁。   只だ応に啼鳥 愁を知らざるべしに

(結句の,只応啼鳥不知愁 。は世間の小人輩が騒がしく困る,と比喩したもの,と言う見方がある)

  出郭舟行避雨樹下    (七言絶句)
一片春雲雨満川。   一片の春雲 雨 川に満つ
漁簑欲借苦無縁。   漁簑 借りんと欲して 縁なきに苦しむ
多情水廟門前柳。   多情の水廟 門前の柳
遮我孤舟半日眠。   我が孤舟を遮ぎって 半日眠る

(結句:遮我孤舟半日眠。門前の柳が私の小舟を覆い遮る,その柳の下に雨を避けて半日眠った。)

  立春試筆          (七言絶句)
九十日春今日始。   九十日の春は今日に始まり
春盤春勝巧同新。   春盤 春勝 巧に同じく新たなり
従今日日尋春去。   今より日日 春を尋ねて去る
似我閑人有幾人。   我に似たる閑人 幾人か有る

  楓橋送丁鳳
紅葉寺前橋。   紅葉 寺前の橋
停君晩去橈。   君が晩去の橈を停どむ
酔応忘世難。   酔うて応に世難を忘れるべし
帰不計程遥。   帰るに程の遥かなるを計らざる
山隠初沈日。   山は隠れ 初めて日は沈む
風催欲上潮。   風は催うして 潮は上らんと欲す
離魂來此処。   離魂 此に來る処
遇似覇陵銷。   遇た覇陵に銷るに似たり

  廃宅芍薬         (七言絶句)
昔年花発要人催。   昔年 花は要人の催に発き
今日無人花自開。   今日は 人なくして花自から開く
猶有園丁憐国色。   猶を園丁の国色を憐むあり
時容間客借看來。   時に間客の借看し來るを容るす

(中国では木芍薬と言えば牡丹のことを言う。)

  期諸友看范園杏花風雨不果 (七言絶句)  
欲尋春去怕春休。   春を尋ねて去らんと欲して春の休むを怕れる
又値春陰不得遊。   また春陰に値いして遊ぶを得ず
寂寞西園風雨裏。   寂寞たる西園 風雨の裏
杏花比客更多愁。   杏花 客に比して更に愁い多し

  夜聞呉女誦経           (七言律詩)
雲窓月帳散花多。   雲窓 月帳 散花 多し
夙読金経夜若何。   夙に読む金経 夜若何
嬌舌乍弾鴬学語。   嬌舌 さながら弾じて鴬は語を学ぶ
芳心已定井銷波。   芳心 已に定まりて井 波を銷す
尼師会教青蓮偈。   尼師かゆて教える青蓮の偈
聴処若迷空色相。   聴く処 若し空色相に迷わば
応須愁殺病維摩。   応に病維摩を愁殺すべし

(雲月は窓帳に映じて天女に散花を降らすようだ,静かに御経を読んでいるなまは,天上の極楽のようだ。嬌舌を弾ずるを聞けば鴬が囀るように美しい,尼僧の芳心が禅定に心を須ますさまは井戸の中の波が立たないように深情である,この比丘尼はかって青蓮の偈を教わったであろう。女伴たちは白苧の流行り歌を歌っている。こお尼僧はこれを聞いて空即景色の迷うことはないであろう。迷うことがあれば天竺の悩める達摩は尼僧の悟りの道の不足を心配して愁うだろうと戯れている。)

  賦得寒山寺送別         (七言律詩)
楓橋西望碧山微。   楓橋 西に望めば碧山 微なり
寺対寒江独掩扉。   寺は寒江に対し独り扉を掩う
船裏鐘催行客起。   船裏の鐘は行客の起を催さす
塔中灯照遠僧帰。   塔中の灯は遠僧の帰るを照らす
漁村寂々孤煙近。   漁村寂々として孤煙近し
官路粛々衆葉稀。   官路粛々として衆葉稀れなり
須記姑蘇城外泊。   すべからく記すべし姑蘇城外の泊
鳥啼時節送君違。   鳥啼の時節 君を送ること違いしを

  芹                   (五言絶句)
飯煮憶青泥。   飯を煮て青泥を憶い
炊羹思碧澗。   羹を炊いて碧澗を思う
無路献君門。   君門に献ずるに路なし
対案空三歎。   案に対し空しく三歎

(飯に炊き込む時は青泥坊底の芹のことを思い出す。これは杜甫の詩にあるので暗に杜甫の事を追憶し,羹を煮る時は劉伶の南澗の芹を思い会わせる。芹はつまらないものだが,農夫が天子に芹を献じて忠君の志を傳えたように,天子に芹を献上したいが,要路は塞がっていて忠義も出来ないこの世n中だ。机に向って,ただ芹の美味を三歎すると共に,現世の非道を三歎するのみ)

  雨中暁臥 (一)    (七言絶句)
井桁鳥啼破曙煙。   井桁 鳥啼いて曙煙を破る
軽寒薄被落花天。   軽寒 薄被 落花の天
閑人晴日猶無事。   閑人 晴日 猶を無事
風雨今朝正合眠。   風雨 今朝 正に眠りに合う

  虎邱
望月登楼海気昏。   月を望み楼に登れば海気昏らし
剣池無底鎮雲根。   剣池は底なく雲根をしずむ
老僧只恐山移去。   老僧 只だ山の移り去るを恐れ
日落先教鎖寺門。   日は落ちて先ず鎖寺門を鎖さしむ

  聞旧教坊人歌
渭城歌罷独凄然。   渭城の歌罷んで独り凄然たり
不及新声世共憐。   新声 世と共に憐れむに及ばず
今日岐王賓客尽。   今日 岐王 賓客尽く
江南誰識李亀年。   江南 誰れ識らん李亀年を

(王維の渭城の歌朝雨軽塵をうるおすの送別の古い歌が終わり一人凄然として傷ましい感に胸いっぱいになった。世間の人は新曲を憐れむほど好きで,昔の歌はもう廃れてしまった。杜甫が江南李亀年の
詩に「岐王宅裏尋常見,崔九堂前幾度聞,正是江南好風景,落花時節又逢君」と歌うが,今日では岐王のところには,賓客など一人も来ないのだから,江南で李亀年に逢うことなど,あり得ないことだ。何と世の中は変わったものであろう。)

  山中別寧公帰西場
一上香台看落暉。   一たび香台に上って落暉を看る
沙村孤樹晩依微。   沙村 孤樹 晩に依微たり
老僧不出青山寺。   老僧 出ず青山の寺
只有鐘声送客帰。   只だ有り鐘声の客の帰るを送るを

  寒夜逢徐七
松下柴門密雪封。   松下の柴門 密雪封じ
故人驚喜夜相逢。   故人 驚喜して夜る相逢う
明朝帰棹還当別。   明朝 帰棹 還た当に別なるべし
莫聴風橋寺裏鐘。   風橋 寺裏の鐘を聴くこと莫れ

  寄家書
底事郷書累自修。   底事ぞ郷書の自修を累らわすを
路長唯恐有沈浮。   路長くして唯だ沈浮あるを恐れる
還憂将到家添憶。   還た将に家に到りて憶いを添えるを憂い
不敢多言客裏愁。   敢えて多く客裏の愁を言はずなるべし

(故郷に手紙を自分で再々書くのは,旅の途中何か異変でも有るのを心配するからか,また家に帰って家人に心配させてはと思うからか。この際は旅のことは,書かない方が好いと思う)

  夜泊毘陵道中遇雨 (一)
憶自家中向晩辺。   憶う家中より晩に向うの辺りを
酔看児女笑灯前。   酔うて児女の灯前に笑うを看る
孤舟今日毘陵道。   孤舟 今日 毘陵の道
独枕篷窓聴雨眠。   独り篷窓に枕して雨を聴いて眠る


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