黄葉夕陽村舎詩  巻2,  菅茶山   巻第二、自天明癸卯至乙巳

   題画
茅堂客散寂寒林。     茅堂 客散じて 寂たり寒林
松籟微微水韻深。     松籟 微微 水韻

   月夜看花
山花開落旧時枝。      山花 開落す 旧時の枝
江月陰晴此夜悲。      江月 陰晴 此の夜の悲しみ
二十年来詩酒社。      二十年来 詩酒の社
半帰泉下半天涯。      半ばは泉下に帰し 半ばは天涯
○:子成曰く:=長慶

   姜公
姜公罷釣伯成耕。      姜公 釣を罷め伯成は耕す
雛舎雖殊各適情。      雛舎 殊なりと雖も 各々情に適う
我已業農多佚楽。      我已に農を業として 佚楽 多し
君能飲酒是豪英。      君能く酒を飲む 是れ豪英
携樽時逐群童去。      樽を携え 時に群童を逐うて去き
荷簣晴随孤犢行。      簣を荷うて 晴れれば孤犢に随うて行く
村市放鳶風裊裊。      村市 鳶を放ち 風裊裊
陂塘浸種水盈盈。      陂塘 種を浸して 水盈盈たり
○=:是古詩而恊声律者亦気象俊逸可誦

   夜坐似海道士
一灯寒影照幽閒。      一灯の寒影 幽閒を照らす
時有風声到樹間。      時に風声の樹間に到る有り
偶坐無言夜将半。      偶坐 言無く 夜将に半ばならんとす
誰知楽意自相関。      誰か知らん 楽意 自ら相関するを
○子成曰く:是等詩乃先生正法眼蔵。

  呈大肇上人兼寄林元隆
詩社凋零六七年。     詩社 凋零 六七年
逢君話旧一悽然。     君に逢うて旧を話すれば一に悽然たり
帰来為問林希逸。     帰来為に問う 林希逸
注到南華第幾篇。     注して南華の第幾篇に到ると
○大肇上人:福山市鞆町地蔵院住職。
○林元隆:同じ句鞆町の医師。
○林希逸:荘子の南華経を書いた人。△:中国の林氏に擬したもの。

  詠史
無髭類官者。    髭無きは 官者に類し
多髭似羯胡。    髭多ければ羯胡に似たり
奇禍応有自。    奇禍は応に自ら有るべし
不関髭有無。    髭の有無に関らず
○解釈:髭の無いのは宦官に類し、髭の多いのは野蛮人に似ている。その禍に遭った者は、何かそれ相応の畏友があってのことで、何も髭の有無だけのことではあるまい。

   所見
山間市散午簫騒。    山間市散じて 午簫騒たり
一路衝風竹木号。    一路 衝風 竹木 号ぶ
売炭老翁行且語。    炭を売るの老翁 行く行く且つ語る
隣村生縛緑林豪。    隣村 緑林の豪を生縛すと
○緑林豪:豪は親分。前漢末貧民や無頼の徒が緑林山(中国湖南省)に立て籠もり盗賊集団となった事から言う。山賊の親分。
○解釈;山間の村で市の賑わいが終わり、ひっそりとした昼下がり、急に竹木が突風に吹かれるような騒ぎが起こったのは何事だろう。炭売りの爺さんが話しながら行く言うのを聞くと、隣村で山賊の親分が生け捕りにされたそうだ。

  雪日至自桃(百)谷
初飄行袖払偏軽。      初め行袖を飄して払い偏へに軽く
梢集枯𦫿鋪未平。      梢々枯𦫿に集って鋪いて未だ平らかならず
植杖方知巾角重。      杖を植えて方に巾角の重きを知り
帰村已見竹身横。      村に帰り已に竹身の横たはるを見る
忽来悟上融成暈。      忽ち悟上に来って 融けて暈を成し
漸積簷端崩有声。      漸く簷端に積んで崩れて声有り
魯国例応煩史筆。      魯国 例に応に 史筆を煩はすべし
試深階砌尺将盈。      深さを試みれば階砌 尺将に盈ちんとす
○魯国例:=中国の春秋時代、魯の国では雪が一尺以上積もり初めて史書に記録した。

   王右丞鼓琴図
孤館爽籟和君琴。      孤館の爽籟 君が琴に和し
深林明月照君心。      深林の明月 君が心を照らす
喜見百官再朝天。      喜び見る百官 再び天に朝し
西壯松筠了夙緑。      西風松筠 夙に緑を了するを
秋風野煙生万戸。      秋風野煙 万戸に生ず
誰憐一病縁明主。      誰れか憐れまん一病明主に縁あるを
曲終空山夜転清。      曲終って空山 夜転々清し
忽億凝碧池頭声。      忽ち億う凝碧池頭の声
○王右丞:=右丞は官名で大臣にあたる。唐代の文人としても著名な王維のこと。詩人としても李白…杜甫と並ぶまた画人としても南画の祖と仰がれる。『詩中に画有り、画中に詩有り』と称された。玄宗皇帝の唐朝は安禄山の乱で都落ちしたが、王維は逃げ遅れて捕らえられた。この時、帰順を迫られた遂に随わず、凝碧池畔の宴席で詩をつくらせられた。その詩も安禄山に反意を示すものであった。後再び唐朝が蘇り官に即いたが、その忠誠を疑われ、殺されようとしたが、曾って凝碧池の詩作のあつたことが認められて死を免れた。許されて再び官に喚び戻されたが卑官であった。

    Dec  15  2009     石 九鼎