小 淞

伊勢小淞名氏華字君韡本姓北条氏長門人文政五年壬午生

     向陽楼題壁
旧識美人多緑葉。    旧識の美人 多くは緑葉
同遊名士半黄泉。    同遊の名士 半ば黄泉
酒酣獨倚欄干月。    酒酣にして獨倚る欄干の月
惆悵無歓似昔年。    惆悵す歓の昔年に似たる無し

      題箸筐
借時能息六王議。    借る時能く息む六王の議
失処終開三国基。    失する処 終に開く 三国の基
誰識家常双箸子。    誰か識る 家常の双箸子
曽為両漢帝王資。    曽て両漢帝王の資と為る

      水楼晩眺
岸花影落春波碧。    岸花 影落て 寒天欲
山色蒼寒天欲夕。    山色 蒼寒 天 夕ならんと欲す
渡口一舟横白沙。    渡口 一舟 白沙に横る
飛魚出水高三尺。    飛魚出水高三尺

       墨牡丹
漫将烏玉写猩紅。    漫に烏玉をもって猩紅を写すべきに
感慨誰知存此中。    感慨 誰か知らん存此中に存すべし
京洛名園焦土後。    京洛の名園 焦土の後
何株依旧著春風。    何の株 旧に依て春風を著す
                                  
       法泉寺村【在防洲山口)
暗水淙淙脚下聞。    暗水 淙淙 脚下に聞く
参天老樹鬱如雲。    天に参ず老樹 鬱として雲の如く
杜鵑叫破森林雨。    杜鵑 叫破す森林の雨
中有南朝帝子憤。    中に南朝 帝子の憤有り

       春夜偶成
酒醒夜半四無譁。    酒醒て夜半 四もに譁しき無し
起煽銅缾手煮茶。    起て銅缾を煽いで手ずから茶を煮る
開戸皎然月如水。    戸を開ば 皎然 月 水の如し
瑞香薫徹一籬花。    瑞香 薫徹す一籬の花