香 雨

奥田香雨名謙字士譲一字超然尾張人天保十四年癸卯生。

      自題詩痩楼壁
花気薫人已破禅。    花気人を薫して已に破禅
月明吹笛欲登仙。   月明笛を吹いて登仙ならんと欲す
風流罪過詩因果。   風流の罪過詩の因果
算得一年多一年。   算し得れば一年一年多し

      青衫
青衫幾度感琵琶。   青衫幾度か琵琶を感ず
又向花前酔聴歌。   又花前に向かって酔て歌を聴く
灯下背人偸点検。   灯下人に背て偸に点検すれば
酒痕却少涙痕多。   酒痕却って少して涙痕多し

      題清水寺壁
落花啼鳥恨如何。   落花啼鳥恨み如何
古仏龕前簇綺羅。   古仏龕前綺羅に簇る
誰把愁糸能貫得。   誰か愁糸を把て能く貫し得
涙珠多似念珠多。   涙珠多念珠多きに似たり

      蘭菊合図
屈子丰神陶小影。   屈子の丰神陶の小影
墨痕併写半銷秋。   墨痕併写す半銷の秋
露花風葉君看取。   露花風葉君看取せよ
蘭是騒魂菊隠流。   蘭は是れ騒魂菊は隠流

      路上逢雨
片雲離岫夕陽頽。   片雲岫を離て夕陽頽る
破駅秋寒墜葉堆。   破駅秋寒して墜葉堆し
日墓馬頭風倏変。   日墓馬頭風倏変
雨丸豆大打人来。   雨丸豆大人を打つて来る

      漫写
水中鏡花描不成。   水中鏡花描成らず
詩従空処得真情。   詩は空処より真情を得る
能写春愁澹於影。   能写す春愁影よりも澹し
麗才何止玉谿生。   麗才何止玉谿生