雲嶺

石野雲嶺。字希之別号天均駿河之人。寛政二年庚戌生。

    夏日早起
嘒嘒声中正曙暉。    嘒嘒たる声中 正に曙暉
長松翠合蔚林扉。    長松 翠合 林扉を蔚つ
閑庭手為払蛛網。    閑庭 手ずから 蛛網を払い為す
只恐吟蝉触禍機。    只だ恐るる 吟蝉の 禍に触する機を

   得枕山書時余憂眼疾
昨夜吟灯頻結花。    昨夜 吟灯 頻りに花を結ぶ
果欣存問及荘窩。    果して欣ぶ存問 荘窩に及ぶを
眼昏近損読書課。    眼昏 近ごろ損う 読書の課
却恨雲箋行不多。    却って恨む 雲箋 行くこと多からずを

    北条早雲
人心収覧在将軍。    人心 収覧 将軍に在り
龍変果看希世勲。    龍変 果して看ん 希世の勲
誰計一行三畧字。    誰か計らん一行 三畧の字
散成関左八州雲。    散じて関左八州の雲と成す

     源頼政射恠禽図
猿首虎身蛇蝎尾。    猿首 虎身 蛇蝎の尾
笑他好恠衒丹青。    笑う他の 恠に好し 丹青を衒う
誰知繋影捕風手。    誰が知らん 影を繋ぎ 風を捕えし手
一発鳴弦射未形。    一たび鳴弦を発するも 未だ形を射らず

    太白捉月図
皎月水天同一団。    皎月 水天 同く一団
酔時猶作少年看。    酔時 猶を少年の看を作す
由来才絶却痴絶。    由来 才絶 却って痴絶
誤捉江心白玉盤。    誤りて捉る江心の白玉盤

      蛍入書室
的皪飛蛍来照書。    的皪たり 飛蛍 来りて書を照らす
書窓代燭亦何迂。    書窓 燭に代えて 亦た何ぞ迂なる
有時腐草明如許。    時に有り 腐草 明に許すが如く
半世嗤他守腐儒。    半世 嗤う他の 腐儒を守るを

      菊花盛開
萬地黄金句�謾成。    萬地 黄金 句�謾成
千秋不免引商評。     千秋 商評を引くこと 免がれず
荊公一世多偏見。     荊公 一世 偏に見ること多く
枉信騒人餐落英。     枉げて信ず 騒人 落英を餐するを

      観 碁
対局巳痴看更痴。     対局 巳に痴 看更に痴
答焉無語関機時。     答焉 語る無く 機に関する時
只能知此閑中趣。     只だ能く知る此の閑中の趣
不笑坡公不解碁。     笑らはず 坡公 碁を解せざりしを