與謝野鉄幹

與謝野鉄幹.歌人。西本願寺の與謝野尚綱、法号礼厳の五男、明治6年2月生まれる。
鉄幹と号す。幼年にして両親より国学漢籍を学ぶ。13年八歳にして鹿児島名山小学校に転じ「兵児の社」に入り、傍ら漢学塾に学修、16年京都に還る。

22年西本願寺にて得度する。25年東京に出で苦学す、後落合直文に師事し、森鴎外、井上哲治郎、大町桂月等と相交る。27年「亡国の音」を発表、旧派短歌排擊に着手。29年、明治書院の編修主任となり、爾後詩集「東西南北」「天地玄黄」を刊行、詩歌の口語運動に従う。

33年、新詩社を創立し「明星」を発刊、翌年・鳳晶子と結婚する・「日本語原考」晩年、の著述に従事するが為らず。明治10年3月26日、没。年63.


         高梁客舎昨
薇北多奇勝。   薇北 奇勝 多し
軽車載筆行。   軽車 筆を載せて行く
危峰雲出没。   危峰 雲 出没
長峡水縦横。   長峡 水 縦横
郷古孤城秀。   郷古りて 孤城 秀いで
秋晴萬樹明。   秋晴れて 萬樹 明かなり
方翁旧棲処。   方翁 旧棲の処
猶有読書声。   猶を読書の声あり

          暖生書閣
天晴暖生閣。   天晴れて暖 閣に生じ
獨座気悠哉。   獨座 気 悠なる哉
籬落猶残雪。   籬落 猶を残雪
庭除既早梅。   庭除 既に早梅
自憐耽古学。   自ら憐む 古学に耽るを
誰識盡駑才。   誰か識らん 駑才を盡すを
知己唯春色。   知己 唯 春色
陳編堆裏来。   陳編 堆裏に来る

          南楼秋夕
唱酬無客奈何過。   唱酬 客無く 奈何か過ぎん
此夕南楼獨蕭歌。   此の夕 南楼 獨り蕭歌する
莽莽蒼蒼天抱野。   莽莽蒼蒼 天 野を抱き
秋風一雁月明多。   秋風 一雁 月明 多し

        遥青書屋
衡門非避世。   衡門 世を避けるに非ず
書巻日相親。   書巻 日に相い親しむ
且遂移居志。   且つ移居の志を遂げ
長為学古学。   長く古学の人と為る
蕉舒吟緑映。   蕉 舒びて 緑映を吟じ
花落踏香塵。   花 落ちて 香塵を踏む
此裏逍遙味。   此の裏 逍遙の味
陶然似飲醇。   陶然 醇を飲むに似たり

          嫩江泛舟
嫩江五月柳花津。   嫩江五月 柳花の津
来作将軍劉氏賓。   来り将軍 劉氏の賓と作す
倒映落霞沙帯紫。   倒(さかしま)に 落霞に映じ 沙 紫を帯び
斜涵新月浪翻銀。   斜に新月を涵して 浪 銀を翻えす
辺彊侑酒皆従卒。   辺彊 酒を侑む 皆な 従卒
画舫揺橈是主人。   画舫 橈を揺す 是れ 主人
歓会何時復如此。   歓会 何時 復た 此くの如き
半宵臨別涙霑巾。   半宵 別に臨み 涙 巾を霑す
           赴齊齊哈爾車上     ※哈爾=哈爾浜=中国東北・ハルピン。
行盡東蒙路。   行き盡す東蒙の路
望中無一樹。   望中 一樹 無し
沙吹天倒昇。   沙 天を吹き 倒昇
日與車横度。   日は車と 横ざまに度る
五月既聞虫。   五月 既に虫を聞く
終年不知露。   終年 露を知らず
興安嶺那辺。   興安嶺那の辺ぞ
萬里蒼蒼暮。   萬里 蒼蒼として暮る

           登千山宿大安寺
清澈上方気。   清澈 上方の気
不許客衣単。   許さず客衣の単なるを
童子為吹火。   童子 為に火を吹く
煙颶松樹間。   煙は颶る 松樹の間
寺在群峰表。   寺は群峰の表に在り
向晩転高寒。   晩に向って 転た高寒
願俟詩骨痩。   願はくは詩骨の痩するを俟って
抱巻住千山。   巻を抱いて千山に住せん

    09/04/10     石 九鼎