★★ 賓 王★★      石 九鼎漢詩館

初唐四傑の一人。武后の上書して臨海丞に追いやられたが,文明中に武后の罪を責めて「徐敬業の乱」に加わった。武后はその文に「一杯之土未乾,六尺之孤安在」の句があるののに読み至り,心を打たれた。このような才人を失った事を惜しんだ。「易水送別」題する詩は武后が唐の帝位を奪ったのを慨して,荊軻の事を詠じ伝説では杭州の西の霊隠寺の僧に身をやつしていたと言う。「帝京篇」は都の繁華と貴族たちの享楽生活を,胸中にわだかまる満たされない志しを詠じる。七言古詩を得意とし,六朝時代まで人々が賦の形式を借りて長篇ななるべき主題を展開して来たのに比較すると,内容的に自由で,美しい表現に到達した。

   
     
於易水送人。     易水に於いて人を送る
   此地別燕丹。    此の地 燕丹の別る。
   壮士髪衝冠。    壮士の髪冠を衝く
   昔時人已没。    昔時の人已に没し
   今日水猶寒。    今日 水猶を寒

     
帝京篇
   山河千里国        山河千里の国 
   城闕九重門        城闕九重の門
   不観皇居壯        皇居の壯なるを観ずんば
   安知天子尊        安んぞ天子の尊きを知らん
   皇居帝里崤函谷     皇居 帝里 崤函谷 
   鶉野龍山侯甸服      鶉野 龍山 侯甸服
   五緯連影集星纏     五緯 連影を連ねて星纏に集まる
   八水分流横地軸     八水 流れを分かつて地軸に横たわる
   秦塞重関一百ニ     秦塞の重関は一百ニ 
   漢家離宮三十六     漢家の離宮は三十六
   桂殿嶔岑対玉楼     桂殿は嶔岑として玉楼を対せしめ
   椒房窈窕連金屋     椒房は窈窕として金屋を連ねる

   三條九陌麗城隈     三條 九陌 城隈に麗き
   万戸千門平旦開     万戸 千門 平旦に開く
   複道斜通鳷鵲観     複道斜めに通ず鳷鵲観
   交衢直指鳳凰台     交衢 直ちに指さす鳳凰台
   剣履南宮入        剣履南宮に入り
   簪纓北闕来        簪纓北闕より来る     
   声明冠寰宇        声明 寰宇に冠たり
   文物象昭回        文物 昭回に象る
   鉤陳粛蘭(戸巳)     鉤陳 蘭(戸巳)に粛たり
   壁沼浮槐市        壁沼 槐市を浮かぶ
   銅羽応風回        銅羽 風に応じて回り
   金茎承露起        金茎 露を承けて起つ
   校文天禄閣        文を校すは天禄閣
   習戦昆明水        戦いを習はすは昆明水
   朱邸抗平台        朱邸は平台に抗し
   黄扉通戚里        黄扉は戚里に通ず



          
                             函谷関

             晩泊江鎮
           四運移陰律。    四運は陰律に移り
           三翼泛陽功。    三翼は 陽功に泛ぶ
           荷香鎖晩夏。    荷の香は晩夏に鎖ざし
           菊気入新秋。    菊の気は新秋に入る
           夜鳥喧粉堞。    夜鳥は粉堞に喧しう
           宿雁下盧州。    宿雁は盧州に下る
           海霧籠辺繳。    海霧は辺繳に籠り
           江風繞戌楼。    江風は戌楼を繞る
           轉蓬驚別渚。    轉蓬は驚別渚に驚き
           徒橘愴離憂。    徒橘は離憂を愴む
           魂飛灞陵岸。    魂は灞陵の岸に飛び
           涙盡洞庭流。    涙は洞庭の流に盡く
           振影希鴻陸。    影を振いて鴻陸を希い
           逃名謝蟻丘。    名を逃れて蟻丘に謝る
           還嗟帝郷遠。    還た帝郷の遠きを嗟き
           空望白雲浮。    空しく白雲の浮かぶを望む
詩語解説。
   辺繳=国境の砦
   轉蓬
漂泊の身のたとえ
   徒橘
漂泊の身のたとえ
   灞陵岸長安城の東の地
   
鴻陸大陸
   蟻丘
狭少な地のたとえ

               剤獄詠蝉
           西陸蝉声唱。    西陸に蝉声は唱い
           南冠客思侵。    南冠に客思は侵る       
           那堪玄鬢影。    那んぞ堪えん玄鬢の影
           来対白頭吟。    来たり対す白頭吟
           露重飛難進。    露は重もくして飛べども進み難く
           風多響易沈。    風は多くして響きは沈み易すし
           無人信高潔。    人の信に高潔なる無ければ
           誰為表予心。    誰が為にか予が心を表さん
詩語解説
  南冠=異郷に囚われ人となること

               詠 懐
           少年識事浅。    少年は 事を識ること浅く
           不知交道難。    交道の難きを知らず
           一言芬若桂。    一言 芬(かおり)は桂の若く
           四海臭如蘭。    四海 臭いは蘭の如とす
           寳剱思存楚。    寳剱もて 楚を存せんことを思い
           金鎚許報韓。    金鎚もて 韓に報いんことを許す
           虚心徒有託。    虚心 徒らに託する有るも
           循迹諒無端。    迹を循んとすれば 諒に端無し
           太息関山険。    関山の険に太息し
           吁嗟歳月闌。    歳月の闌ぎたるを吁嗟く
           忘機殊会俗。    忘機を忘れて 会俗に殊なり
           守拙異懐安.。    拙を守りて 懐安に異なる
           阮籍空長嘯。    阮籍は空しく長嘯し
           劉琨独未懽。    劉琨は独り未だ懽しまず
           十歩庭芳歛。    十歩の庭の芳は歛み
           三秋隴月圑。    三秋の隴月は圑し
           槐疎非尽意。    槐は疎なるも意を尽くしたるに非ず
           松晩夜凌寒。    松は晩くして 夜に寒さを凌ぐ
           悲調弦中急。    悲しき調べは 弦中 急なり
           窮愁酔里寛。    窮愁をば酔の里に寛ろうす
           莫将流水引。    将に流水引をして
           空向俗人弾。    空しく俗人に向いて弾くこと莫かしるむべし

存楚=楚の平王に父と兄を殺された伍員が『我れ必ず楚を覆えさん』と報復を誓ったのに対して,楚の太夫の申包胥が『我れ必ず之を存せん』と誓った。後に,呉に敗れた楚を復興させた故事。
報韓=秦に滅亡された韓の遺臣・張良が,韓のために仇を報いんと始皇帝を突け狙い大力の士お求めて,始皇帝の車に鉄鎚を投げさせた故事。
懐安=安逸をひたすら貪ること,
阮籍空長嘯=阮籍が魏・晋・交迭の時に,生来抱き続けた救世の志を遂げる事が出来ず,終日,忽然として長嘯くしていたことに元ずく故事。
劉琨独未懽=西晋の忠臣で,孤軍奮闘,匈奴との苦しい戦いを続けた劉琨の懽びの少なかった生涯うぇ言う。何れも報国の志の遂げられぬ嘆きを意味する。
流水引=伯牙と鐘子期の故事
=雅楽器に序・破・急のリズムが有ることを知るべし


               在獄詠蝉     獄に在りて蝉を詠ずる
           西陸蝉声唱。    西陸 蝉声 唱い
           南冠客思侵。    南冠 客思 侵す
           那堪玄鬢影。    那ぞ堪えん玄鬢の影
           来対白頭吟。    来りて白頭吟に対す
           露重飛難進。    露重くして飛ぶも進み難し
           風多響易沈。    風多くして響き沈み易し
           無人信高潔。    人の高潔を信ずる無し
           誰為表予心。    誰が為めに予が心を表さん
詩語解説:
収賄の罪に問われて獄に下され,獄の庭に枯れかかった数本の槐の木があった。夕暮れになると,蝉が鳴く,その蝉の高潔でありながら,短命である事に感じた賓王は,蝉の姿,蝉鳴に自分を映しだし作詩したもの。

             寒夜独坐遊子多懐簡知己    寒夜独り坐して遊子を懐い多く知己に簡す
           故郷眇千里。    故郷 千里眇かなり
           離憂積萬端。    離憂 萬端を積む
           鶉服長悲砕。    鶉服 長く悲砕し
           蝸盧未卜安。    蝸盧 未だ安きを卜せず
           富鉤徒有想。    富鉤 徒らに想いあり
           貧鋏為誰弾。    貧鋏 誰が為に弾ぜん
           柳秋風葉脆。    柳秋 風葉は脆く
           荷暁露文圑。    荷暁 露文は圑し
           晩金叢岸菊。    晩金 岸菊叢がる
           餘佩下幽蘭。    餘佩 幽蘭下る
           伐木傷心易。    伐木 心を傷ましるむは易く
           維桑帰去難。    維桑 帰へり去るは難し
           独有孤明月。    独り 孤の明月あり
           時照客庭寒。    時に 客庭を照らして寒し

徐敬業に加担して敗れた後,諸方を逃げ回る途中に作詩したものと考えられる。


参考文献:
       佐藤一郎:中国文学史・慶応義塾大学出版会
       駱賓王文集・巻5.巻2.
       六朝詩の研究::第一学習社:森野繁夫著

2007/12/28    石 九鼎