薛涛詩選集 
                     七言絶句

 薛涛は魚玄機と比較される共に唐代の女流詩人である。薛涛は「長安の良家の娘」とされるが定かでない。聞一多の「唐詩体系」では(768-831).薛涛は成都で「薛涛牋」を創案し、芸者ながら女流名士として送り、64歳の天寿を まっとうした。魚玄機の26歳?の刑死と詩作が対比されるが封建社会の文学的教養から疎外された時代、女性が詩人として立派な詩を書き残している意義は尊い。薛涛は七言絶句が得意だった、七言絶句が圧倒的に多い。

  酬韋校書
 芸山誤比荊山玉      芸山誤りて荊山の玉に比す
 那是登科甲乙年      那んぞ是れ登科 甲乙の年
 淡地鮮風将綺思      淡地 鮮風 将に綺思なるべし
 飄花散蘂媚晴天      花を飄し蘂を散じ晴天に媚びる

  題竹郎廟
 竹郎廟前多古木      竹郎廟前 古木多し
 夕陽沈沈山更緑      夕陽沈沈 山 更に緑なり   
 何処江頭有笛声      何処か江頭 笛声あり
 笛声尽是迎郎曲      笛声 尽す是れ郎を迎える曲

  聴僧吹蘆管
 暁蝉鳴咽暮鶯愁      暁蝉 鳴咽し暮鶯愁う
 言語慇懃十指頭      言語 慇懃に十指の頭り
 罷閲梵音聊一弄      梵音を閲するを罷め聊か一弄す
 散随金磬泥清秋      散じて金磬に随い清秋に泥ずむ

  酬郭簡州寄柑子
 霜規不譲黄金色      霜規 譲らず黄金の色
 圓質仍含御史香      圓質 仍ほ含む御史の香り
 何処同声情最異      何処か声を同じくす情 最も異る
 臨川太守謝家郎      臨川の太守 謝家の郎

  斛石山書事
 王家山水畫圖中      王家の山水 畫圖の中
 意思都盧粉墨容      意に思う都べて盧粉墨の容た
 今日忽登虚境望      今日 忽ち虚境に登りて望む
 歩揺冠翠一千峰      歩揺 冠翠 一千峰

  賦凌雲寺(一)
 聞説凌雲寺裏苔      聞くならく凌雲寺裏の苔
 風高日近絶繊埃      風高く日は近し繊埃を絶え
 横雲点染芙蓉壁      雲に横たはり点染す芙蓉の壁
 似待詩人宝月来      詩人を待ち宝月の来るに似たり

  賦凌雲寺(二)
 聞説凌雲寺裏花      聞くならく凌雲寺裏の花
 飛空遶磴逐江斜      飛空 遶磴 江を逐て斜なり
 有時鎖得[女 常]娥鏡   時に[女 常]娥の鏡を鎖ざし得る有り
 鏤出瑤台五色霞      瑤台に鏤ばめ出だす 五色の霞

  九日遇雨〈一)
 萬里驚飆朔氣深      萬里 驚飆 朔氣 深し
 江城蕭索晝陰陰      江城 蕭索 晝 陰陰たり
 誰憐不得登山去      誰か憐れまん登山すること得ずして去るを       
 可惜寒芳色似金      惜しむ可し寒芳 色は金に似たり      

  九日遇雨〈二)
 茱萸秋節佳期阻      茱萸の秋節 佳期 阻ばむ
 金菊寒花満院香      金菊寒花 満院 香し
 神女欲来知有意      神女来らんと欲し知る意あるを      
 先令雲雨暗池塘      先ず雲雨をして池塘を暗さしむ

  上王尚書
 碧玉双幢白玉郎      碧玉の双幢 白玉郎
 初辞天地下扶桑      初めて辞す天地 扶桑に下るを
 手持雲椽題新榜      手に雲椽を持し新榜を題す
 十萬人家春日長      十萬の人家 春日 長し

  海棠渓
 春教風景駐仙霞      春 風景をして仙霞を駐めさしむ       
 水面魚身総帯花      水面の魚身 総て花を帯びる
 人世不思雲月異      人世 思はず雲月の異るを
 競将紅纈染軽沙      競って紅纈を将て軽沙を染める

  試新服裁製初成〈三首乃一)
 九氣分為九色霞      九氣 分して九色の霞と為る      
 五雲仙馭五雲車      五雲の仙馭 五雲の車
 春風因過東君舎      春風 東君の舎を過ぎるに因って
 偸様人間染百花      様を偸んで人間 百花を染める

  試新服裁製初成〈三首乃二)
 長裾本是上清儀      長裾 本と是れ清儀に上る
 曾逐群花把玉芝      曾つて群花の玉芝を把るに逐い      
 毎到宮中歌舞会      毎に宮中に到る歌舞の会
 折腰斎唱歩虚詞      折腰 斎しく唱う歩虚の詞
     
  贈遠(二首乃一)
 芙蓉新落蜀山秋      芙蓉 新たに落つ蜀山の秋
 錦字開緘到是愁      錦字 緘を開く 到とく是れ愁う
 閨閣不知戎馬事      閨閣 知らず戎馬の事 
 月高還上望夫楼      月高く還た上る 望夫楼 

  秋泉
 冷色初澄一帯煙      冷色 初めて澄む一帯の煙
 幽声遥潟十絲弦      幽声 遥かに潟そぐ十絲の弦
 長来枕上牽情思      長なえに枕上に来たって情思を牽く
 不使愁人半夜眠      愁人をして半夜の眠を使らしめず 

  柳絮
 二月楊花軽復微      二月の楊花 軽るく復た微なり
 春風飄蕩惹人衣      春風 飄蕩 人衣を惹く
 他家本是無情物      他家 本と是れ無情の物
 一向南飛又北飛      一たび南飛に向かい又た北飛す

 十離詩
元微之使蜀。巌司空遣涛往侍。後因事獲怨。遠之。涛作十離詩以献。因復善焉。

 犬離主(其の一)
馴擾朱門四五年     朱門に馴擾し 四五年
毛香足淨主人憐     毛香り足淨く主人は憐む
無端咬着親情客     端し無く咬着す親情の客
不得紅絲毯上眠     紅絲の毯上に眠ることを得ず

 筆離主〈其の二)
越管宣毫始称情     越管 宣毫 始め情に称う
紅箋紙上撒花瓊     紅箋紙上 花瓊を撒く
都縁用久鋒頭尽     都とく用いること久しく鋒頭の尽るに縁る
不得羲之手裏フ     羲之の手裏にフげられるを得ず

 鸚鵡離籠〈其の三)
隴西獨自一孤身     隴西 獨り自ら一孤身
飛去飛来上錦茵     飛去飛来 錦茵に上る
都縁出語無方便     都て出語の方便なきに縁る
不得籠中再喚人     籠中に再び人を喚ぶことを得ず

 燕離巣(其の四)
出入朱門未忍抛     朱門に出入し未だ抛げうつに忍ばず
主人常愛語交交     主人 常に愛す語の交交
銜泥穢汚珊瑚枕     泥を銜み穢汚する珊瑚の枕
不得梁間更塁巣     梁間 更に巣を塁するを得ず


    リンクは自由です。無断で複製・転載することを禁じます
                    石九鼎の漢詩館
         thhp://www.ccv.ne.jp/home/tohou/rek16.htm