坂井虎山
坂井虎山(1798〜1850)。名は華。字は公実。通称・百太郎。号を虎山また臥虎山と称う。広島藩坂井東派の長子としてうまれる。句読を父に又、岡田嘉祐に学ぶ。のち、藩校にはいる。頼春水は坂井虎山の才智を愛し、その将来を期待した。虎山の山名は市内の比治山のこと。現在も樹木鬱蒼としているが当時は遠方からは虎が臥して様に看えたので言う。。

春水・山陽の激励を受けて、古文、詩、経義の研鑽に勉め二十八歳で学館の教授に任ぜられ、父子同職となった。後、藩命を受け江戸に上り、斎藤一斉・松崎慊堂・野田菊浦らと交友、文名、大いに高まる。虎山帰藩後に加秩された山陽は天保3年9月23日、虎山と同じ年の53歳で没す。虎山は山陽よりも十八歳若い。

頼春水は督学として三百石の禄を受けていたが、虎山の父東派は禄高が低く貧しかった。虎山は詩文にすぐれ、文章では篠崎小竹・斎藤拙堂・野田菊笛と共に田名家と言われ、僧月性が編した『今世名家文鈔』に詩は『摂西六家詩鈔』に入っている。虎山詩鈔(古詩〜近体詩。4百数十首)より抜粋。

   蓮池晩酌
千里西湖夢。     千里 西湖の夢
荷風吹始回。     荷風 吹いて始めて回る
不知層葉裏。     知らず 層く葉裏
已有一花開。     已に 一花開く有り
迎月先移榻。     月を迎え  先ず榻を移す
引霞将挙杯。     引霞 将に杯を挙げんとす
隣翁未相報。     隣翁 未だ相い報ぜず
自認暗香来。     自ら暗香の来るを認めるを

    春夜聴雨
旅恨難栽是雨声。    旅恨 栽し難 是れ雨声
春風五十有三年。    春風 五十 有三年
諸公近日東行去。    諸公 近日 東行し去る
幾処深宵欹枕聴。    幾処 深宵 枕を欹だてて聴く


    初夏過雲嶺院  (二首の一)
春過落花委石檀。    春過ぎて 落花 石檀に委し
人稀啼鳥上朱蘭。    人稀れに 啼鳥 朱蘭に上る
逢僧半日都無語。    僧い逢うて 半日 都べて語ること無く
閑把床頭貝葉看。    閑に床頭の貝葉を把って看る
  ◆貝葉: 佛経のこと。

    初夏過雲嶺院  (二首の二)
貝葉翻風昼更長。   貝葉 風に翻って 昼 更に長し
緑槐樹下小僧房。   緑槐樹下 小僧房
此中禅味無人識。   此の中の 禅味 人の識る無し
水自潺湲雲自涼。   水 自から潺湲 雲 自から涼し

   仲秋十四夜分韻霜字、示熟生。  仲秋の十四夜 韻を分ちて霜の字を得る、塾生に示す。
八月秋猶熱。      八月 秋 猶を熱く
三更夜始涼。      三更 夜る 始めて涼し
露随梧葉下。      露は梧葉に随って下る
風傍桂花香。      風は桂花に傍うて香ばし
世事心如水。      世事 心 水の如く
身名鬢欲霜。      時に感じて 眠ること得ず
況汝在他郷。      況んや 汝 他郷に在るをや

   雨中同聖山過晩晴廬   雨中 聖山と同じくし晩晴廬を過ぐる
庭裏陰森多緑苔。   庭裏 陰森 緑苔多く
林間飄落少黄梅。   林間 飄落 黄梅少なし
若非晩静主人約。   若し晩静主人の約するにあらずんば
敢冒満山風雨来。   敢えて 満山の風雨を冒して来らんや
  ◇聖山:人名=津村正五郎。名を尚誼。号を聖山。
  ◇晩晴廬: 鶴羽根神社、石井氏の斎号。詩集「晩晴廬詩存」有り。

   歳晩偶作     歳晩偶々作る
鳥飛不及白駒馳。   鳥の飛ぶも及ばず 白駒の馳するに
二十光陰夢裏移。   二十光陰 夢裏に移る
文字驚人何補益。   文字 人を驚かすも何ぞ補益せん
功名与世巧参差。   功名 世と 巧みに参差
灯前夜静書千巻.。   灯前 夜る静かなり 書千巻
瓶裏花開梅一枝。   瓶裏 花開く 梅一枝
欲酌青樽聊自慰。   青樽を酌んで 聊か自から慰めんと欲するも
故人咫尺負佳期。   故人 咫尺 佳期に負く
  ◇白駒馳:時間・人生の過ぎ去ることが極めて早い例。
  ◇参差: (シンシ)互いに入り交るさま。

   東都酒肆与斎藤拙堂同飲
東都無地避紛華。   東都 地として 紛華を避くる無し
休道酒楼絲竹譁。   道うを休めよ 酒楼 絲竹譁すしと
海内何人堪作友。   海内 何人か 友と作すに堪えたるに
客中到処便為家。   客中 到る処 便わち家と為す
葡萄秋熟新露落。   葡萄 秋は熟す 新露 落ちて
鴻鴈夜涼初月斜。   鴻鴈 夜涼 初月斜めなり
一酔相歓復相恨。   一酔 相い歓こび 復た相い恨む
東西明日各天涯。   東西 明日 各々天涯

   七 夕
銀漢還看烏鵲橋。   銀漢 還た看る 烏鵲橋
嘉期莫道一年遥。   嘉期 道うこと莫れ 一年遥かなりと
無窮天有双星在。   無窮の天に 双星の在る有り
若比人間是毎宵。   若し人間に比すれば 是れ毎宵ならん

   有雨半夜夢醒月色明甚
夜深星月轉清輝。   夜深 星月 轉た清輝
可惜人知此景稀。   惜しむべし 人 此の景の稀なること知らずを
病体雖疲何忍臥。   病体 疲れしと雖ども 何ぞ臥するに忍ばん


   08/11/15     石 九鼎  著