摂西六家詩鈔(五) 坂井虎山 詩稿

     嘲凌霄花
凌霄非汝力。     霄を凌ぐ 汝が力 非なり
委託頼長松。     委託す 長松に頼むを
気類本不会。     気類 本と会わず
着花媚老龍。     花を着け 老龍に媚びる
老龍亦痴絶。     老龍 また痴に絶える
為汝苦其躯。     汝が為 其の躯に苦しむ
花時能幾時。     花時 能く幾時ぞ
明日起秋風。     明日 秋風に起つなるべし

    一谷作  
古塁鳥啼曉月懸。      古塁 鳥啼 曉月 懸る
行宮無跡麦田田。      行宮 跡なく 麦 田田
翆峰重畳誰鉄拐。      翆峰 重畳 誰か鉄拐
想見飛将落従天。      飛んで将さに 天に従い落つるなるべしを 想い見る
空鞍一騎城不守。      鞍を空にす一騎 城 守らず
蒼黄但知走争舟。      蒼黄 但だ知る 走りて舟を争う
平氏諸将盡児女。      平氏の諸将 盡く児女たり
一谷亦同不二川。      一谷 また同じ 不二川
君不見孤碑枕水大夫墓。  君 見ずや 孤碑 水に枕す 大夫の墓
柔肌淡粧最妙年。      柔肌 淡粧 最も妙年
返闘猶有男腸処。      闘に返すは 猶を男腸の処あり
不独風流携笛情可憐。   独り風流 笛を携え 情 憐れむべからず

  ◆田田:あおあおと連なるさま。
  ◆鉄拐: 隋代の仙人・姓は李。名は洪水。鉄の杖を空に投げると龍になり、それに乗って去った。故事。


    夢上富士山   夢に富士山に上る
崑崙不可上。    崑崙 上るべからず
弱水渺難求。    弱水 渺として 求め難し
且仮芙蓉夢。    且く仮る 芙蓉の夢
聊為汗漫遊。    聊さか 汗漫の遊と為さん
紅輪生半夜。    紅輪 半夜を生じ
白雪凍千秋。    白雪 千秋に凍る
果看蜻蛉是。    果して 蜻蛉 是れなるを看る
扶桑六十州。    扶桑 六十州

   九月十三夜作
杉公将累本無儔。  杉公 将累 本と儔なし
誰識筆鋒亦敵秋。  誰が識る 筆鋒 また 秋に敵す
惜置中原名勝地。  惜むらくは 中原の 名勝の地に置き
遠征看月是能州。  遠征 月を看る 是れ能州

     08/11/15       石 九鼎   著