先哲者の漢詩>20>夏目漱石
夏目漱石(1867-1916)
本名・金之助。江戸(東京都)牛込馬場下横町に生まれる。1868年塩原家の養子となる1881年実母死去。幼少より漢籍に親しみ、府中一中を三年で退学し二松学舎に転校。
21歳の時、夏目姓に戻る。現存する夏目漱石の漢詩は206首とされている。
鴻之台 二首之一
鴻台冒暁訪禅扉。 鴻台 暁を冒して 禅扉を訪えば
孤磬沈沈断続微。 孤磬 沈沈 断続して微かなり
一叩一推人不答。 一叩 一推 人 答えず
驚鴉燎乱掠門飛。 驚鴉 燎乱 門を掠めて飛ぶ
無 題
長風解纜古瀛洲。 長風 纜を解く 古瀛洲
欲破滄溟払暗愁。 滄溟を破って 暗愁を払わんと欲す
縹緲離懐憐野鶴。 縹緲たり離懐 野鶴を憐れむ
磋跌宿志愧沙鴎。 磋跌たり 宿志 沙鴎に愧ず
酔捫北斗三杯酒。 酔うて北斗を捫る 三杯の酒
笑指西天一葉舟。 笑うて西天を指す 一葉の舟
萬里蒼茫航路杳。 萬里 蒼茫 航路杳かなり
烟波深処賦高秋。 烟波 深き処 高秋を賦さん
無 題
淋漓絳血腹中文。 淋漓たり 絳血 復中の文
嘔照黄昏漾綺紋。 嘔は黄昏に照らされて綺紋を漾わす
入夜空疑身是骨。 夜に入って空しく疑う身は是 骨かと
臥牀如石夢寒雲。 牀に臥して 石の如く 寒雲を夢みる
酬横山画伯恵画
大観天地趣。 大観す 天地の趣
円覚自然情。 円覚す 自然の情
任手時揮灑。 手に任じて 時に揮灑すれば
雲煙筆底生。 雲煙 筆底より生ずる
無 題 (8月23日)
寂寞光陰五十年。 寂寞 光陰 五十年
蕭条老去逐塵縁。 蕭条 老い去って 塵縁を逐う
無他愛竹三更韻。 他なく竹を愛す 三更の韻
興衆栽松百丈禅。 衆と松を栽える 百丈の禅
淡月微雲魚楽道。 淡月 微雲 魚 道を楽しみ
落花芳草鳥思天。 落花 芳草 鳥 天を思う
春城日日東風好。 春城 日日 東風好し
欲賦帰來未買田。 帰り来たり賦さんと欲す未だ田を買わずを
無 題 (9月3日)
独往孤來俗不斉。 独往 孤來 俗と斉しからず
山居悠久没東西。 山居 悠久 東西を没す
巌頭晝静桂花落。 巌頭 晝静かにして 桂花落ち
檻外月明澗鳥啼。 檻外 月明かにして 澗鳥啼く
道到無心天自合。 道は無心に到って 天と自ら合し
時如有意節将迷。 時に意あるが如く 節 将に迷わん
空山寂寂人閑処。 空山 寂寂 人 閑なる処
幽草阡阡満古蹊。 幽草 阡阡 古蹊に満つ
無 題 (10月21日)
元是一城主。 元是 一城の主
焚城行廣衢。 城を焚いて 廣衢に行く
行行長物尽。 行き行き 長物尽く
何処捨吾愚。 何処にか 吾が愚を捨てん
無 題 (11月20日)
真蹤寂寞杳難尋。 真蹤は寂寞 杳として尋ね難し
欲抱虚懐歩古今。 虚懐を抱かんと欲して 古今を歩む
碧水碧山何有我。 碧水 碧山 何ぞ我れ有らん
蓋天蓋地是無心。 蓋天 蓋地 是無心
依稀暮色月離草。 依稀たり暮色 月 草を離れ
錯落秋声風在林。 錯落たる秋声 風 林に在り
眼耳双忘身亦失。 眼耳 双ながら忘れ 身 亦失す
空中独唱白雲吟。 空中 独り唱す 白雲吟
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