先哲者の漢詩>29>土屋竹雨

 
土屋竹雨
 (1887-1958)
 名は久泰。字は子健。山形県鶴岡市に生まれる。東大法科を卒業後一時期「東洋文庫」主任などをしていた。昭和の初め大倉聴松男爵の庇護の下『東華』の編刊に専念した。

戦後は大東文化大学学長となり復興に努力した。教授を以って詩を善くする者に、内藤湖南・長尾雨山・久保天随・田辺碧堂・石田東陵・岡崎春石の諸人など、仁賀保香城・服部空谷などと終生往来切磨した。
昭和2年「大正五百家絶句」、13年「昭和七百家絶句」を編刊し風雅を鼓吹し詩は蘇東坡。黄山谷の研究から獲たと評されているが、李杜韓白に於ても涵濡し格律厳正、著筆縦横、逸気生動している。
 (東京美術出版「有る中国人の回想」昭和44年七月)孫伯醇氏をして漢詩の衰退を歎き、日本の漢詩は土屋竹雨で終ってしまった。中国でも魯迅から、駄目になってしまった。これも時の流れとして仕方のないことだろうが・・・・・・・。と言っている。
  参考資料・土屋竹雨の詩集『猗盧詩稿』秩入二冊。笠井南村注釈。

       出 峽
形勝當関壮。    形勝 関に當って壮
風烟入峽幽。    風烟 峽に入って幽なり
摩天群嶂聳。    天を摩して 群嶂 聳え
割地大江流。    地を割いて大江流る
瀑挂千尋壁。    瀑は挂く 千尋の壁
虹騰百丈湫。    虹は騰る 百丈の湫 
戊辰留戦跡。    戊辰 戦跡を留む
倚仗獨夷猶。    仗に倚って 獨り夷猶
         
★夷猶(ためらう)

         歳晩書懐
徹骨窮愁水不如。    骨に徹する 窮愁 水も如かず
雕蟲小技愧當初。    雕蟲の小技 當初に愧ず
平生一字一魂魄。    平生 一字 一魂魄 
猶是古人糟粕餘。    猶を是れ 古人 糟粕の餘

          梅花絶句
石皆如虎樹皆龍。   石は皆 虎の如く 樹は皆龍
花気千渓雪一峰。   花気 千渓 雪 一峰
応有道人此間住。   応に道人の此の間に住する有るなるべし
白雲幽送上方鐘。   白雲 幽に送る 上方の鐘

          祭 詩
南無島仏鋳成遅。    南無 島仏 鋳成る遅し
夜帳梅花燭数枝。    夜帳の梅花 燭 数枝
除却青山紅粉句。    青山 紅粉の句を 除却すれば
先生一歳祭無詩。    先生 一歳 祭るに詩無し

          山海関
長城北與乱山奔。    長城 北のかた 乱山と奔る
遠勢盤天限朔藩。    遠勢 天に盤し 朔藩を限る
誰倚雄関麾落日。    誰か雄関に倚って 落日を麾く
風雲暗澹古中原。    風雲 暗澹たり 古中原

                東坡生日作
三蕉酒量足忘憂。    三蕉の酒量 忘憂に足る
八斗詩才本絶儔。    八斗の詩才 本と儔えを絶す
後勁獨推黄魯直。    後勁 獨り推す 黄魯直
西江一派猶横流。    西江の 一派 猶を横流
             
☆ 黄魯直(黄庭堅)
             
☆ 西江一派(黄庭堅を宗とする詩派)

甲申孟春偶読高季迪梅花九律率賦試次和一時興到。語無倫序聊以遣我懐耳。

無端逢著白衣仙。    端無く 逢著す 白衣の仙
欲訂三生石上縁。    訂せんと欲す  三生 石上の縁
清影不離春澗水。    清影 離れず 春澗の水
奇香乍約暮山煙。    奇香 乍ち約す 暮山の煙
板橋莎径微霜後。    板橋 莎径 微霜の後
竹隝茆亭名月前。    竹隝茆亭 名月の前
憶殺趙生断腸候。    憶殺す 趙生 断腸の候
嘲啾翆羽五更天。    嘲啾 翆羽 五更の天
  ☆ 
趙生(隋の人、曽て梅樹の下で酔臥し
     羅浮の仙女と逢った故事)

          蘇州雑詩
呉江楓落水蕭蕭。    呉江 楓落ちて 水 蕭蕭
日暮来過長短橋。    日暮 来り過ぐ 長短の橋
倚尽寒山寺楼上。    倚り尽す 寒山寺楼の上
疎鐘夜火憶前朝。    疎鐘 夜火 前朝を憶う

         次老杜秋興八首  其の一
木葉黄凋霜満林。    木葉 黄凋 霜 林に満つ
西來一気太巌森。    西來の 一気 太だ巌森
野空飢雀抱寒影。    野空うして 飢雀 寒影を抱く
日落断鴻投積陰。    日落ちて 断鴻 積陰に投ず
棣棣廟堂誰得意。    棣棣 廟堂 誰か得意
棲棲江海獨傷心。    棲棲 江海 獨り傷心
十年重対故山月。    十年 重ねて対す 故山の月
愁聴秋風残夜砧。    愁い聴く 秋風 残夜の砧

          六十自述
薄酒孤斟成酔難。    薄酒 孤斟 酔を成す難し
卅年一褐太酸寒。    卅年 一褐 太だ酸寒
嘔心文字今無用。    嘔心の 文字 今 無用
惟合自題還自看。    惟だ合に自ら題して還自ら看るべし
 
              読 詩   四首之一
孔子刪詩事不明。    孔子 詩を刪る 事明ならず
龍門史筆衆疑生。    龍門の 史筆 衆疑 生ず
一言能及無邪旨。    一言 能き及ぶ 無邪の旨
長使後人知正声。    長く後人をして 正声を知らしむ



 発売当時早々、「猗盧詩」を入手。土屋竹雨。即”原爆の詩”のイメージしか無かったが土屋竹雨の詩を読み重ねて行く内に鳥肌が立つのを覚えている。合う合わぬは個人差も有る。竹雨の詩には将に脳天を打ちのめされるほど衝撃を受けた。自分には何年研欑して、このような素晴らしい詩が書けるか?以後筆を投じている
。机上に置く一冊である。


  [ 目次 ]