先哲者の漢詩>39>巌谷一六

巌谷一六 
(天保5・2・8−明治38・8・12)
滋賀県近江の人。名は修。字を誠卿。通称を辨治・立的。別号を古梅・迂堂・金粟道人。家は代々水口藩の待治であったので16歳の時、医学を三角東園に、経史詩を皆川西園・家里松涛に、書を中沢雪城。画を藤本鉄石に学ぶ。明治維新後、政府に仕えて内閣書記官など歴任し政治家として活躍した。

書家として有名である。初め雪城に菱湖流を学び、趙子昂に私塾したが、楊守敬が來日すると日下部鳴鶴と共にその門を叩き六朝風の書体を会得し、別に一六流の一派を開いた。著に一六遺稿がある。
       参考文献 : 明治漢詩文集・日本漢詩・明治詩鈔・風雅叢書・

         僧房聴雨
画簾銀燭玉欄干。   画簾 銀燭 玉欄干
十載豪華夢已残。   十載 豪華 夢已に残す
今日来参老僧偈。   今日 来たり参ず 老僧の偈
懺燈如影雨声寒。   懺燈 影の如く 雨声寒し

          秋 感
杜蘭香去跡如煙。   杜蘭 香去て 跡煙の如し
聞説瑤臺別有天。   聞説(きくならく)瑤臺 別に天有りと
手折断腸花一朶。   手に折る 断腸花一朶
断腸人立仏龕前。   断腸 人は立つ 仏龕の前

          書 感
櫻白桃紅次第春。  櫻白 桃紅 次第の春
西陲三月尚兵塵。  西陲 三月 尚ほ兵塵
誰知裙屐紛如織。  誰か知らん裙屐 紛として織るが如くを
中有花前濺涙人。  中に花前 涙を濺ぐ人あるを

          十六夜観月戯作
嫦娥含笑出雲帷。   嫦娥 笑いを含み 雲帷を出ず
一鏡分輝落酒巵。   一鏡 輝を分かち 酒巵に落つ
休道團圓佳節過。   道を休めよ 團圓 佳節過ぎ
破瓜最是足嬌姿。   破瓜 最も是 嬌姿に足ると

           巡視北海道中作
逍遥獨出郭門行。   逍遥 獨り郭門を出て行く
触目無端客感生。   触目 端無く 客感生ずる
温籍山容清冽水。   温籍 山容 清冽の水
依稀風景似西京。   依稀 風景 西京に似たり

           秋 懐
蕭然誰共話窮愁。    蕭然 誰と共にか 窮愁を話せん
柴戸無人鎖暮秋。    柴戸 人無く 暮秋に鎖す
莫向太空書咄咄。    太空に向って 咄咄と書す莫れ
須将世事付悠悠。    須べからく 世事を将って 悠悠に付す
疎鐘動處雲沈寺。    疎鐘 動く處 雲 寺に
落葉飄時風入楼。    落葉 飄る時 風 楼に入る
急喚山妻苦相問。    急に山妻を喚んで 苦ろに相い問う
寒厨猶有酒蔵不。    寒厨 猶ほ 酒の蔵する有りや不やと

           酔中漫題
不求成仏不求仙。    仏と成るを求めず 仙を求めず
結習難除翰墨縁。    結習 除き難きは 翰墨の縁
豈有文章驚海内。    豈に文章の 海内を驚かす有らんや
題花賦月過年年。    花に題し 月を賦して 年年を過ぐ

           雪 意
紙窓如墨點寒蝿。    紙窓 墨の如く 寒蝿を點ず
孤坐炉辺兀似僧。    孤り炉辺に坐せば 兀として僧に似たり
欲柬隣翁謀一酔。    隣翁に柬して 一酔を謀らんと欲す
呼童先灸硯池氷。    童を呼んで 先ず灸らしむ  硯池の氷を

           聞子規有感
帰耕何日買青山。    帰耕 何れの日か 青山を買わん
節物江城又杜鵑。    節物 江城 又 杜鵑
風雨飛花客窓暮。    風雨 飛花 客窓の暮
此声聴到十餘年。    此の声 聴いて到る 十餘年


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