先哲者の漢詩>7>森春涛

森春涛
名は魯直、字は希黄{1819−1889}美濃尾張の人。鷲津益斎・梁川星巌に学ぶ。家代々医を業とした。父一鳥は春涛を医者にしようとして、親戚の岐阜の眼科医、中川氏に預ける、春涛医となるを喜ばず、浄瑠璃、戯曲の類書を耽読したので、代に「幼学詩韻」の一部を与え、作詩の道を授けたところ、天稟の才能忽ちあらわれる。

 十五歳にして已に立派な詩を作る。のち尾張の鷲津益斉に就き漢学を学ぶ初め名古屋で桑三軒吟社を創立、美濃越前を歴游し、到る処詩人として重んぜられる。後、東京に出で下谷に茉莉吟社を建て、雑誌新文詩を発行、詩壇の重鎮でもあった。
§参考資料§大日本人名辞書。 春涛詩鈔二十巻

        岐阜竹
環郭皆山紫翠堆。     郭を環って 皆山 紫翠堆し
夕陽人倚好楼臺。     夕陽 人は倚る 好楼台
香魚欲上桃花落。     香魚 上らんと欲して 桃花落ち
三十六湾春水来。     三十六湾 春水来る


         読史有感楠氏事
頽日将沈豈易麾。     頽日 将に沈まんとす豈麾き易からんや
南枝獨力苦支持。     南枝 獨力 苦に支持する
一門全節鬼神感。     一門の前節 鬼神 感じ
三世遺勲天地知。     三世の遺勲 天地 知る
寺壁曽蔵魚鳥讖。     寺壁 曽て蔵す 魚鳥の讖
廟扉不滅梓弓辞。     廟扉 滅せず 梓弓の
後人憑弔誰無涙。     後人 憑弔 誰か涙無からん
芳野行宮湊水碑。     芳野の行宮 湊水の碑


         大磯客舎臥病書悶
繁華如夢水東流。     繁華 夢の如く 水 東流
寂寞関山故駅楼。     寂寞 関山の 故駅楼
虎女祠荒石吹雨。     虎女祠荒れて 石 雨を吹く
行公跡古鳥驚秋。     行公跡古りて 鳥 秋に驚く 
寒燈獨伴蕭蕭夕。     寒燈 獨り伴う 蕭蕭の夕
病枕偏為段段愁。     病枕 偏に段段の 愁いを為す
這裏情懐誰與語。     這の裏 情懐 誰と與にか語らん
暗風簸樹響飃餾。     暗風 樹を簸うて  響飃餾 



         読元遺山集
野史亭前野水流。     野史亭前  野水 流る 
乱来無策復中州。     乱来 策の中州を復する無し
西風落日孤臣涙。     西風 落日 孤臣の涙
曽閲青城今古秋。     曽て閲す 青城 古今の秋



         
太白捉月図
一酔未醒陵谷遷。     一酔 未だ醒めず 陵谷遷る
長安無地葬天仙。     長安 地の天仙を 葬る無し
君看采石磯頭月。     君看よ 采石磯頭の月
萬頃煙波好墓田。     萬頃 煙波 好墓田


          風懐
風懐未廃才人筆。     風懐 未だ廃せず 才人の筆
血性将尋壮士歌。     血性 将に尋んとす壮士の歌
笑比柴桑陶靖節。     笑って比す 柴桑の陶靖節
賦闖了詠荊軻。     闖を賦し了して 荊軻を詠ず


          曝 書
知己重逢老蠧魚。     知己 重ねて逢う 老蠧魚
風翻芸葉夕陽初。     風は芸葉を翻す 夕陽の
検来渾似未曽読。     検し来たって渾て似たり未だ読まざるに
二十年前曽読書。     二十年前 曽読の書


         春雨中読書于桶間村相羽子辰家
古塁雲荒惨不開。      古塁 雲荒れて惨として開かず
残碑近在乱峰堆。      残碑 近く在りて 乱峰堆し
夜深休読英雄傅。      夜深 読むを休む英雄傅
雨逼山窓鬼哭来。      雨は山窓に逼って鬼哭来る


         読寒山集有感題四絶句 其の一
花上嫩鶯声可憐。     花上の嫩鶯 声 憐む可し
更憐花下美人絃。     更に憐む花下 美人の絃
美人黄土鶯歌歇。     美人 黄土 鶯歌 歇み
涙墜秋風寂寞前。     涙は墜つ 秋風 寂寞 の前



        
踰函關
長槍大馬乱雲閨B      長槍 大馬 乱雲の閨@     
知是何侯述職還。      知る是れ何の侯か述職して還る
淪落書生無気焔。      淪落の書生 気焔無し
雨袗風笠度函關。      雨袗 風笠 函關を度る