千秋詩話  16
      駱賓王
(680頃在世)浙江省義鳥の人。初唐の四傑の一人。武后に上書して、臨海丞に追いやられたが、文中に、武后の罪を責めて、「徐敬業の乱」に加わり、「檄文」を作った。武后はその文中に「一抔之土未乾、六尺之孤安在」の句があるのを読んで、心を打たれ、この才人を失ったことを惜しんだと言う。徐の軍が敗れて彼も又、亡命した。彼の詩には数字を用いて好んで対句を作っているので世に「算博士」の号を得た。

  於易水送人    
易水に於いて人を送る
  此地別燕丹。    
此の地 燕丹に別る
  壮士髪衝冠。    
壮士 髪冠を衝く
  昔時人已没。    
昔時 人 已に没
  今日水猶寒。    
今日 水猶寒し

この詩は「唐詩選」には「易水送別」と題している。武后が唐の帝位を奪ったのを歎いて、荊軻の事に感じてことさらに題を設けて作ったと伝える。

「 駱賓王と宗之問 」のエピソード
時は仲秋の月夜の事、月は皎皎と輝き藍色の大空に懸かり、広い山寺の庭には誰もいない。

朱塗りの剥げた大きな寺の圓柱に蟋蟀が一匹とまって鳴いている。松と竹との影は池の泉水に映って婆娑としている。一人の青年が此の幽玄の世界の月夜の絶景に魂を奪われ夜が更けても僧房に帰り寝ることも忘れ、庭の樹を巡り歩いている。山気が冷たく衣に透る。

「嶺 邊 樹 色 含 風 冷」  嶺邊の樹 色 風を含んで冷やかなり一句を得た。彼は此句は自然の感興に触れ、ふと出来た好句だと思ったが、一聯の名句に、まとめなければ、面白みが無いと思い直し、口ずさんで仏殿前の長い廊下を歩きはじめた。

ふと、気がつくと仏殿上に付いている瑠璃燈の圓光の下で、独り老和尚が座して静かに瞑想に耽っている。彼は廊下から仏殿の方えだんだん近寄るが、老和尚は見動きしない。

青年は足の音も立てないで又、長い廊下を何回も何回も往復し吟を案じる。和尚は突然、口を開いて、「そこに居るのは誰だ!詩が作りたければ風景は口頭にあるぞ!」

背後から一喝した。青年は驚いた、自分は当今の詩人中の才子である。此の坊主、馬鹿に高飛車に出る。俺を軽蔑するとは怪しい奴だ 「黙れ」と、叱りとばそうと内心は怒って見たが、此の坊主、風景は口頭に有ると馬鹿に乙なことを言う奴だ。何か意味があるのかもしれない。「和尚さん詩をおやりになりますか」と眸を凝らして不思議そうに問うた。

「てまえは、詩を好く会得していない。が一句だけは貴方に代っていま作り上げた」

姿を改めて静かな声で答えた。青年な内心では冷笑しながら、
 「それでは吟じて聞かせて下さい・・・・」言うや否や、老和尚は咄嗟に
 「・・・・・・石 上 泉 声 帯 雨 秋 」  石上の泉声雨を帯びる秋。 
と朗吟した。この対句は非常に幽俊の出来栄えで、青年は驚喜の餘り、
「老師はいま、立派な対句を作って戴きました。私は霊隠寺の勝景を記せんと苦吟瞑捜、やっと二句ばかり出来ましたが、後が出来ません、恐れいりますが以下ご教授ください」
 「左様か、二句が出来たなら、念じてみなさい」

 「鷲 嶺 鬱 邵 嶢。 龍 宮 鎖 寂 寥」 と咏むと老僧は忽ち
「馬鹿者!何ぜ・・・楼ハ見ル滄海ノ日。門ハ対ス浙江ノ潮・・・・と言はないのか」
と叱った。青年は即興とは思えない詩情妙味に驚き感心してしまった。再び老僧に尋ねた

「老師は大変な大家と存じ、若輩の私には及ぶ所では御座いません。どうか詩作を完整され霊隠寺の勝概を顕してはいかがでしょうか」 老僧は欣然として

「桂 子 月 中 落。 天 香 雲 外 飄」ろくに思案もせず、ただ口に任せて名句をそれからそれえと續けて朗吟する、聴いていた青年は餘りにも一字一句が完璧で、感服してしまった。

「老師の詩作は、声調は雄渾。風致は曲折。自然の妙の極みに入っています。恐らく老師は詩壇の先輩で、四傑の儔倫ではありませんか、私は老師が普通の隠者で偶然に佳句を得るとは思へません。老師はどのようなご縁でこんな僧侶のお仲間入をなさいましたのですか」

青年は真剣な面もちで尋ねた。老僧は微かに嘆息を洩らしたのみで返答はしなかった。

この青年は宗之問で老僧こそ有名な駱賓王であった。宗之問は則天武后が唐室の実権を掌握し張昌宗、張易之、のような色男を寵愛するのを見て不快に思う。自分は才学の力で北門学士の地位を勝ち得んとしたが、歯の疾病のために採用されなかったので「明河篇」と言う詩を賦し、その末に「明河は望む可く親しむべからず」の句を述べて暗に武后にその意をほのめかした。

武后は微笑しながら、詩意はよいが、この男、物を言い過ぎる嫌いがあると言い、抜擢しなかった彼はそれから、快々楽しまず、とうとう官を棄てて流浪の旅に出て、霊隠に来て飛来峰の景勝と泉石の秀美に憧れ、霊隠寺に寓居していた。宗之問は老僧には何か仔細な事情があると思い生涯の事は問はなかった。それから此の寺で朝夕老僧と親しく交際する機会を得た。

暫らく過ぎて宗之問は此の老僧は確かに勤王の義軍を起こした李敬業将軍の幕僚で、大文豪 駱賓王に違いないと感付いた。ある日、宗之問は老僧の前で、閑談の時、唐室を簒奪した則天武后が残虐、淫蕩をほしいままにしたことを話し、終りに李将軍が敗績し、駱侍御が艸した檄文も無効になったのは残念だ,と言いくるりと老僧の方をみた、老僧は眉毛を顰めてこう言った。

「既往は総て浮雲じゃ、そんなことを言うもんじゃない」と言い放つた。その翌日宗之問は例によって老僧を禅室に尋ねたら、もう此の寺には居なかった。

駱賓王は敬業が敗績すると亡命し、落髪僧となり名山に遊び霊隠寺に隠れ此で圓寂したと言う当時駱賓王は首に数満金の賞金が掛けられ、武后から追捕される身分で、元より自分から駱賓王と自白することは出来ないことであった。

         霊 隠 寺     駱賓王
鷲 嶺 鬱 邵 嶢。    鷲嶺 鬱として邵嶢
龍 宮 鎖 寂 寥。    龍宮 鎖して寂寥
楼 看 滄 海 日。    楼は看る 滄海の日
門 対 浙 江 湖。    門は対す 浙江の湖
桂 子 月 中 落。    桂子は 月中より落ち
天 香 雲 外 飄。    天香は雲外に飄る
捫 蘿 登 塔 遠。    蘿を捫りて塔に登ること遠く
刳 木 取 泉 遥。    木を刳りて泉を取ること遥なり
霜 薄 花 更 発。    霜薄くして花更に発し
氷 軽 葉 互 凋。    氷軽くして葉互いに凋む
夙 齢 尚 遐 異     夙齢 遐異を尚び
披 対 滌 煩 囂。    披対 煩囂を滌ぐ
待 入 天 台 路。    天台の路に入るを待って
看 余 渡 石 橋。    余の石橋を渡るを看よ
           
10・10・00        


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