千秋詩話 (26)                     石九鼎の漢詩館

 蘇東坡の題跋回文         

題跋とは一般に、詩話・書画などの後に記された文を云う。題跋はそこに、対象となる作品に関する批評・感想・随想などが述べられている。

 記宝山題詩  
予昔在銭唐。一日。昼寝於宝山僧舎。起。題其壁云。
   七尺頑躯走世塵。十囲便腹貯天真。
   此中空洞全無物。何止容君数百人。
其後有数小子亦題名壁上。見者乃謂予誚之也。周伯仁所謂君者。乃王茂弘之流。豈此等輩哉。世子多諱。蓋僭者也。吾嘗作李太白真賛云。生来不識高将軍。手汚吾足乃敢嗔。吾今復書此者。欲使後之小人少知自揆也。

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   宝山の寺の壁に書きつけた詩についてしるす。
私が昔、銭塘にいたときのことである。ある日、宝山の寺で昼寝をし、目が覚めて、そこの壁に次のような詩を書き付けた。
七尺もあるこの頑丈な体は、ごみごみした俗世界を忙しく走り回っている。十囲もあるこの大きな腹の中には、天然のままの真を貯めこんでいる。この中は空っぽで何も入っていない。

君ら数百人を入れるだけではない。その後、数人のつまらぬ者たちが、私の名前をその壁に書き付けたので、それを見た者は私が彼等を非難していると思った。周伯仁が言う君とは王茂公のような者をさすのである、どうして彼らのような輩のことであろう。世の人たちが忌み嫌うは、身のほど知らずの者である。

私は以前、「李太白の真の賛」と言う詩を書いた。それを言う。平素から高将軍のことは、顔も知らなかった。その手が靴を脱がすときに我が足を汚したが、叱りつける気もしない。「丹元子示す所の李太白の真に書す」

私が今又この文章を書くのは、後世のつまらぬ者どもに、少しは自分自身の価値を見定めてもらいたいと思うからである
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この詩は、蘇東坡が李白にかりて、時の権力者に対する蔑視の態度を表したものである。
参考資料。蘇東坡題跋⇒蘇東坡文芸評論集。

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 回文
回文の詩はサカサマ(倒さま)に読めば一首となる。皮日休の雑詩体の序によれば、晉の温(山+喬)オンキョウが始めてこの体を作ったと言う。、トウ滔の妻・蘇氏が八百十二字の詩を作り、反覆、章を成す。もとより一時の遊戯の作に過ぎない。蘇東坡は多く作った。

    題金山寺回文体
潮随暗浪雪山傾。     潮は暗浪に随い雪山傾く
遠浦漁船釣月明。     遠浦 漁船 月明を釣る
橋対寺門松逕小。     橋は寺門に対し松逕小なり
檻當泉眼石波清。     檻は泉眼に當り石波清し
迢迢緑樹江天暁。     迢迢たる緑樹 江天の暁
靄靄紅霞晩日晴。     靄靄たる紅霞 晩日晴る
遥望四辺雲接水。     遥に望む四辺 雲 水に接し  
碧峰千点数鴎軽。     碧峰千点 数鴎軽し

   これを逆読すると

軽鴎数点千峰碧。     軽鴎 数点 千峰碧なり
水接雲辺四望遥。     水は雲辺に接し四望遥なり
晴日晩霞紅靄靄。     晴日 晩霞 紅 靄靄たり
暁天江樹緑迢迢。     暁天の江樹 緑 迢迢たり
清波石眼泉當檻。     清波 石眼 泉 檻に當る
小逕松門寺対橋。     小逕 松門 寺 橋に対す   
明月釣船漁浦遠。     明月 釣船 漁浦 遠し   
傾山雪浪暗随潮。     山に傾く雪浪 暗に潮に随う   

   題織錦図上廻文   
春晩落花餘碧草。     春晩 落花 碧草を餘す
夜凉低月半梧桐。     夜凉 低月 梧桐に半ばし
人随遠雁辺城暮。     人は遠雁に随う辺城の暮   
雨映疎簾繍閣空。     雨 疎簾に映じ繍閣空し   
 
  これを逆読すると
 空閣繍簾 疎にして雨に映じ。
 暮城辺雁 遠く人に随う。
 桐梧 半月 凉夜に低れ。 
 草碧にして餘花 晩春に落ちる。
 
  次韻回文  三首(一)
春機満織回文錦。    春機 満織 回文錦。
紛涙揮残露井桐。    紛涙揮ひ残す露井の桐。
人遠寄情書字小。    人遠く情を寄せる書字小なり。
柳糸低日晩庭空。    柳糸 低日 晩庭空し。

  これを逆読すると
 空庭晩日低糸の柳。
 小字情を書して遠人に寄す。
 桐井露残して涙紛を掃い。
 錦文回織して機春満つ。

 次韻回文   三首(二)
紅牋短写空深恨。    紅牋短写 空しく深恨。
錦句新翻欲断腸。    錦句新翻 断腸せんと欲す。
風葉落残驚夢蝶。    風葉落残して夢蝶を驚かす。
戍辺回雁寄情郎。    戍辺の回雁 情郎に寄す。

  これを逆読すると
  郎が情雁に寄せて辺戍より回る。
  蝶夢驚くき残す落葉の風。
  腸断 翻えさんと欲す新句の錦。
  恨み深して空しく写す短牋の紅に。

 次韻回文   三首(三)
羞雲斂惨傷暮春。    羞雲斂惨 暮春を傷む
細縷詩成織意深。    細縷詩成りて織意深し
頭畔枕屏山掩恨。    頭畔枕屏 山恨を掩う   
日昏塵暗玉窓琴。    日昏く塵暗し玉窓の琴

  これを逆読すると
  琴窓玉暗し塵昏の日。
  恨みは掩う山屏枕畔の頭。
  深意織成す詩縷細。
  暮春傷惨雲を斂めて羞じる。

10/02/2002

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