曹植    (192~232)  

      曹操の子,曹丕の同母弟,字は子建,陳の思王とは皇族としての称号とおく入り名.りゃくして陳思と言う呼び名
      もある.学問,早熟芸能に多彩な才能を見せ,文学では父や兄の曹丕をも圧倒している,<建安文学>唐代以
      前の最大の詩人であるとさえ認められている,年齢も他の詩人より若かったことも詩的成熟に有利に働いた.
      父・曹操の剛健・激烈な感情を受け継ぎ,スケールの大きさと多彩さを加え,新しい叙情詩を完成させた.

      梁の詩人鍾嶸は文学評論『詩品』で曹植を<上品>斯く格付けし『その源は国風に出ず,骨気は奇高にして,詞
      采は華茂なり,情は雅怨を兼ね,体は文質を被る燦然として古今に溢れ,卓爾として群ならず,嗟乎,陳思の
      文章におけるや,人倫の周・礼あるに譬える』ち激賞している.魏晋南北朝期の詩人で彼に比肩する詩人は
      陶淵明であるが鍾嶸は文学評論の『詩品』では曹植に及ばないと見る.曹植はこの時代の文学的基準に照らし
      ても,最高の詩人としての地位が与えられている.

      王位継承では兄・曹丕と権力闘争に巻き込まれて敗れ,以後は文学に一層精進により,その内容に憂愁の色い
      の影を落とし,『詩経』の<興>の手法を愛用している.

      前期の代表作には楽府体の<白馬篇><名都篇><美女篇>があり
      父の死後の後期には<白馬王彪に贈る><雑誌><野田黄雀行><七哀><七歩の詩>がある.兄の冷
      たい仕打ちを詠じた<七歩の詩>は『世説新語』に見えるだけで,後人の偽作と考えられる.後者・の歴史史実
      の考証を待つ.
      賦には<洛神の賦><愁思の賦>など叙情的な作品は屈源・宋玉の伝統を継承し清真な境地を拓いている
      

      美女篇

      美女妖且閑    美女 妖にして且つ閑なり
      採桑岐路閒    桑を岐路の閒に採る
      柔條紛冉冉    柔條 紛として冉冉たり
      落葉何翩翩    落葉 何ぞ翩翩たる
      攘袖見素手    袖を攘げて素手で見れば
      皓腕約金環    皓腕に金環を約す
      頭上金爵釵    頭上に金爵の釵
      腰佩翠琅玕    腰に佩びる翠琅玕
      明珠交玉体    明珠 玉体に交わる 
      珊瑚閒木難    珊瑚 木難に閒はる
      羅衣何颿颿    羅衣 何ぞ颿颿たる
      軽裾髄風還    軽裾 風に髄って還る
      顧盼遺光彩    顧盼すれば光彩を遺し
      長嘯気若蘭    長嘯すれば気は蘭の若し
      行徒用息駕    行徒は用って駕を息め
      休者以忘餐    休者は以って餐を忘れる
      借問女安居    借問す女は安くにか居る
      乃在城南端    乃ち城南の端に在り
      青楼臨大路    青楼 大路に臨み
      高門結重関    高門 重関を結ぶ
      容華耀朝日    容華 朝日に耀く
      誰不希令顔    誰か令顔を希はざらん
      媒氏何所営    媒氏 何の営む所ぞ
      玉帛不時安    玉帛 時に安んぜず
      佳人慕高義    佳人 高義を慕い
      求賢良独難    賢を求むること良に独り難し
      衆人徒嗾嗾    衆人 徒らに嗾嗾たり
      安知彼所観    安くんぞ彼の観る所を知らん
      盛年処房室    盛年 房室に処り
      中夜起長歎    中夜 起ちて長歎す

       
       詩意は才を抱きながら,それを十分に生かす場のないことを美女の夫選びに託して詠じたもの.文選以外の
       諸本は美女を以って君子にたとえ,君子が美行あり賢者.賢君に事えたいと思っても,その人を得なければ召
       されて節を屈しない意と先賢者は詠じたとものとみる.

      詩語
       妖:艶妖のさま.
       閒:閑雅,しとやか
       柔條:しなやかな若い枝
       冉冉:柔軟で,なよやかにして,しなだれるさま
       金爵釵:雀を形取った黄金の簪のこと
       琅玕:玉に似た美石,
       木難:莫難とも書く,一説には黄色の宝石とも言う,
       顧盼:振り返り見ること
       遺光彩:印象を残す
       長嘯:声を長く吟ずる
       城南端:城市の正南門
       青楼:青い漆塗りの高殿,広く婦人の居室に言う.
       重関:幾重にも閉ざされていること
       徒嗾嗾:むやにに騒ぎたてること
       所観:<玉台新詠>は<所歓>に作る,所歓は愛人の意ならん.

                           2007/ 12/13/    石 九鼎
      参考文献
         新訳漢文大系:文選:明治書院
         玉台新詠(岩波書店)
         中国文学史:慶応義塾大学出版会
         漢詩大系・古詩選(集英社)
         中国古典選:古詩選:朝日新聞社
         六朝詩人群像:大修館書店