中国歴史紀行    (104)      延安革命旧址

延安市は、中国革命の聖地として有名である。1934年に国民党軍により江西省の根拠地を追われた毛沢東らの共産党軍は、『長征』をへて、1935年、秋に陝西省に到着して、1937年1月〜38年秋まで延安のこの地に本拠を置いた。

延安市には現在、革命旧址として、『棗園革命旧址』『楊家嶺革命旧址』『王家坪革命旧址』『鳳凰山麓革命旧址』が有名である。又、『宝塔』は市内を流れる延河のに南側の小山に聳える『塔』高さ44m、八角をした9層の塔。延安のシンボルとなっている。

朝食後、宿泊ホテル前でタクシー運転手と、これらの参觀地を示し「料金交渉」結果、100元で決まる。

延安革命記念館
入場して先ず驚くのが会館まえに鎮座する異様に大きい毛沢東銅像だった。此処を訪れる人人は必ず、銅像をバックに記念写真を摂る。

館内は広大で革命の記録が各ブースに表示されていた。記憶に残るのが3m×10m×の毛沢東の講話録

我説陝北是両点。
一个落脚点。
一个出発点、七大在陝北開会。
這是陝北人的光栄。陝北已成功
我々一切工作的試験地。
毛沢東在中共七大等備会上講話
1945年4月20


                             
                
                 延安革命記念館

『棗園革命旧址』は延安市、西北10kmにあり、樹木鬱蒼、四季の花がこの公園を引き立てる。広大な敷地に毛沢東。周恩来。朱徳等の旧居がある。1940年〜42年まで。又1944年〜47年まで、中国共産党の中央書記処が置かれたと言う。小講堂の裏山の麓に任弼時・劉少奇・彭徳懐の旧居がみられた。山上には毛沢東・周恩来(下・左)。朱徳の旧居がある。

中国共産党中央は当初から抗日戦争。整風運動。大生産運動を指導すると共に、大7回代表大会を開く準備をすすめた。
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                   棗園


延安・棗園革命旧址。
1940〜42年。44年〜47年まで中国共産党の書記処が置かれ作戦研究室。休憩室。機要弁公室などが置かれ、毛沢東・周恩来・朱徳・任弼時・劉少奇・彭徳懐の旧居がある。春から初夏には花が咲き誇り、樹木が生い茂り、風景が美しい。


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