中国歴史紀行  (125)   

 唐楊氏順陵

武則天の母楊氏の墓。車を降りて李先生が直轄の事務所で何やら「キー」を持って来る、順陵は咸陽市の東北約18km、陳家村の南にある。咸陽に葬られたが、武后が実権を握ると、永昌元年689)に父を忠孝太皇、母を忠孝太后に追尊し、母親の墓を明義陵と改称した。

(690年)父を太祖孝明高皇帝、母を明高皇后に追尊してから明義陵を順陵と改称した。面積110万uで、ほぼ長方形をなし、2層の周壁をめぐらし、四面に門を1つずつ設けたが、すべて倒壊し、遺構のみが現存している。


陵墓は高さ12,6m・一辺48,5mの方形をなす。墓道前には、長剣に両手をつかねて直立する石人13体、石羊3点、うずくまる石獅子2点、蓮華座が並ぶ。陵墓の南門に1対ずつ鉄柵の中に「走獅」と「独角獣」が威厳いかめしく遠方を睨む。李先生が先程の「キー」で鉄柵を開け中に誘導してくれる。

「走獅」と「独角獣」は彫りも生き生きとして力強く、唐代の彫刻の逸品中の逸品。説明を聞いて改めて見詰め直す。陵墓に登り四方を見渡すと、陵墓を囲むように整然と規格された様式に驚く。

                                                           
     

                        走獅子と独角獣
      



  参考文献・ 遊遍陝西・五百景点・陝西旅遊出阪社。
         中国国家文物事業管理局・中国名勝旧跡事典。



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