中国歴史紀行

                        甘露寺
北固山の後峰にある。甘露寺は三国時代に劉備元徳が呉の国に婿入りしたところと伝える故事が残り有名である。長江が眺望できる景勝の場所。古来,文人墨客が此の場所を訪れている。快晴とは言うものの冬の風は冷たい。コートにマフラー,手袋で身をガードしての遊覧。此の行程,李先生に陪する。

説明によれば,30年前,周囲は荒涼とした土地であったが,現在は新興住宅地になった由。眼下の長江は涛々と流れている。劉備+孫権と対峙する曹操の三国演義を思い浮かべながらの遊覧。甘露寺鉄塔の創建は唐代,宝暦年間(825〜 827)唯衛公の劉徳裕を記念して建てたものと伝えるが定かでない。

当時は石塔7層,高さ13mであったが,唐代末期に火災により焼失し,現在の殿宇は清代のものと言う
。江蘇省唯一の鉄塔とも言う,八面四門鉄塔が見えてきた。塔身に登ってみた,各層とも八面になっていて四面に出入り口がある。塔身には飛天,坐像,立像,蓮座などが鋳め込まれている。然し保存状態は良くない。甘露寺に遊んで詩を残している蘇東披,欧陽脩等の詩を思い出し,当時の詩人を偲んだ。

  寄題甘露寺北軒  杜 牧(唐)
曾上蓬莱宮里行    曾つて蓬莱宮 里に上るの行
北軒欄檻最留情    北軒の欄檻 最も情を留める
孤高堪弄桓伊笛    孤高 弄するに堪える桓伊の笛
縹渺疑聞子晋笙    縹渺 聞くを疑う子晋の笙  
天接海門秋水色    天は海門に接する秋水の色
烟籠隋苑暮鐘声    烟は隋苑を籠める暮鐘の声
他年会著荷衣去    他年 荷衣を著け会して去らん
不向山僧道姓名    山僧に向かい姓名を道はず

   甘露寺   欧陽脩(宋)
曾非遠城廓    曾つて遠く城廓に非らず
寂尓隔囂氛    寂たり尓が囂氛を隔つ
尚有南朝樹    尚ほ南朝の樹あり
能留北固雲    能く北固の雲を留め
川涛観海若    川涛 海を観るが若く
霜磬入江濆    霜磬 江に入って濆く
衛国丹青在    衛国に丹青在り
孤堂緑柱薫    孤堂 緑柱薫す


2004/02


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