春望
長安の春、感慨を述べたもの。製作時は至徳二載(46)の三月。近体詩。

国破山河在。    国破れて山河在り
城春草木深。    城春にして草木深し
感時花濺涙。    時に感じては花にも涙を濺ぎ
恨別鳥驚心。    別を恨んでは鳥にも心を驚かす
峰火連三月。    峰火 三月に連り
家書抵萬金。    家書 萬金に抵る 
白頭搔更短。    白頭搔けば更に短かく
渾欲不勝簪。    渾べて簪に勝へざらんと欲す


[閒人蒨、春日詩]林有驚心鳥、園多奪目花(林に鳥に心を驚かす有り、園に多く花に目を奪う)
[王勃・詩]物色連三月。(物色 三月に連らなる)
[鮑照・詩]白髪零落不勝簪。(白髪 零落して簪に勝えざらん)。
[花濺涙]花を見るにつけても涙をそそぐ。


[詩語解]
[]  国都をいう。
[] 賊軍に破壊せられたもの。
[国破] 国都の滅びたこと,賊軍の爲に破壊された事を言う。此の國とは国家と解せない方が良い。
[] そのまま存在の意味。
[] 長安城を指す。
[感時] 時事に感激することを言う。
[花濺涙] 花を看て涙を流すので花上に涙を濺ぐのでは無い。
[] 時事。
[恨別] じぶんが朋友妻子などに別れていることを恨む意味。
[峰火] 戦争の時に敵の来襲を報ずる爲めに上げるノロシと言うもので,煙火の類であるが,此処では兵火戦乱の意味にとれば,良く理解出来る。
[連三月] 以前より今の春三月の時節までに引き続く意味。(諸説紛々ある例せば,三ヶ月。作者(杜甫)は至徳元載の末期に長安に入る。その家族と別れて以後の計算とみれば暮春の月まで三ヶ月にて可。) 此の詩題の首聯・頷聯・頸聯についての奇抜な解釈が出てくるのが面白い。後学者よ出で。
[家書] 家人からの手紙。書面。
[] 相当する意味
[] 冠を留める爲に髪に挿す笄(こうがい)

[詩意]
国都が破れて残る所のものは,ただ山河のみになるが,春は依然昔の春で,季節が来れば春らしくなり,自然に城中の草木も生い(おい)茂り深くたちこめる。
此の楽しむべき春も,時世を慨している自分には,却て花を看ても涙を
濺ぎ,一家の離別を恨んでいる自分には,却て鳥の鳴く声を聴いても心を驚かすという風で,眼に触れ耳に聴くもの感慨の種にならないものは無い。
春になったら世も変わって太平の世に成ると思っていたが,此の陽春三月も,叉,兵火の間に過ごさなければならないとは,何とも情けない事ではないか。
我が家は鄜州にあって,長安とはさほど遠くない所であるが,其の消息さえも得ることが出来ない。
もし消息(たより)があったなら,一封の書でも,萬金を得た喜びと同じであろうに,全く家書は来ない。
已に老衰して白髪が多く成ったのに,家を思い心配のみしているから,頭の毛も掻けば掻くほど,パラパラ抜けて短くなってきて,簪(かんざし)をさして冠を戴くことも出来ない程になろうとしている。


[鹵莽獨解字]
此の詩は春望と題してあるが,詩の意味からすれば,乱後の詩であるから,是れは至徳二年の三月・杜甫が長安の賊中に陥入った時の作と想像出来る。非常に有名な詩で,杜甫の詩中,第一に指を屈する程の作であり,有名な詩である。歐陽永叔の六一詩話。司馬温光の続詩話等に此の詩を引いて宋代の名士が嘆賞したので世に盛んに傳唱された。 

乱を憂え春を傷んだ作である。前半は春望の景色で,物を嗜て懷を傷め,後半は春望の情思で,乱に遭遇し家を思う。最初の第一二句の中の二聯を起こし,第五句は第三句に応じ,第六句は第四句に応じている。 烽火の句は感時に応じ,”家書”の句は”恨別”に応じている。そして腰で相続ぐように句造が出来ている。之れを ”続腰法” と言っている。 銭謙益は”感時”,”恨別”,は第二句を承け”花”と”鳥”とは第二句を承けている。
’”
此の詩は沈痛の作といえる。司馬温公,曰く;「”山河在’は余分無きを明にし,’草木深し”は人の無きを述べて,花鳥は平時愉しむべき物,之を観て而して泣き,之を聞いて而して悲しむ,即ち時は知るべし」と評しているが,悽愴悲愴の情を残す。
俳聖芭蕉は「奥の細道」に,「夏草や兵(つわもの)が夢の跡,」と歌っているが,「
国破山河在。城春草木深。」の句より脱胎していることは,頓に知る処である。

且つ,この句の”在” ”深”の両字は真理共に秀づるの趣きがあって,”在”の一字を点じて国家の興廃の悲しみを知る。”深”の一字で草木の盛んに茂る状態を知る。是は「詩の字眼」
と言うものである。
此の字眼はここでは句底に有る。字眼が常に五言の三字目にあると,思う一般の思考を考え直すこと。詩人先賢者は言う:作詩者の深く玩味を要する所なり,と。

平泉の古跡を弔い,さても義臣すぐって此の城に籠もり,功名一時の叢(くさむら)となる。国破れて山河あり,城春にして草青みたりと,笠打ち敷きて時の移るまで泪を落とし侍りぬ。夏草や兵(つわもの)が夢の跡,と杜甫の春望の詩を借りて,懐古の情をのべている。)


         
奧の細道      芭蕉
     衣川は和泉が城をめぐりて,高館の下にて,大河に落ち入る。泰衡等
     が旧跡は,衣が関を隔てて南部口をさしかため,夷を防ぐと見えたり
     さても義臣すぐって此城にこもり功名一時の叢となる。
     國破れて山河あり,城春にして草青みたりと,笠うちしきて時のうつるまで
     涙を落して侍りぬ。  
     芭蕉は杜甫に顚倒す。旅立つ際は必ず,嚢里に”杜甫詩集”在るは有名。


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