立 秋 後 題

 乾元(けんげん)二載、立春節の翌日華州に在り、官を辞めて秦州の方へ赴かんと志した時に感慨を賦したもの。
五言古詩。

日月不相饒。    日月 相饒(あいゆる)さず

節序昨夜隔。    節序 昨夜 (へだ)たる

玄蝉無停号。    (げん)(せん) (さけ)ぶことを(とど)むるきも

秋燕已如客。    (しゅう)(えん) 

平生独往願。    平生 独往(どくおう)

惆悵年半百。    惆悵(ちうちょう)  半白(はんびゃく)

罷官亦由人。    官を罷むるも 亦 人に()

何事拘形役。    何事ぞ 形役(けいえき)(こう)せられん


詩語

不相饒] 饒は「ゆるす」、唐代の俗語、許渾の詩句に【公道世間唯白髪、貴人頭上不曽饒】とある饒も同じ。
[節序]
 立秋の節をいう。
玄蝉] ひぐらしの類。
独往] 世俗を離れ自由に自己の赴くまま。『荘子』(在宥篇)出入六合、遊乎九州、独往獨来、是謂獨有。出て六合に入り九州に遊び独往独来、是れ独有と謂う。
[半百] 五十歳のこと。時に作者(杜甫)は48歳であるが成数をあげていう。
[由人] 他人の爲に辞めさせらしことをいう。
] 拘泥する、
形役] 肉体に使役されること。心の側よりいう。官途にあることを指して形役という。『陶淵明・帰去来辞』既自以爲形役。(既に自から以って形役と爲す。)

訳文
月日は過客の如し、いま立秋になったと思うに、それは早くも昨夜のことと隔ってしまった。茅蜩は鳴き続けているが、燕は旅人のように立ち去る。自分は平生から独自に自由に往来することを願っていた、何時の間にか五十歳近くになったのだ。自分は官を辞めるが先方のご勝手である。自分はとしては何で肉体の爲に心を奴隷化させるような仕事に、へばりついている事があるだろうか。



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