発 秦 州
乾元二年、自秦州赴同谷県紀行。(乾元二年、秦州より同谷県に赴く紀行) 古詩。
杜甫、秦州にも居ることができなくなり、乾元二年の十月に秦州から出発して成州同谷県に赴いた。その途中の紀行を書いたのが、二十首、是はその第一首。作者四十八歳。同谷に赴いた理由は詩の中にみえる。

我衰更懶拙。    我衰へて更に懶拙なり
生事不自謀。    生事 自ら謀らず
無食問楽土。    食無くして 楽土を問ひ
無衣思南州。    衣無くして 南州を思う
漢源十月交。    漢源 十月の交
天気如涼秋。    天気 涼秋の如し
草木未黄落。    草木 未だ黄落せずと
況聞山水幽。    況んや山水の幽なるを聞くや
栗亭名更嘉。    栗亭 名 更らに嘉し
下有良田疇。    下に 良田疇有り
充腸多薯蕷。    腸に充つるに 薯蕷 多く
崖蜜亦易求。    崖蜜 亦 求め易し
密竹復冬笋。    密竹 復た冬笋あり
清地可方舟。    清地 舟を方ぶ可しと
雖傷旅寓遠。    旅寓の遠きを傷むと雖も
庶遂平生遊。    庶くは平生の遊を遂げん
此邦俯要衝。    此の邦 要衝に俯す
実恐人事稠。    実に恐る人事の稠きを
応接非本性。    応接は本性に非ず
登臨未鎖憂。    登臨するも未だ憂を鎖さず
谿谷無異石。    谿谷に 異石 無くも
塞田始微収。    塞田 始めて微しく収む
豈復慰老夫。    豈に復た老夫を慰めんや
惘然難久留。    惘然として久しく留まり難し
日色隠孤戍。    日色 孤戍に隠れ
烏啼滿城頭。    烏啼 城頭に滿つ
中宵駈車去。    中宵 車を駈って去り
飲馬寒塘流。    馬に飲ふ 寒塘の流れ
磊落星月高。    磊落として星月高く
蒼茫雲霧浮。    蒼茫として雲霧 浮ぶ
大哉乾坤内。    大なる哉 乾坤の内
吾道長悠悠。    吾が道 長く悠悠たり


○涼如秋。詳註本作如涼秋。[]
○水。 一作東。
○傷。 一作云。


[詩語解]
懶拙]何をするにも、ものうく、世渡りの下手なこと。
生事]暮らし向きのこと。
生事]『詩経・碩鼠』「楽土、楽土、爰に我が所を得ん」。安楽な土地。
漢源]漢水発源の地方。同谷一帯の地方。
栗亭]成都の東五十里にある。
田疇]田畑。穀の田を「田」、麻の田を「疇」という。
薯蕷]やまの芋。
崖蜜]一種の黒色の蜜峰が山の巌や石壁の閒に貯える蜜、一名を「石蜜」という。
方舟]「方」は並べる。
此邦]秦州を指す。
俯要衝]「俯」は臨む。「要衝」は交通の要所・かなめ。秦州は西域に通じる要路であった。
登臨]山に登り、水に臨んで遊ぶ。
塞田]秦州は関塞なので、田畑の収穫が少なく貧しい。
惘然]茫然自失のようす。
孤戍孤つあるだけの砦。屯兵所。『庾信(ゆしん)・詩』(野孤煙起)野孤煙起こる。
城頭]秦州城壁の上。
寒塘]冬のつうみ。
磊落]ばらばらに離れてあるさま。
吾道]有形の道路を謂う。裏面には履み行う「道」の「義」もある。

詩意
自分は老衰してくると共に、これまでよりも一層無精で世渡り、拙い人間となり、暮らし向きのことなど自分で工夫することも無くなった。ただ、食べる物が無いので、どこかに安楽な土地はないかと尋ね、着る物が無いので、どこか南の暖かい地方に行きたいと思うばかりである。
聞くところによれば、漢水の源の同谷地方は、十月から十一月にかかる頃でも、天気は涼しい秋の気候で、草木も黄ばんで落ちず、亦 山水の景色も幽邃だと言う。栗亭といふ地名も、栗が多くありそうで好い名前だ。
その下には良い田畑がある。山の芋が沢山採れて腹を充たすことは出来る。
山の崖の蜂蜜も容易に手に入れることが出来るそうだ。
竹の滿林には、冬のタケノコがあり、きれいな池には舟を浮かべることが出来ると言う。.其処まで行って住むのは、少々遠いのが傷だが、出かけて、兼ねての旅の願いを遂げたいと思う。
この秦州と言う所は、西域交通の要路に臨み、俗事の多いのには閉口する。人に応対することは、自分の本性では無い。と言ってこの地方は、山水に登臨しtみても、自分の憂いをはらすには足らない。谷間に珍しい石があるわけもなく、憂いを晴らすには足らない。茫然として途方にくれるばかりである。此に長く逗留するわけにはいかない。
こうして、よいよ秦州の町を立ち去ることになった。太陽の色がさびしい屯兵所の当たりに隠れてゆき、鳥の啼き声が城壁の上で聞こえてくる。夜中に車を出して、寒い塘で馬に水を飲ませた。曙に空には高く星月が散乱し、行く手は雲霧がボウーと立ち籠めている。
大なる天地の内、我が行く道は常に遥かで果ても無い。


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