旅夜書懐 永泰元年,渝州から雲安の間の作。近体詩。 細草微風岸。 細草微風の岸 危檣獨夜舟。 危檣獨夜の舟 星垂平野闊。 星は平野に垂れて闊く 月湧大江流。 月は大江湧いて流る 名豈文章著。 名は豈に文章をもって著れんや 官応老病休。 官は応に老病にて休むなるべし 飄飄何所似。 飄飄として何の似たる所ぞ 天地一沙鴎。 天地の一沙鴎 ○垂, 一作随。 ○応, 詳註言, 一作因。 ○飄飄, 一作飄零。 『陰鏗・詩』 度鳥息危檣。 『王粲・七哀詩』 獨夜不能寝。 『謝眺・詩』 大江日夜流。 『漢書・揚雄傳賛』 其意欲求文章,成名於後世。 [詩語解] [危檣] 高い危げな帆柱。 [名豈文章著] 「漢の揚雄は屡々文章で名を後世に伝へんとしたが,自分は胸に経国済民の大志を抱いているので,文章を以て名を著すことは,其の志で無いという 意味である」。 [詩意] 短い草が微風に吹かれる川岸に,帆柱のみ高く立てる。たった一艘の小舟を繋いで泊まり,友なき夜を独り過ごすこととなった。窓を開いて遙か向こうを見渡せば,広々として限り知れぬ處に,天上の星がキラキラと輝き,平野に垂れかかって居るかとばかり思われる。 月は滔々と流れる大江からさながら湧き出たように,燦然たる精光を波間に躍らせる,実に雄大な景色である。今自分はこんな舟中で今夜を過ごすのであるが,満腹に経論を抱いて居るから,決して文章などで名を著すような考えは無い。 然し如何せん病躯であれば官を辞めるより道は無い。其処で斯くなる上は東西に流浪しなければならぬが,此の心細い境遇を例えるなら,全く天地に家無き,處定めず飛び歩く,ここに居る一羽の波間の鴎の如きえある。何時になっら静かに落ち着く事が」出来るか,考えてみれば実に情け無いことである。 [鹵莽解字] 此の詩は杜甫が永泰元年の頃,蜀を去り,長江を下り渝州に行こうとする途中で,その夜泊い眼に入った景を情を述べたものである。然も其れは彼の友,宰相房琯が陳陶斜で戦いに敗れ粛宗が之を眨せんとしたことに当り,上書して諌言を奉ったので,粛宗の忌諱に触れ,官を辞めるようになった。時事の意に満たない事を深く慷慨して作ったもので,沈痛悲涼の音がある。 此の詩の前半は旅夜の景で,後半はその書懐。微風の岸辺に夜舟を独り繋ぐ,岸上に星垂れ,舟前に月湧く景を展開する,「細草微風」の四字は「平野」を起こし「危檣獨夜」の四字は「大江」を伏して交互錯綜して出す,上半の景を雄渾の筆で写す。書懐の根本は「獨夜舟」の三字に有る。此の前聯中の妙味は「垂」「湧」の二字にある。此の二字によって壮大雄闊の長江(揚子江)の夜景が眼に見える様である。練字の妙を学び悟らせる。 一本に「垂」を「随」に作るのも有る。 森槐南は此の「垂」を以て妙と賛嘆している。後半は書懐を述べる,そいて結句二句は江上の夜景と離れず,「飄飄」「沙鴎」の語は「獨夜舟」より生じて前後映し出し一篇を画く。房琯の爲に忌諱に触れたと,筆を措かず,含蓄がある。 又,「豈」「応」の二字の虚字で直裁的になる詩を「虚字」で屈折な字句は妙に尽きる。詩は字を以てす。文は句を以てす。森槐南は此の詩の詩眼を「細微」の二字が「官応老病休」謙抑の詩と照応すると説く。格調の蒼涼なるもので老杜の本色語である。とも説く。 Copyright(C)1999-2011 by Kansikan AllRightsReserved ie5.5 / homepage builder vol.4"石九鼎の漢詩舘" |