禹 廟
永泰元年秋、下江の際の作。忠州の禹廟に謁して作詩。

禹廟空山裏。    禹廟 空山の裏
秋風落日斜。    秋風 落日斜なり
荒庭垂橘柚。    荒庭 橘柚 垂れ
古屋画龍蛇。    古屋 龍蛇を画く
雲気生虛壁。    雲気 虛壁に生じ
江声走白沙。    江声 白沙に走る
早知乗四載。    早く知る 四載に乗じて
疏鑿控三巴。    疏鑿 三巴より控せしを

詩語解
[禹王] 堯・舜に仕えて,大洪水を治め舜の禅を受けて夏王朝を開いた聖王。
[禹廟] 夏の禹王を祀った廟,忠州臨江県の南,岷江を過ぐること二里。江の南岸屏風山在り。
[垂橘柚] だいだい・ゆずの実が枝から垂れる。
[古屋] 屋壁のこと。
[江声] 長江の流れる水おと。
[白沙] 江岸の沙。
[乗四載] 「史記」の夏本紀に 「禹は陸行には車に乗り,水行には船に乗り,泥行にはソリに乗る」,という。
[疏鑿] 疏は通なり,江の水は気をつけること。鑿は山を穿って穴を開けること。『晋・郭璞・江賦』 「巴東之峡,夏后疏鑿」と有るに基づく。
[控] 斑固が西都賦に 「控淮湖を引いて海と波に通ず。」 「控」は水を引くこと。
[三巴] 後漢末蜀の劉璋,巴を分ち,永寧を以って巴東郡と爲し,墊江を巴郡と爲し,閬中を巴西郡と為す,是を三巴と為す。

詩意
人のいない山の中に禹の廟があり,今は秋風に夕日が斜めにさしている。荒れた庭には橘柚の実が垂れ下がり,古ぼけた屋壁には龍蛇が画いてある。
廟外では虛谷の崖壁に雲気が湧き起こり,白い沙岸には江流の声が轟きながら走っている。
禹が洪水を治める爲に四種の乗り物に乗って,江山の疏鑿をして,三巴の方面から水を導いたと言う事は知っていた。
此処に来て目の当たりにその遺跡を見るのである。

             山門峡ダムに鎮座する禹王の像
                                                                               

鹵莽解字
此の詩は杜甫が蜀に居した時に禹廟に参詣して作ったものであり「唐詩選」にも選ばれている有名な詩である。禹廟は蜀の汶山(ぶんざん)と言う山から,禹王(水神)が水を疏鑿して,洞庭湖へ,そして揚子江に持って来た,其の角の處にあるのが此の禹廟である。

『方與照覧』に「禹祠は忠州臨江県南に有り,岷山を去ること一里」とあるのは,此の事である。治水の功徳は歴史上有名である。

此の詩は四十字中に禹廟の景勝と,禹廟の形状,禹王の功徳を読み込んでいる。その起筆に「空山裏」と三字が点明され,秋の夕景に杜甫が廟に参詣の粛然たる様子,三四句は廟中の実景,「橘柚」書経の禹貢に「厥の包は橘柚」とある,「龍蛇」は孟子が禹王の功徳を述べたこと。
文中に「龍蛇を駆って之を菹に放つ」此の二つの経語を用いている。則ち「老杜の用事の三昧法」。

五六句は廟外の実景。禹王の事柄を説く,後聯は「壁間嘘雲気。沙上走江声。」の意味。倒装の句法で筆力を雄健にしている。「江声走白沙」の五字は三峡の山水の険峻を写す。此処は個人的に「小三峡」が想起される。

全篇挌律が謹厳で気象の気雄広大さ,杜甫の杜甫たる所以。

『胡夏客』曰く;「只だ一水涯の古廟のみ,写し得て可久の如く雄壯なるは実に杜甫の大手筆なり。」と。賛嘆の評を下している。此の篇は「四実の法」則ち景を畳み前半は一意を為し。後半も一意と為す。「景畳意二の法」
と言う。

『李夢陽』の「畳景なるものは,意,必ず二,中四句を写すに両景に分ち,まさに重複架畳の病(わずらい)を免れる。」と言う,は是のことと知る。




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