登舟将適漢陽

舟に乗って漢陽の方へ往こうとした時に読んだ詩。大暦五年秋,北帰途中の作。

春宅棄汝去。      春宅 汝を棄て去る
秋帆催客帰。      秋帆 客を催して帰らしむ
庭蔬尚在眼。      庭蔬 尚を眼に在り
浦浪已吹衣。』     浦浪 已に衣に吹く
生理飄蕩拙。      生理 飄蕩に拙なり
有心遅暮違。      有心 遅暮に違う
中原戎馬盛。      中原 戎馬 盛なり
遠道素書稀。      遠道 素書 稀なり
塞雁與時集。      塞雁 時と與に集る
檣鳥終歳飛。      檣鳥 終歳飛ぶ
鹿門自此往。      鹿門 此より往き
永息漢陽機。』     永く漢陽の機を息む

詩語解
[漢陽] 湖北省漢陽府
[春宅] 潭州に於ける江辺の宅を指す。春という字は下の庭蔬を言をう。
[汝] 春宅をさす。
[客] 自己を指す。
[庭蔬] 院中の庭の野菜。
[吹衣] 衣上に吹きつける。
[生理飄蕩拙] 生理は生計之事,飄蕩は漂泊生活,拙字の主語は生理。
[有心遅暮違] 遅暮とは晩年,違の主語は心,心違とは志があるが成し遂げ得ることができないことをいう。
[素書] 絹に書いた手紙。
[塞雁] 長城から渡って来る雁
[時] 秋の時節をいう。
[檣鳥] 風見鳥をいう。
[鹿門] 襄陽にある山の名。龐徳公妻子をひきつれて此処に隠遁する。
[永息漢陽機]この句は以下の詩をふまえて言う。将赴成都草堂途中有作寄巌鄭公。五首の五。

錦官城西生事薇。    錦官城西生事薇なり
鳥皮几在還思帰。    鳥皮几在り還た帰を思う
昔去爲憂乱兵入。    昔去りしは乱兵の入らんことを憂へしが爲なり
今来已恐隣人非。    今来れば已に恐る隣人の非ならんことを
側身天地更懐古。    身を天地に側てて更に懐古し
回首風塵甘息機。    首を風塵に回らせて息機を甘んず
共説総戎雲鳥陣。    共に説かん総戎雲鳥の陣
不妨遊子芰荷衣。    妨げず遊子芰荷の衣

詩意
春の頃はまだ住んで居た宅,私はお前を棄てて往く,秋の帆,其れは自分を促して故郷の方えと帰らせる。あの宅で作っていた庭の野菜は,まだ眼の中から消え失せぬのに,早くも湖上の浦浪は,私の衣に吹き附けてくる。』

私は漂泊している間は生計を立てることはまづく,何かしようと言う志は有っつたが,晩年に,それを為し遂げることが出来なくなった。

中原では兵馬が盛んである,遠方の道路では,手紙のくることは稀でる。長城から渡る雁は秋の時節と共に集まってくる,吾が船の帆柱の風見の烏は年中,飛びうつつている。之からは鹿門山へ往って,漢陰の丈人が帰心を止めた様に,永く帰心を止めようと思う。』



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