大田南畝 大田南畝。名は覃、字は子耜。通称、直次郎。又、蜀山人。又、杏園と号す。父は幕府の御徒で、南畝も十七歳で、その禄を継ぎ生涯幕臣として暮らした。内山賀邸。松崎看海。に学び祖徠学の系統である。四方赤良、四方山人、性は洒落。飄逸。世事を達観して時勢を風刺し、天明調の基礎をなした狂歌師で洒落本の作者としても傑出している。 詩集に『杏園詩集』がある。その詩は古文辞派である 　　　病　起 三伏炎蒸彼一時。　　　三伏の炎蒸　彼も一時 高秋病起出茅茨。　　　高秋　病より起き　茅茨を出ず 市中年少驚相問。　　　市中の年少　驚き相い問う 閉戸先生何所之。　　　閉戸先生　何くに之く所ぞ 　　　雪中訪隠者不逢 東郭先生去不逢。　　　東郭先生　去って逢えづ 山中唯有履行蹤。　　　山中　唯だ　履行の蹤あり 回看欲記重来路。　　　回らし看て　重ねて来たる路を　記せんと欲す 雪没門菊一古松。　　　雪は没す　門菊　一古松 　　　望　嶽 日出扶桑海気重。　　　日出でて　扶桑　海気　重なる 青天白雪秀芙蓉。　　　青天　白雪　芙蓉　秀で 誰知五岳三山外。　　　誰か知らん　五岳　三山の外 　　　歳暮独酌 独酌清樽一酔歌。　　　独り　清樽を酌んで　一たび酔歌 玉山崩処正嵯峨。　　　玉山　崩る処　正に嵯峨たり 胸中磊塊応須澆。　　　胸中　磊塊　応に須べからく澆ぐべし 身後高名豈足多。　　　身後の高名　豈に　多とするに足らんや 日月能開青眼少。　　　日月は能く　青眼を開くこと少く 風塵転遂白駒過。　　　風塵は転た　白駒を遂うて過ぐ 人生幸有忘憂者。　　　人生　幸いに　忘憂の者あり 遮莫年光送逝波。　　　さもあれば　あれ　年光の　逝波を送るは 　　　漁　樵 漁海樵山一放歌。　　　海に漁り　山に樵して　一ら放歌 長将岳壑対烟波。　　　長も　将に岳壑　烟波に対するなるべし 江流滾滾迎垂釣。　　　江流　滾滾として　垂釣を迎え 谷響丁丁答伐柯。　　　谷響　丁丁として　伐柯二答る 拾菓行随榛路去。　　　菓を拾うて　行きて　榛路に随うて去る 得魚時向酒家去。　　　魚を得て　時に家に向かって過ぐ 羨君各自安生計。　　　羨む君が　各自　生計に安んずるを 世上機心不耐多。　　　世上の機心　多きに耐えず 　　　七　娘　詞 城北佳人字七娘。　　　城北の佳人　字は七娘 芳年幾日託僧房。　　　芳年　幾日　僧房に託す 幕中巣得紅襟燕。　　　幕中　巣む得たり　紅襟の燕 廉外窺看白面郎。　　　廉外　窺い看る　白面郎 艶質曾経迷下蔡。　　　艶質　曾経　下蔡を迷はし 幽期一失憶西廂。　　　幽期　一たび失して　西廂を憶う 如令火底蓮花在。　　　如し　火底の蓮花をして在らしめば 縦死猶生並蒂長。　　　縦え死すとも　猶を　並蒂の長きを生ぜん 　　題虎渓三笑図 終年不出山。　　　終年　山を出でず 一日不知禁。　　　一日　禁を知らず 借問遠公心。　　　借問す　遠公の心 相忘為誰甚。　　　相い忘る　誰が為に甚だしき 　　　　　08/11/23 　　　　　石　九鼎　　　　TOP