西郷南州

西郷南州名は隆盛。吉之助と称す、薩摩の人、明治維新の功臣、参議、陸軍元帥、陸軍大将を任じ近衛都督を兼る、明治六年征韓論起こるに及び諸侯と議合はず郷に帰る、私学を設けて子弟を薫育する。明治十年没。年五十一。

    偶 成
幾歴辛酸志始堅。   幾たびか辛酸を歴て 志 始めて堅し
丈夫玉砕愧甎全。   丈夫 玉砕 甎全を愧ず
吾家遺法人知否。   吾が家の遺法 人 知るや否や
不為児孫買美田。   児孫の為に美田を買はず

    題岩崎谷洞
百戦無功半歳間。   百戦 功無し半歳の間
首邱幸得返家山。   首邱 幸に家山に返るを得たり
笑儂向死如仙客。   笑う儂が死に向んとして仙客の如く
盡日洞中棋響閑。   盡日 洞中に 棋 響き閑なるを

    逸 題
不養虎兮不養豺。   虎を養しなはず 豺を養しなはず
亦是九州西一涯。   亦た是れ九州の西の一涯
七百年来旧知処。   七百年来 旧知の処
百二都城皆我儕。   百二都城 皆な我が儕
圧倒海南三尺剣。   海南を圧倒す三尺の剣
蹂躙天下七寸鞋。   天下を蹂躙す七寸の鞋
人若欲識吾居処。   人 若し吾が居処を識らんと欲せば
長住麑城千石街。   長く住す麑城の千石街

    亡友月照十七回忌辰作
相約投淵無後先。   相約して淵に投ず後先なし
豈図波上再生縁。   豈に図らんや 波上 再生の縁
回頭十有余年夢。   頭を回らせば 十有余年の夢
空隔幽明哭墓前。   空しく幽明を隔てて 墓前に哭す

    辞 闕
獨不適事情。   獨り 事情に適さず
豈聞歓笑声。   豈に聞かんや 歓笑の声
雪差論戦略。   差を雪ぎ 戦略を論じる
忘義唱和平。   義を忘れ 和平を唱える
秦檜多遺類。   秦檜 遺類 多し
武侯難再生。   武侯 再生 難く
正邪今何之。   正邪 今 何こに之れなる
後世必知清。   後世 必ず 清を知るなるべし

     辛未作
朝蒙恩遇夕焚玩。   朝に恩遇を蒙り 夕べに焚玩
人生浮沈似晦明。   人生の浮沈 晦明に似たり
縱不回光葵向日。   縱え光を回らさずも 葵は日に向かう
若無改運意推誠。   若し運を改する無くんば 意は誠を推す
洛陽知己皆為鬼。   洛陽の知己 皆な鬼と為す
南嶼俘囚獨窃生。   南嶼の俘囚 獨り生を窃む
一死何疑天附與。   一死 何ぞ疑がはん 天附與
願留魂魄護皇城。   願はくは魂魄を留めて 皇城を護らん

      2009/03/21      石九鼎の漢詩舘