蒼海詩集 (上)               石九鼎の漢詩館

全集巻一

   癸丑歳在京師作 (三首)之一   (癸丑の歳,京師に在りて作る)
玉帛朝貢絶。   玉帛 朝貢絶え
山陵草木古。   山陵 草木古る
天子方憂思。   天子 方に憂思す
人臣焉安処。   人臣 焉んぞ安処せん

   癸丑歳在京師作 (三首)之二
内姦未剪除。   内姦 未だ剪除せざるに
外寇矧逼迫。   外寇 いわんや逼迫す
夢我謁帝傍。   夢みる我れ 帝の傍に謁し
泣奏太平策。   泣いて太平の策を奏するを

   癸丑歳在京師作 (三首)之三
武人為大君。   武人 大君となり
由来泊名器。   由来 名器をしずむ
夢我謁帝傍。   夢みる我 帝の傍に謁し
命吾追討使。   吾に追討使を命じる

   南海望琉球諸島 (南海の琉球諸島を望む)
風勢鼓涛涛勢奔。   風勢 涛を鼓し涛勢 奔る
火輪一幇艦旗翻。   火輪一幇 艦旗翻える
聖言切到在臣耳。   聖言切到 臣が耳にあり
保護海南新置藩。   海南新置の藩を保護せよ

   発天津 (天津を発す)
悠悠白水向東馳。     悠悠たる白水 東に向って馳す
陸堡海船装置宣。     陸堡海船 装置宣し
齊発(碼交)声為我寿。  齊しく砲声を発して我が為に寿す
薫風吹動両朝旗。     薫風吹き動かす両朝の旗

   通州
使事完成持節還。    使事完成 節を持して還る
猶嗤身世未全閨B    猶を嗤う身世 未だ全くは閧ネらざるを
通州夜雨篷窓夢。    通州の夜雨 篷窓の夢
重謁清皇咫尺間。    重ねて清皇に謁する咫尺の間

   長崎
纔入本朝風気醇。    纔かに本朝に入って風気醇なり
山川秀麗自然真。    山川秀麗 自然に真なり
却思嘗在北京日。    却って思う嘗て北京に在り日
満地塵沙没了人。    満地の塵沙 人を没了す

 将航于清国。別友人 (将に清国に航せんとして別友人と別る)
覆天銀河水。   天を覆う銀河の水
沛然洗人間。   沛然として人間を洗う
応識我行路。   応に識るべし我が行路
自為清浄寰。   自から清浄の寰を為すを

   客中示人(二首)之一 (客中人に示す)
昔日欽差頭等臣。   昔日欽差 頭等の臣
今年単旅歴遊身。   今年単旅 歴遊の身
一生快楽誰能較。   一生の快楽 誰か能く較べん
名水佳山到所新。   名水佳山 到る所に新なり

   客中示人(二首)之二
奉使燕京彼一時。   使を燕京に奉ず彼れ一時
両朝文物尽威儀。   両朝の文物 尽く威儀あり
葛巾今日何瀟灑。   葛巾今日 何ぞ瀟灑なる
任意秋風自在吹。   任意なれ 秋風の自在に吹くは

   次韻弔項羽答曾根俊虎 (次韻して項羽を弔い曾根俊虎に答える)
鳴雁枯芦天欲霜。   鳴雁枯芦 天 霜ならんと欲す
烏江暮色正茫茫。   烏江の暮色 正に茫茫
沛公子孫今予在。   沛公の子孫 今われ在り
鼓棹中流弔項王。   棹を中流に鼓して項王を弔う

   解嘲 四首(一) (かいとう)
筆與腕随聊取態。   筆は腕と随うて 聊か態を取り
詩衝口出尚成章。   詩は口を衝いて出で尚を章を成す
平生不解酒中趣。   平生 解せず酒中の趣
竟是醒狂異酔狂。   竟いに是れ醒狂は酔狂と異なる

   解嘲 四首(二)
禿毫敗硯與身随。   禿毫 敗硯 身と随い
杜撰歪書杜撰詩。   杜撰の歪書 杜撰の詩
収拾雲煙唯自適。   雲煙を収拾して唯だ自適
水山無処不清奇。   水山 処として清奇のならざるなし

   解嘲 四首(三)
青年自覚気如虹。   青年 自から覚える気は虹の如しと
老去唯看髪若蓬。   老い去り唯だ看る 髪は蓬のごときを
聊復與人間作句。   聊さか復た人間と句を作す
屠龍手竟換雕蟲。   屠龍 手は竟に雕蟲に換える 

   解嘲 四首(四)
読書常詩R高節。   読書 常に獅キ抗高の節
論説非為広長舌。   論説 広長舌を為すにあらず
簡切直標本旨來。   簡切 直ちに本旨を標し來る
片言亦是腔中血。   片言 亦た是れ腔中の血

   楓橋
月落烏啼霜満天。   月落ち烏啼いて霜は天に満つ
楓橋夜泊転蕭然。   楓橋の夜泊 転た蕭然
兵戈破却寒山寺。   兵戈破却する寒山寺
無復鐘声到客船。   復た鐘声の客船に到るなし

   別徐明府  (徐明府に別れる)
秋風吹老鬢毛斑。   秋風 吹き老いて鬢毛 斑なり
放浪山川未欲還。   山川に放浪して未だ還るを欲せず
若問前程指何地。   若し前程は何れの地を指すかと問はば
武昌漢口九江間。   武昌 漢口 九江の間

   歳云暮矣。歳暮之嗟  (歳云暮矣三章。章四句)
歳云暮矣。  歳ここに暮る
天其陰矣。  天それ陰る
婦病児啼。  婦病み児啼き
方痛我心。  まさに我が心をやむ

天其陰矣。  天それ陰る
歳云暮矣。  歳ここに暮る
児啼婦病。  児啼き婦病み
我心方痛。  我が心まさにやむ

老夫子矣。  老夫子
称英雄矣。  英雄と称す
時笑時傷。  時に笑い時に傷む
流俗乃同。  流俗すなわち同じ

巻二

   古楊柳枝詞 (古楊柳枝の詞)
河辺楊柳百条枝。   河辺の楊柳 百条の枝
東風西風祗自吹。   東風西風 祗だ自ら吹く
曾繋春懐還不足。   曾て春懐を繋ぎ還た足らず
又招秋思上來時。   又た秋思を招き來る時に上る

   暮門
長息令男昔在日。   長息令男 昔 日に在り
憶同携手登茲邱。   同じゆう手を携さえ茲の邱に登るを憶う
今年還独将悲汝。   今年還た独り将に汝を悲しましむ
竟使山茶照白頭。   竟に山茶をして白頭を照しむ

   辞職有作 (辞職 作あり)
学渉古今才未真。   学びは古今に渉り 才未だ真ならず
粗豪為性徳無鄰。   粗豪 性と為す徳は鄰なく
只有聖恩與天大。   只だ聖恩と天の大なる有り
為容独立不覊民。   容さに独立を為し覊民とならざるべし

   示正直 (正直に示す)
国会型章降自天。   国会の型章は天より降る
明治辛巳記行年。   明治辛巳 行年を記す
以民為本邦之道。   民を以って本と為すは邦の道なり
作約芦騒西土賢。   作約の芦騒 西土の賢
◇西芦:ルソー

   酒田瞰海楼詠 (酒田の瞰海楼で詠ず)
羽州西望足青波。   羽州 西望すれば青波足る
鳥海山容依旧多。   鳥海の山容 旧に依りて多し
世事蒼茫人欲老。   世事 蒼茫 人は老いんと欲す
楼船嘗載大兵過。   楼船 嘗って大兵を載せて過ぐ

   風塵
我今敢謂自由身。   我は今 敢て謂う自由の身と
悶著風塵笑鬼神。   風塵を悶著し鬼神を笑う
若欲終生無係累。   若し終生 係累を無からんと欲せば
無妻無子無君親。   妻なく子なく 君親なし

  滄海詩集 〈下)


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