永井 荷風

               永井荷風。(1879 〜1950)名は壮吉。荷風は号。荷風の随筆に『下谷叢話』がある。大沼枕山と森春涛、
                   の三家を述べている。著:荷風全集に漢詩30首前後掲載している。
                   永井荷風は谷崎潤一郎と双壁を成す文豪で知られ、耽美主義は森鴎外の作品によって眼を開かされたと述べている。
                   文豪・森鴎外と夏目漱石、ともに、平伝され。ヨーロッパに留学、鴎外は常にヨーロッパの先進文学を意識し、早く取り入れ
                  、一早く発表していた。故に”箱もの”と言はれ漱石と対照的。である。

             
                      無題
               四壁蕭條夜気凝。    四壁 蕭條として 夜気凝る
               吟心此処澹於僧。    吟心 此の処 僧よりも澹し
               銅瓶寒倚梅花影。    銅瓶 寒く倚る 梅花の影に
               好與詩人分一灯。    好し詩人と 一灯を分かたん

                      無題
               東風簾幕影瓢搖。    東風 簾幕 影 瓢搖
               鈴索無声鳥語嬌。    鈴索 声なく 鳥語 嬌ぶ
               夢裏春寒猶到枕。    夢裏の春寒 猶を枕に到る
               一欄梨雪昼粛粛。    一欄の梨雪 昼 粛粛たり

                      無題
               黄昏転覚薄寒加。    黄昏 転たた覚える 薄寒の加うるを
               載酒又過江上客。    酒を載せ 又過ぐ 江上の客
               十里珠簾二分月。    十里の珠簾 二分の月
               一湾春水満堤花。    一湾の春水 満堤の花

                      ?上春遊  (二十絶句。其の一)
               十里長堤望欲迷。    十里の長堤 望み迷はんと欲す
               傷春重過断橋西。    傷春 重ねて過ぎる 断橋の西
               王孫塚上?蕪雨。    王孫塚上 ?蕪の雨
               一路残鶯抵死啼。    一路 残鶯 死に抵るまで啼く
                 ◆王孫塚上:『木母寺』にある梅若丸の墓のこと。随って王孫とは梅君のこと。梅君は五歳の時、父を失い、七歳の時、
                       延暦寺にはるが、山から逃げ出す。大津に行く、然し陸奥の人買いに掠われた。陸奥へ連れて行かれる途中
                      、隅田川で病死する。人々は憐れみ葬り、寺を建立した。之を「木母寺」と言う、この物語りは『謡曲・隅田川』で有名である。


                       ?上春遊  (二十絶句。其の二)

               長江三月景偏饒。     長江 三月 景 偏えに饒し
               柳正催顰花正嬌。     柳まさに 顰を催し 花まさに嬌
               舟過白鴎渡頭水。     舟は過ぎる 白鴎 渡頭の水
               春波依旧緑迢迢。     春波 旧に依りて 緑 迢迢たり





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