大久保湘南

大久保湘南。名は達。字は雋吉。湘南と号す。佐渡相川の出身。儒者・円山北溟に学ぶ。両親の死後、北海道に渡り函館区役所書記。次いで、内務省属官・高等商業学校講師・法典調査会書記を務め函館日日新聞社を経て上京した。

明治38/1/5『随鴎吟社』を興した。明治詩壇での活躍が期待されたが、41/2/7、44歳の若さで死没した。死後、『随鴎吟社』は、佐藤六石・土居香国・久保天随、等によって引きつがれた。


     春日古塁
陟彼春日山。    彼の 春日山に 陟れば
我馬何玄黄。    我が馬 何ぞ 玄黄
天地雁声響。    天地 雁声 響き
古戍秋煙涼。    古戍 秋煙 涼し
南山作屏嶂。    南山 屏嶂と作す
北海作塹溝。    北海 塹溝と作す
守豈在険要。    守ること豈に 険要あらんや
不用弓箭長。    弓箭の長きこと  用いず
颯爽霜台公。    颯爽たり 霜台公
威武震四彊。    威武として 四彊を震わす
與其三日覇。    其の三日に 覇たるは
寧為北方強。    寧しろ 北方の強と為るも
百代墓石泐。    百代 墓石は泐す
侠勇名未亡。    侠勇の 名 未まだ亡びず
群星乱垂野。    群星 乱れて野に垂るる
猶劃百戦場。    猶を百もの戦場を劃す
   ◆此の詩、春日山古城に登った時、上杉謙信公を偲んでの作。上杉謙信が山城に籠り、能登・信州・越後・関東に勢力を振ったことを述べている。
   ◆「陽韻」を用いた、「五言古詩一韻倒底挌」

     中夜不寐有感于懐
哀音酒醒不堪聞。   哀音 酒醒めて 聞くに堪えず
決眦澄空雁陣分。   眦(まなじり)を決す 澄空の 雁陣 分つを
午夜凄寒虫喞喞。   午夜 凄寒 虫 喞喞たり
一天落水月紛紛。   一天 落水 月 紛紛たり
秋声如此痛銷骨。   秋声 此の如し 痛 骨を銷し
詩夢云何懶似雲。   詩夢 云何 懶 雲に似たる
本識性情愜山澤。   本と識る性情 山澤に愜するを
蕙蘭與我吐奇芬。   蕙蘭 我がために 奇芬を吐く

     病中雑感
燕帰梁後雨無痕。   燕 梁に帰る後 雨 痕なし
垂柳如人痩叩門。   垂柳 人の如く 痩せて門を叩く
病已纏綿情更悪。   病 已に 纏綿 情 更に悪し
最凄涼候是黄昏。   最も凄涼の候 是れ黄昏

      08/12/01     石 九鼎  著す