後藤 蘆州
後藤蘆州。名は中。幼名は寅吉。蘆州と号す。備中府中(現在・広島県府中市)の人。三歳で父を失い、伯父に養われたが、独学して経史詩文に通じ、郡役所の書記となった。35歳で高文試験に合格し、専売局に入って各地を歴任した。福岡専売局長を最後に退官し、故郷に帰り優遊自適をし詩を賦す。

若い時から、久留米の詩界の巨匠 『宮崎来城』と親交を持ち、その詩文は優に名家の域に入ると称され又、郷土の先覚・『管茶山』の詩文を学んだという。著に「蘆州遺稿」が有る。尾道市の友人・浜本海賓が編刊した。

   謁茶山先生墓
四顧荒涼古駅阿.。    四顧 荒涼たり 古駅の阿(くま)
西風吹老奈愁何。    西風 吹き老い 愁をいかんせん
夕陽来拝詩仙墓。    夕陽 来たり拝す 詩仙の墓
依旧満山黄葉多。    旧に依って 満山 黄葉多し
  ◆詩仙=管茶山を指していう。
  ◆この詩の転結は廉塾の堂号・紅葉夕陽村舎を分ち用いている。

   歳晩雑感
今年云暮矣。   今年 ここに暮れたり
節物太怱々。   節物は 太だ怱々たり
不省形骸老。   省せず 形骸の老いしを
独耽詩句工。   独り耽る 詩句の工(たくみ)なるに
貧唯原憲似。   貧は唯だ 原憲に似たる
嬾與嵆康同。   嬾は嵆康と同じ
人事蓋棺定。   人事は棺を蓋って 定まる
何須問碧翁。   何ぞ須いん 碧翁に問うを
  ◆原憲:孔子の弟子。赤貧洗うが如きも深く道を楽しんだ人。
  ◆嵆康:晋の竹林の七賢人の一人。
  ◆碧翁:青天のこと。天に向かって問いかける。屈原の離騒に「天問の章」参照すべし。

    雨中入京都口占
高尾楓葉秋猶未。     高尾の楓葉 秋なお未だし
嵐峡桜花春已陳。     嵐峡の桜花 春 已に陳りぬ
天意応嫌欠奇景。     天意 応に嫌うなるべし 奇景を欠くを
故将煙雨付詩人。     故に煙雨を将って 詩人に付す

    尾道雑詩
勝遊何処訪遺芳。     勝遊 何れの処にか遺芳を訪わん
当日風流夢一場。     当日の風流 夢 一場
無限閑愁鎖煙雨。     無限の閑愁 煙雨に鎖され
春寒四十八禅房。     春寒 四十八禅房
 
    偶感
石篇詩賦豈沾名。     石篇の 詩賦 豈に名を沾はんや
一束陳編独有情。     一束の陳編 独り 情有り
矻矻灯前何所作。     矻矻 灯前 何の作す所ぞ
数茎白髪老書生。     数茎の白髪 老書生

   題桃源図
犬吠鶏鳴白日幽。    犬吠 鶏鳴 白日幽なり
重髫黄髪不知愁。    重髫 黄髪 愁を知らず
源頭無復漁人到。    源頭 復た漁人の到る無く
花落花開水自流。    花落ち花開いて 水 自ら流る

   碧血碑
碧血碑辺碧血腥。    碧血 碑辺 碧血 腥ぐさし
当年順逆不堪聴。    当年の順逆 聴くに堪えず
離離満地無名草。    離離たる 満地 無名の草
亦受春暉一様青。    亦た 春暉を受けて 一様に青し
  ◆碧血碑:函館港を見下ろす丘にある。函館五稜郭に散った忠魂を祀る。

       08/11/09      石 九鼎    著す