金谷集作詩 潘安仁 潘安仁(247 300)西晋の人。字は安仁。河南省縈陽の生まれ。少年の時、名族楊肇に才能を認められ、その娘を娶って順調に官界コースを歩んだが、趙王倫のクーデターのとき、石崇・欧陽建らとともに殺害された。 文才と美貌をもって聞こえ、潘安仁の名は後世美男の代名詞とされた。恵帝の皇后の一族賈謐のもとに集まった高名な文人たち、いわゆる二十四友の筆頭にあげられ、陸機とともに当時の修辞主義文学の第一人者であった。ことに妻の死をいたんだ「悼亡詩」三首をはじめとする哀傷の文学に優れた作品を残した。 金谷水は、河南の太白原から出て、東南に流れ、金谷を経る。そして石崇の別荘の処を流れる。そこでの送別の作。 王生和鼎実 石子鎮海沂 親友各言邁 中心悵有違 何以敍離思 携手遊郊畿 朝発晋京陽 夕次金谷湄 廻谿縈曲阻 竣阪路威夷 廻谿は曲阻を縈る 緑地汎淡淡 青柳何依依 濫泉龍鱗瀾 激波連珠揮 前庭樹沙棠 後園植鳥椑 霊囿繁若榴 茂林列芳梨 飲至臨華沼 遷坐登隆坻 玄醴染朱顔 但愬杯行遅 揚桴撫霊鼓 簫管清且悲 春栄誰不慕 歳寒良独希 投分寄石友 白首同所帰 分を投じて石友に寄せる 白首まで帰する所を同じくせん。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ {詩語} 王生=王詡のこと。 和鼎実=祭酒が、三公を補佐し鼎を和する。(天下を調理する)。実=周礼に「鼎爼を陳し牲体を実たす」。 石子=石崇。 鎮海沂=海のほとり。沂は、沂水。(山東省に有る地方名)。城陽の太守となったこと。 中心=心の中。 離思=思い、はかなさ。 郊畿=郊外。 晋京=晋は洛陽に都した、ので京という。 次=やどる。至る。 湄=みずぎわ。水岸。 曲阻=曲山。 汎=ひろい。ただよう、あまねく。、風波のままにただよう。 淡淡=①さっぱりしたさま。②水が満ちるさま。水の揺らぐさま。「澹澹」に同じ 依依=よりそうように。柔らかに垂れ下がる。 濫泉=下から上にわきでる水。 沙棠=芳梨。(西京雑記、上林{天子の苑の名}に、それらの木があることをいう。 囿=鳥・獣を養うその。 飲至=「左伝隠公五年の条」。儀式の一種、。 隆坻=「坻」は李善注には(水中の高地)。 玄醴=黒黍の酒。 春栄=少壮に例えた。周易陰符に「春の道生じて、万物栄える」。という。 歳寒=①寒い時候になる。②老年のたとえ。逆境、乱世のたとえ。 石友=友誼の固いこと。 白首同所帰=帰着するところを一にする。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 「訳文」 王君は国子祭酒として政を調理し、石君は城陽の太守として海辺の地を治めることになり、親しい友人は任地に赴くので、私は寂しい、離別の情を如何に述べようか。供に手を携え郊外に遊びたい。そこで、朝、洛陽の南を出発し、夕べに金谷の辺に着いた。 谷川は屈曲した山麓に沿うて巡り、険しい坂道が長くつずく。池は広く緑水が静かにたたえ、柳は青く茂り、しなやかに垂れている。溢れ出る水は波だち、龍の鱗の如く、彩文をなし、波が石に当たって激する所は珠玉を連ねたように、水の飛沫を散らす。 前の庭には沙棠の木が立ち並び、後ろの園には鳥椑の木が生えている。麗しい園には若榴がしげり、密林には芳梨がならぶ。華麗な沼にのぞんで酒盛りが催され、しばしば宴席を移し高い岸に登る。 黒酒に酔い、顔があかく染まり、杯の巡るのが遅いのをうらむ。ばちを挙げて鼓をうち、笛の音は澄み、悲しげに響く、春は草木が栄えて、たれもが皆慕い喜ぶが、年の暮れに凋落しない草木は稀である。我々は親友と志をなげ寄せている。白髪の年までも、生きながら、共に終わりたものである。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ Copyrightc 1999-2012"(IshiKyuuteiKanshikan)"All rights reserved. IE6 / Homepage Builder vo16 |