古詩十九首    (Ⅰ) (Ⅱ) (Ⅲ) (Ⅳ) (Ⅴ)

古詩十九首.其之一は「文選」にも見える.一人の一時の作でない,名称の纏めから,「文選」では作者不明.「玉台新詠」(梁の徐陵の編集)は,漢の枚乗の作品だとするむきが多い.なぜなら,枚乗は漢の武帝時代の賦の名手.19首中,8首は枚乗の作品だと言う説もある.十九首の中で五言詩形が整っていることかや、詩中に後漢の都城の見えるこなどから、これらを総べて前漢の作とみることはできない。後者の史実立証を待つ.

         古詩十九    其の一首
   行行重行行    行行 重ねて行行
   與君生別離    君と生きて別離す
   相去萬餘里    相去ること萬餘里
   各在天一涯    各々天の一涯に在り
   道路阻且長    道路 阻にして且つ長し
   會面安可知    會面 安くんぞ知る可けんや
   胡馬依北風    胡馬 北風に依り
   越鳥巣南枝    越鳥 南枝に巣くう
   相去日已遠    相去りし 日々已に遠く
   衣帯日已緩    衣帯は 日々已に緩む
   浮雲蔽白日    浮雲は 白日を蔽い
   遊子不顧返    遊子は 返り顧ず
   思君令人老    君を思い 人をして老いせしむ
   歳月忽已晩    歳月 忽ち已に晩れる
   棄捐勿復道    棄捐 復た道う勿からん
   努力加餐飯    努力し 餐飯を加えよ


此の詩は妻が帰らぬ夫の身を切切と思う情が流露された詩である.文字通り自然な愛情の歌とみるべきであろうが、中国の註釈家達は、古来総べての詩は道義や政治の為のものであるとして、此の詩にも裏面の意味を強いて求めようとする傾向がある。
語釈:
行行=(論・先進):「子路行行如也」
生離別:生きて離別する
天一涯:天の果て.空と空の果て,
阻且長;山河を隔て険しく,そして,長い
胡馬依北風:北方,または西方の「えびす」の馬.北方の胡地(蒙古地方)に生まれた馬は北風が吹いてくると北風に向いて嘶き,身を寄せて故郷を懐かしがる.故郷の忘れ難い例え.
越鳥巣南枝:越と言う南方の鳥は北の土地に連れていっも,南方の枝に巣をかける.
衣帯:(1)着物と帯.装束(2)着物の帯
浮雲:(1)浮き雲,空にうかんでいる雲.(2)自分に全く関係の無い物事の例え.一説に,存在性のうすい例え,また,軽いものの例え,(論語・述而)「不義而富且貴,於我如浮雲」(3)悪人の例え,浮雲が太陽の光を遮るから言う.
遊子:他郷にある人,旅び人.(史・高祖紀 「遊子悲故郷」)


      古詩十九 其のニ
  
  青青河畔艸    青青 畔の艸
    
欝欝園中柳    欝欝たる園中の柳
    盈盈楼上女    盈盈たる 楼上の女
    皎皎当窓牅    皎皎として窓牅に当たる
    娥娥紅紛粧    娥娥たる紅紛の粧い
    繊繊出素手    繊繊として素手を出す
    昔為倡家女    昔は 倡家女の女為り
    今為蕩子婦    今は 蕩子の婦為たり
    蕩子行不帰    蕩子 行きて帰らず
    空牀難独守    空牀 独り守り難からん

此の詩は①不幸な結婚をした婦人が一人寂しく留守をしているのを同情した詩と解釈。②遊治郎に身受をされた妓女の儚い運命を歌った詩であると2通りの解釈がある
語釈:
==鬱々==茂るさま
皎皎==色白くひかるさま
娥娥==女の美しい形容
倡家==遊女屋
蕩子==放蕩の男子

此の詩は蕩子郎に身請けされた妓女のはかない運命を歌った詩である

       古詩十九  其の三首
      青青陵上栢    青青たる陵上の栢
     磊磊礀中石    磊磊たる礀中の石
     人生大地間    人の大地の間に生る
     忽如遠行客    忽ち遠行の客の如し
     斗酒相娯楽    斗酒 相い娯楽しみて
     聊厚不為薄    聊く厚しとして 薄しと為さざらn
     駆車策駑馬    車を駆て 駑馬に策うちて
     遊戯宛與洛    宛と洛(與)に遊戯すれば
     洛中何欝欝    洛中 何ぞ欝欝として
     冠帯自相索    冠帯 自ら相い索む
     長衢羅夾巷    長衢 夾巷に羅(つら)なり
     王侯多第宅    王侯 第宅 多し
     両宮遥相望    両宮 遥かに相い望む
     双闕百余尺    双闕 百余尺あり
     極宴娯心意    宴を極めて 心意を娯ましぶれば
     戚戚何所迫    戚戚として 何の迫る所ぞ


此の詩は①世の中は面白く暮らすのが良い,極めて享楽的な詩であると解釈するのもあるが、②人生は現れてすぐ見えなくなる旅人のようなものと感じて悲しみを抱きながら、それを忘れる為のわびしい酒盛りをする。山間から都会の人間の現実世界に身を駆って、享楽と野心の中に憂いを消そうとする。最後の一句中の「戚戚」の言葉の底。人生の憂いこそ、この詩の基調である。
語釈
磊磊==石のごろごろしたさま
礀==石間の水. 
聊厚不為薄==酒を飲んで楽しみ,多少厚くても厭わず,又,薄しともしない,転じて,しばらく,之は結構なご馳走だと思い,つまらぬものと思うまい.
駑馬==足の鈍い馬では,あるがの意.
宛與洛==河南省の南陽の宛県と洛陽
欝==繁盛の状態
冠帯==衣冠束帯,即ち貴族官僚人
自相索==相追い求める,訪問しあう,
長衢==長い大通
羅==羅列,連なり並ぶ
第宅==邸宅
両宮==洛陽にある
双闕==宮門の左右にある高い楼閣
戚戚==憂い,悲しみ
何所迫==どうして身に迫り近寄ることができようか

 古詩十九首之四  
        (今日の良宴会)
    今日良宴会。    今日の良宴会
    歓楽難具陳。    歓楽は具に陳べ難し
    弾筝奮逸響。    筝を弾いて逸響を奮へば
    新声妙入神.。    新声 妙えなること神に入る
    令徳唱高言。    令徳 高言を唱へば
    識曲聴其真。    曲を識るもの其の真を聴く
    斉心同所願。    心を斉しくして願う所を同じくすれども
    含意倶未申。    含意 倶に未だ申べず
    人生寄一世。    人生 一世に寄せること
    奄忽若?塵。    奄忽として?塵の若し
    何不策高足。    何ぞ高足に策ちて
    先拠要路津。    先づ要路の津に拠らずして
    無為守窮賎。    無為にして窮賎を守り
    轗軻長苦心。    轗軻 長しえに苦心する


=逸響:;優れた響き。
     妙入神;;霊妙なる神秘性を感じる域にはいること。又は怪しく不思議な程,上手なこと。
     令徳;;善良な人柄。人格。
     高言;;優れた歌詞。
     奄忽;;忽ち見えなくなること。
     ?塵;;風に翻る塵。
     高足;;足の速い馬,転じて,才能を言う。
     要路津;;要路は権力者。大切な場所(政治上の地位))
        津;;立場上優位な場所。地位,此こでは,出世上の利用となるひと,
     轗軻;;車が行き悩む事,物事のうまくいかないさま。転じて,不遇な事。
この詩は知音知己の良友が、楽しい宴会の感動から、短い人生の間に、互いに尊敬する人物が才能を発揮する機会も無く窮賤に苦しむことを惜しみ概いた詩である。

   08/11/30      石 九鼎   著