黄葉夕陽村舎 巻3  

  題奈古曾関図
関門形勢拒蝦夷。       関門の形勢  蝦夷を拒す
憶昔東征駐四騏。       憶う昔東征 四騏を騏めし
清世窮辺路無梗。       清世 窮辺 路梗無し
行人閒唱落花辞。       行人 閒に唱う 落花辞
○奈古曾関:=勿来の関。古来陸奥への関門として、軍・政略上重要な拠点であり、後になると歌枕として有名になった。『吹く風を勿来の関と思えども道もせに散る山桜かな』の歌の情景を描いた絵が此の詩の下敷きになっている。
○拒:やく。=押さえる。
○落花辞:=前掲の古詩(源義家)


         漁夫
一簑江雨湿黄昏。     一簑の江雨 黄昏に湿い
萩花蓼穂湾湾香。     萩花 蓼穂 湾湾香ばし
舴艋信流不須棹。     舴艋信流不須棹
直下前灘十里彊。     直ちに下だる前灘 十里の彊
湘山楚竹知何処。     湘山 楚竹 知んぬ何処ぞ
鷺社鴎隣皆我郷。     鷺社鴎隣 皆我が郷
遥隔浦雲呼贅叟。     遥かに浦雲を隔てて贅叟を呼べば
蚌灯無焰夜茫茫。     蚌灯 焰無く夜茫茫たり
○湘山楚竹:=風景の優れた場所の意、中国洞庭湖辺の湘瀟八景を指したことから転じたことば。
  「漁翁夜傍西巌宿、暁汲清湖燃楚竹」の詩句から出たもの。
○蚌灯:=いさり火。
○贅叟:=漁夫の長老。


         鐘馗
干思睅目突其冠。     干思 睅目 突たる其の冠
想見腥風迸指端。     想い見る腥風 指端より迸ばしるを
別有夔魖君識否。     別に夔魖有り 君識るや否や
沈香亭北倚蘭干。     沈香亭北 蘭干に倚る
○:干思=ひげずら。
○:睅目=目を】むき出す。
○:夔魖(ききょ)=:一本足の怪物。或いは木石の怪物ともいう。
○:沈香亭北倚蘭干:=女難を指す。李白の清平調詞の詩句を用いたもの。唐の玄宗皇帝の寵愛した楊貴妃の美しさを、帝の求めに応じて李白が清平調詞七絶三首を詠んだ第三首目の結句による。

   自宮島還草津舟中
雨散篷窓島嶇遥。     雨は篷窓に散じて島嶇遥なり
花稜有響午生潮。     花稜 響き有り 午 潮を生ず
倘教風水如儂意。     倘し風水をして儂が意に如かしめば
直到防州錦帯橋。     直ちに到らん防州 錦帯橋

   即景
碧梧枝上断蜺迷。     碧梧枝上 断蜺迷よい
蒼耳林頭返照低。     蒼耳林頭 返照低し
忽見秋山思遠歩。     忽ち秋山を見て遠歩を思えば
塹禽呼過小楼西。     塹禽呼びて過ぐ 小楼の西
○蜺:=にじ。虹。
○蒼耳:=草。
○塹禽:=溝などを好んで住む小鳥。

   冬日雑詩(三)
夜山幽寂読書堂。     夜山幽寂たり読書の堂
寒襲衾裯覚有霜。     寒 衾裯を襲ねて霜有りを覚える
欹枕耿然聴落木。     枕を欹てて耿然 落木を聴く
半櫳斜月暁蒼蒼。     半櫳の斜月 暁蒼蒼