黄葉夕陽村舎 詩集 巻1

        春日雑詩 1
朧朧山気曙。    朧朧として山気は曙け
靄靄野煙滋。    靄靄として野煙は滋し
濯濯門前柳。    濯濯たる門前の柳
郁郁園中梅。    郁郁たる園中の梅
林鳥求其友。    林鳥 其の友を求める
??在高枝。    ??として高枝に在り
児童喚其侶。    児童 其の侶を喚び
欣欣戯路岐。    欣欣として路岐に戯る
傷此単居客。    此の単居の客を傷む
幽懐将訴誰。    幽懐 将に誰に訴えるなるべし
単客=ひとり者(茶山)

       
 霖雨
新晴三四日。    新晴 三四日
古渡一孤?。    古渡 一孤?〔杖)
清?盤鳶影。    清? 盤鳶の影
微風遠寺鐘。    微風 遠く寺の鐘
青天初暑気。    青天 初めて暑気
緑樹尚春容。    緑樹 尚を春容
数処残雪在。    数処 残雪 在り
飄飄欲起峰。    飄飄として峰を起さんと欲す
?=(シ十比)=シ(水の清いさま)

        
宿山寺限韻
夜静上方寒。    夜静かにして 上方 寒し
且環炉火臥。    且く炉火を環り臥す
?堂燭影深。    ?堂 燭影 深く
遠谷泉声大。    遠谷 泉声 大なり
窓暗覚雲来。    窓暗くして 雲の来たる覚える
廊鳴聴鬼過。    廊鳴りて鬼の過ぐるを聴く
傍人忽有詩。    傍人 忽ち詩 有り
起喚眠僧和。    起って眠僧を喚び和せしむ
○=同じ系の韻字で唱和する

 
       三郎路上
略?紅楓曲     略? 紅楓の曲
荒蹊碧澗濱     荒蹊 碧澗の濱
有家多晒柿     家有り 多く柿を晒す
無馬不駄薪     馬無く 薪を駄さざる
田沃祖猶薄     田沃にして祖猶を薄く
城遥俗自淳     城遥かにして俗自ら淳なり
誰携漁釣侶     誰か漁釣の侶を携えて
曾此避狂秦     曾つて此に狂秦を避けん
○狂秦=中国秦代の悪政。

       送別
携手行相語     手を携え 行く行く相い語る
斜陽満古城     斜陽 古城に満る
青燈他日涙     青燈 他日の涙
白髪此時情     白髪 此の時の情
昿野人煙断     昿野 人煙 断え
層巒客路横     層巒 客路 横たう
世途随処険     世途 処に随うて険なり
不必問前程     必ずしも前程を問わず

       耕牛
一従刀剣換耕牛      一たび 刀剣を 耕牛に換え
四国謳歌二百秋      四国 謳歌す 二百秋
魯衛粢盛依賈堅      魯衛の粢盛 賈堅に依り
金張儀貌学伶優      金張 儀貌 伶優を学ぶ
青山有地人争墾      青山 地有りて 人争うて墾き
碧海無辺水自流      碧海 無辺 水 自から流れる
自古清時総如此      自古り清時 総べて此くの如し
迂儒何問杞人憂      迂儒 何ぞ問はん 杞人の憂
○=魯衛=中国の魯の国衛の国。徳川ご三家(尾張/紀井/水戸)
○=賈堅=賈は、商人。 堅は儒。
○=金張儀貌=金日?と張安世。ともに前漢の宣帝に仕え権勢をふるった。徳川閣で権勢をほしいままにしている、老中たち、田沼意次達を指す為らん。
○=伶優。伶は楽人。優は役者。
○=迂儒。=役にたたぬことを言う儒者
○=杞人憂=列子にみえる中国の故事。無用の心配。鳥越し苦労の例え。


        龍盤
龍盤虎踞帝王都      龍盤 虎踞 帝王の都
誰見当時職貢図      誰れか見る当時 職貢の図
祭祀千年周雅楽      祭祀 千年 周の雅楽
朝廷一半漢名儒     朝廷 一半 漢の名儒 
世情頻逐浮雲変     世情 頻きりに浮雲を逐うて変じ
吾道長懸片月孤     吾道 長えに懸く片月の孤なるを
懐古終宵愁不寝      懐古 終宵 愁へて寝ねず
城鐘数杵起栖鳥      城鐘 数杵 栖鳥を起こす
○逐浮雲変=武家争乱の世となる

      狂痴
狂痴背世少交遊      狂痴 世に背いて 交遊 少なく
心跡伶?十五秋      心跡 伶? 十五秋
坐上桑亀曾屡験      坐上の桑亀 曾つて屡々 験す
夢中蕉鹿欲何求      夢中の蕉鹿 何くにか求めんと欲す
空林月黒鴟?嘯      空林 月黒うして鴟? 嘯びき
古戍煙荒枳棘稠      古戍 煙荒れて枳棘 稠し
推枕残更温獨酒      枕を推して 残更 獨酒を温めれば
枕燈一穂照人愁      枕燈 一穂 人愁を照らす
○解釈:私は常識外れの狂痴で交遊は少ない。心が彷徨すること、既に十五年。処構わず物議を喚ぶのは何度も経験ずみである。夢に屡々みる理想を何処に求めるのか、月暗い林に醜悪なふくろが嘯びく古い砦は不気味な靄が立ち籠め荒廃してしまった。眠られぬ枕を推しのけ、夜明け前にどぶろくを温めて飲む。細い一個の燈火が憂いに沈む吾が心を淡く照らす。

       江州 (二)
煙水蒼茫煖意融。     煙水 蒼茫として 煖意 融ず
晴波閃?的絲風。     晴波 閃? 的絲の風 
五湖遺逸家何在。     五湖 遺逸 家いずれかにある
六代高僧屈亦空。     六代の高僧 屈も亦 空し
岳寺雲帰春樹外。     岳寺 雲は帰る 春樹の外
沙亭鴨睡夕陽中。     沙亭 鴨は睡る 夕陽の中
濟川誰抱平生志。     濟川 誰か平生の志を抱く
時見孤舟箕笠翁。     時に見る 孤舟 箕笠の翁
○閃?=:ひらめきかがやく。
○遺逸=:俗世間を棄て暮らす人。
○六代高僧=:比叡山
○濟川=:明代の憑淵。ならん?。高宗の信頼を得て『巨川を渉るに汝を以て舟舵にせん』と言はれて国政を委され、善い政治をした。


    浪華五日泛舟木津港示子琴
三春書剣滞都門。     三春書剣 都門に滞まる
誰把交情仔細論。     誰か交情を把って 仔細に論ぜん
江上帰期逢五日。     江上帰期 五日に逢い
天涯楽事対孤樽。     天涯の楽事 孤樽に対す
忻因下榻延徐儒。     忻ぶ下榻徐儒を延くに因って
便得方舟弔屈原。     便ち方舟 屈原を弔い得たり
不用片言留贈別。     用いず片言 留めて贈別するを
満汀蘭若緑偏繁。     満汀の蘭若 緑偏へに繁し 
○安永九年五月五日、茶山33歳、子琴42歳。此の年茶山京都に遊び、大阪混沌社(首班;片山北海)の人々と詩酒微逐して交情を深めた。
○子琴=:葛子琴;(1737〜1784)茶山より九歳年長。作詩は天才的で、人柄とともに詩社の有数メンバー。彫刻の名手でもあった。
○下榻徐儒=後漢の太守陳蕃は、どんな貴人の訪問をうけても壁から榻を降ろし腰を掛けさせる事は無かったが、唯徐穉という高徳な書生が訪れると、榻を壁から下ろして接待した故事。
○方舟=二つの舟を並べる事。中国楚の忠臣屈原が五月五日に水に沈んだのを弔い、二つの舟を組み合わせて浮かべる故事。
○蘭若;=蘭は香草。若はかきつばた。一説に誤解だという説もある。

   張?陽
食盡沈城屠妾時。     食盡きて沈城 妾を屠ふる時
寧期他日至尊知。     寧んぞ期せんや他日 至尊の知るを
猶憐南内淋鈴夜。     猶を憐れむ南内 淋鈴の夜
不問?陽横笛詩。     ?陽横笛の詩を問はず
○張?陽=張は張巡、唐の玄宗皇帝に仕え、?陽の城を守っていた。安禄山の反乱で大軍と戦い、少数よく防ぐこと能わず落城した。
○至尊=:玄宗皇帝。
○南内=:宮殿の名。
○淋鈴夜=:行き詰まった運命のもとで聞く夜雨の音。


   子幹聖護院僑居桃花
桃花花下故人觴。     桃花花下 故人の觴
自負斯歓已十霜。     斯の歓に負きしより已に十霜
一酔相看獨惆悵。     一酔 相看て獨り惆悵す
玄都観裏旧劉郎。     玄都 観裏 旧劉郎
○玄都観裏旧劉郎=:劉郎は唐代の劉禹錫。劉禹錫は若くして高官に為った。然し、或る事件が原因で左遷される、十年後都に帰り、玄都観へゆくと、以前は無かった桃花が咲き誇るのを看て、それを題材にして詩を作った。然し、その詩の内容が朝廷を譏った理由で又都を逐われた。十余年後、許されて再び都へ帰り、玄都観へ行くと、この度は桃は見えなかった。と言う故事。

   Des/ 14  2009     石 九鼎